ネオンブラックピンクサイダー⑤


私がいるのに派手に踊っていたの。あ、遠慮しないで食べて。今日のジンジャークッキーは自信作なんだあ。話戻るね。あの子ね、私が気づかないと思ってたって言ったの。侮りすぎだよね。すぐにわかっちゃったけど、踊り終わるまで黙って待っていたの。なんでって、なんとなくだけど。うん。前から知ってはいた。だから信じてなかったよ、あの子のこと。悪趣味なんて言わないでよ。やだなあ。あの子がちょっと阿保だっただけ。それだけだよ。ねえ、おいしい? ハイビスカスティーは。

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 黙って並んで歩く帰路。なんとなくで切り出せなくてローファーの踵が擦り減っていく音が早くしろと急かしてくる。待ってよもう少しだけもう少しだけ。ひかりが何か話してくれたら楽なのに何も言ってくれない。喉で言葉が大渋滞。耐え切れずに玉突き事故。NEXCOは何してるの早く来て。お出迎えありがとう十字路。テトリスだと少し考えてしまうね。東西折りたい。南北の可能性もあるね。なんでもいいや。

「私、こっち。かなでは?」

「あ、私はこのまま、」

「じゃ。また明日ね」

 小さく手を振ってひかりのつま先が偏食の幼子のようにそっぽ向いてしまう。答え決めたのに提出しないなんて意気地なし。徒競走で玄関にゴールしてしまう問題児。けらけら笑う鴉。うるさい。

「……──待、って!」

「うん?」

「考えた。私ね、考えたの。夏休みずっと考えて、答え出したよ」

 水面越しに未熟な月。時計だって狂って正しく働けない苦しみに悶えていた。口内で雪崩を起こした快晴の青空も夜空の花畑も脳内でのたうち回って叫んでいるのはおしまい。静かに水飛沫が穏やかな波を揺らす。ばいばい。ごめんねなんて言ってやらない。死ぬ間際になったら考えてあげるかもね。

「わからない」

 容赦なく射貫く力強さで黒曜石が見つめている。ゆらりゆらりと不思議な彩色の炎が首をもたげる。

「知ってみる? 私と」

 愚かだと思うのなら笑えばいい。哀れだと思うのなら泣けばいい。蚊帳の外でおてて繋いでるお前らには燃やせないから暗い未知の深海で呼吸しちゃう余裕で。

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「ねえ、ひかり」

「どうしたの?」

 ひかりがいない帰り道。吸い寄せられるように手芸屋さんに入ったのは不安を抱える足首のせいだ。仕方ない。言うことを聞いてあげようじゃないか。刺繍糸のコーナーに向かう。何色を買おうか悩みに悩んで足首に訊ねてみる。安心できるようになればなんでもいいは却下。ソーダ。黒曜石。ネオンライト。純潔。意見を言わないので勝手に決めさせていただきました。文句は聞かない。残念でした。主張しないのが悪い。

「んーん。なんでもない」

「呼んだだけ?」

「かもね~。あ、クレープ」

「食べる?」

「食べたい」

 拝啓泣きそうな足首。現実逃避にクレープを胃に入れることを許して。大丈夫。何がと言われてしまうと黙るしかないのでクレープで一瞬窒息死。かなでが無言でひかりのクレープにかぶりつく。まねっこしてひかりもかなでのクレープに唇を埋める。咀嚼しているひかりの口元にいるイヤイヤ期のかわいいクリームをかなでの舌先がいじめた。

「おいし」

「食べたらどこ行こうか」

「メイク直して、プリ撮って、2人で死ぬほど写真撮ろ」

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 コピー機が印刷してくれた写真を100均で買ったアルバムに入れていく。この行為に特に意味はないんだからねと言い訳。ページ数の多くないアルバムは案外すぐに埋められた。

 体育祭の日。かなではひかりの写真を何枚か撮っていた。競技に出場している写真は新聞部に提供したがひかりには一枚も渡していなかった。もちろん予告なしに至近距離から撮った横顔も。良いタイミングだと思ったから。最初から最後までひかりだけのアルバムを眺める。人を撮るのは好みではない。新聞部の依頼の他で人を撮ったことは今までに一度もなかった。でもせっかくだから撮らないともったいないのかも。ただの記録でいい。撮っておこうこれから。続く限りは。

「おはよ」

「おはよう」

 マジックミラー。一部が僅かに歪んでいる。この関係を世間は何と呼んでいるのかをかなでは知らない。ひかりは知らんふりで教えない。ぐらぐら。下の方ばかり抜かれたジェンガ。まだ始まったばかりで不安定な2人だけの秘密のゲーム。

「ひかりちゃん、これ」

「アルバム?」

「部活で撮ったやつ。渡してなかったから」

「ありがとう」

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「あ、そうだ。はいこれ」

「新しいやつだ。ありがとう」

 いつの間にか不定期にアルバムにまとめて渡すのが恒例になっていた。一緒に過ごすときにたくさん撮った写真が増えてきたら都度まとめる。ひかりの誕生日には少し凝った仕掛けアルバムも作った。誕生日って特別だと思うから少し違うことをしたくなって。ひかりはかなでが渡したアルバムを全部大切に保管していてお泊りの夜には2人で並んで眺めるのは欠かせないルーティン。

「今日はね、もうひとつあるんだ。ひかりに渡したいもの」

「もうひとつ?」

 週に1回だけ曜日は固定せずに一緒に帰るのもかなでとひかりの中で自然と決まったこと。なんとなくでどちらかが今日は一緒に帰ろうと思いつきで連絡を入れるのだ。どうでもいい話をしながら歩く。別れるのが名残惜しくなった頃からは分かれ道でだらだらおしゃべりをするのも。

「目、瞑って。いいよって言うまで開けないでね。絶対だよ」

「わかった」

 鞄からそれを取り出してひかりの右の足首にそっと着ける。ちらちら様子を伺ったがひかりは律儀にずっと瞼を閉じていた。

「開けていいよ」

 足首をじっと見つめたひかりがゆっくりと顔を上げてかなでと目が合う。かなでは右手にそれを左手にハサミを持ってひかりの前に出した。

「嫌だったら、今ここで切って」

「かなで」

「受け入れてくれるなら、私にも、着けて」

 かなではひかりとまだ深海にいることを選びたい。けれど選べるのはひかりの同意を得た後でないといけない。戻れないんだよ。ドラッグの虜と同じ。かなでにとってひかりは危険な薬も同然な存在。

「ひかりと私を縛っても許される証明を、失いたくないの。今度は私が縛りたい。でも、これは私のわがままだから。だから、ひかりが決めて。どうしたいのか。私は、切らないでほしい。私のこと縛ってほしい。ひかりの手で縛られたい」

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