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私はS氏の顔をよく思い出せない。


今日、帰りの電車の中でのこと。

私の横にいわゆるバカップルがいたんです。

バカップルとは、私の中ではお互いしか見ていないカップルの意。

電車は、満員とは言わないが立ってる人の方が多いくらいには混み合っている。

彼氏らしき人はひとつの吊り革を両手で持ち、そこに体重を預けてお尻を突き出してだら〜んとして、彼女らしき人の顔の前に自分の伸び切った鼻の下を近づけている。

彼氏らしき人のかばんがたまに私に当たる。

しかし一向に気づかない。

ベッドの中で見つめ合ってでもいるかのような顔で、くねくねしながらひたすらしゃべっている。


私はバカップルには一生なれないんだろうなぁと思った。



そもそも、私はS氏と顔を見合わせることがあまりない。

一緒に吉本新喜劇を観たり、野球を観たり、山に登ったり。

お互いに同じ方向を向いていることが圧倒的に多いので、あまり顔をまじまじと見たこともないし、見られたこともない。

だから、あんまりはっきりとS氏の顔を思い出せない。

ちなみに、写真も1枚も持っていない。

私たちは遊んだ時に1枚も一緒に写真を撮っていない。

でも、私たちは目印なんてなくても待ち合わせができるし、お互いをしっかり認知している。

私にはそれで充分だ。


見つめ合わなくても、お互いを感じる距離感とか、感じ合えるペースとか、そういうものがある。


少しずつ、私たちの間合いは近くなる。

一緒に並んで座って。

最初は触れ合わなかった腕が、今では触れ合っている。

でもまだ頭を預けられるほどの距離ではない。

頭を預け合って寝られるくらいの仲になりたい。

それは、私にとって付き合うとか告白するとかされるとか、そんなことよりも重要なこと。

心の距離感は言葉では測れない。


私は、S氏の瞳の中ではなく、心の中にいたい。

できるだけ、そっと。

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