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自分の中のメンヘラとの付き合い方

バンギャにメンヘラが多いという統計が取れているわけではありませんがw

バンギャの世界に入ってみると 他人の世界を詮索しない人が多いといった印象に驚かされました

メンヘラが多いとは思いませんが色々な事情がある人が多い とは思います

他人を詮索しないということは 自分もされたくないわけで

また自分よりも他人の気持ちを優先する優しい特性が見とれます

人生の前半に自分以外の誰かを優先せざるを得ない家庭に育っているとも言えます


メンヘラの概念とはそもそも何なのか

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普段自分よりも他人の気持ちを優先するがゆえ

心を許した人にだけ上記のようになる という シーソーの法則です

これは自分の欲求を抑えて 他人を優先するためです

メールやLINEの返信がなくて不安になって 

嫌われたかもという妄想を膨らませて手首を切るまでしなくてもw

それらしき言動をSNSに投下・・

それを実際にするかしないか というだけである程度は誰の中にもありますよね

要は自分が愛されている確信がほしい ということなんだと思うのですが

実は「愛されたい」って 特定の誰かに対しての感情なんではなくて

自分が自分に求めている確信でもあります


自分で自分を愛する=自愛 と言いますが

これができていると 他者からの承認を求める必要がなくなります

以前バンギャの種類についての記事に書きましたが

自分そのまま ありのままで生きていても良いという安心を持てない場合

スキルや見た目 業績や知名度などを自分にたくさんくっつけて

自分というものを完成させようとします

これは自分で自分を愛せていないからなのですが

この自愛の度合いはどんな親元で育っているかで運命が分かれます


最初に言っておきますが

こんな親元で育ったから私は自分を愛せない=親の責任 というのは大きな間違いです

某メンバーの話のようにw 真実というのは追及しても意味がなく

その親元で育って 「自分がそうゆう解釈をしてきた」というまでで

自分以外の誰の責任でもありません

とはいえ自分が悪い というのもまた違います

このあたり説明が難しいので また後日・・・


例えばAさんのお母さんは

Aさんが好むことをただ黙って見守っていて

Aさんが嫌がることには「嫌だったね」と共感して見ている

Aさんがお友達のBちゃんを叩いたら

怒る前に叩いた理由を聞く人でした


Cさんのお母さんは

Cさんが好むことを「そんなののどこが良いの?」と嫌な顔をして

Cさんが嫌がることを「そのぐらい我慢しなさい」と一喝

CさんがBちゃんを叩いたら即座に怖い顔して怒る人でした


大人になって

AさんとCさんが同じバンドを好きになった時(やっぱりバンドの話だった)

Aさんは好きなバンドのライブを見るのがどれだけ楽しみか嬉しそうに仲間に話し

ライブを見たら大好きな麺様の愛で所を存分にSNSで喋る

そしてその日楽しかったことを抱えて幸せな眠りに就きます


Cさんは好きなバンドのライブが楽しみだけど

こんな趣味を持っている自分を知られて嫌われるのが怖いので

仲間には打ち明けず こっそりライブに行きます

ライブを見て 幸せな気分になったけど

そのままの想いをストレートにツイートしたら叩かれるんじゃないかと怖くなって

「今日も楽しかった!」と当たり障りのない一言を投下

次のライブまであと一ヵ月近く 何を楽しみに生きれば・・と

楽しかった記憶と共に 終わってしまった虚無感を抱えて眠ります


自分を否定されたことのないAさんには

「自分が嫌われる」という思考がありません

自分が何かを好きで それを誰かに笑われたとしても

それはその人の意見であって 自分を否定されているわけではないと

理解しています


しかし幼い頃から自分の好きなことを否定されてきたCさんは

自分の好きを否定されたことが 自分を否定されたと感じてしまい

それを誰かに笑われたなら

そんなものを好きでいる自分がおかしいのではないかと

他者の意見を自分の中に入れてしまうのです


これ・・たぬきの記事とかw全部に言えるんですけれど

あなたの言動が世間的に正しくても間違っていても 

他者って いろんなこと言うんですよね

全員に好かれることはできません 特にネット上での発言に関しては

事実上誰もが誰もの一言を扱える時代なわけでして

いちいち自分の中に入れていては神経が疲れてしまいます

ですが自分の中心に自分がいない人が「気にしない!」としてみてもうまくはいきません それは上っ面 自分への嘘です


先日も書きましたが 

Aさんは自分の言動を認めてもらっていたため

全ての決定を自分で行うことができますが

Cさんは自分の言動にお母さんの否定が入ることが多かったため

自分の中心にお母さんというジャッジマンが居ます

そしてそのまま大人になって自分の娘や孫に同じ教育をします 

(親が偉くて子が従う という支配関係の中で育つと人を自分の上下で見るようにもなります)

これはそれが正しいと思っているからであって

意地悪をしているわけでもなんでもありません


自分の中心に居るのがお母さんであってもお父さんであっても

どちらにしてもそれは自分ではない誰か であって

この”誰か” というのが 彼氏や世間の声 またはお金 だったりに変換され

常に外側からの評価を気にするようになります

これが悪いわけではありませんが

自分の中心には常に自分がいて

他者からの意見を ”単なる他者の意見” として割り切れるようになると

生きることが格段に楽になります

自分の中心にいるのが自分だけであれば

LINEを既読スルーされて 例えば返事を催促してしまったとしても

その自分に対するジャッジがありません


わかりますかねこれ

真のメンヘラの意味とはいわゆる自分責め 自己否定のことなんだと思います

LINE既読スルー→催促LINEをしてしまった→私ってダメだ←この私ってダメだっていうのは一体誰が決めるのでしょう

もしかしたら子供の頃 帰りが遅いお母さんに何度も電話して「しつこい!今帰るわよ!」と怒られたのかもしれませんね

また雑誌やテレビで”こんな女は愛されない”特集でも見たのかもしれません

何れにしてもそれを決定しているのは自分一人ではなく

お母さん や テレビ など自分の外の何かですよね

親やテレビ などどこかで「こうゆう人はダメ」という”観念”を植え付けられているため

それを物差しにしてジャッジメントしていて 他者に力を渡してしまっています


一方自分で全てを決定している場合は

この観念というものが少ないために自分のすること全てにOKが出せます

自分で自分を許しているから周囲に責められることもなく

また何か言われても それを他人の意見として別の引き出しにしまえるのです


自分の中のメンヘラとの付き合い方

一番最初にやることは 今の自分がどんな状態であってもそれを善しとすることです

不安になって誰かに当たってしまったなら その自分に「それでいいよ」と言ってあげる

反省してしまったら 反省している自分に「それでいい」と言ってあげる

これは こんな自分はOKだけど ここまでやったらダメ ←こんな程度では効き目がありません

大好きな誰かを傷つける自分でさえOKを出してあげるという徹底した心構えが必要です

やってみるとわかりますがこれ思った以上に勇気が要ります

自分を否定している方が楽だったりするんですね 

ですが自己否定をしているうちはかまってちゃんになるのが当たり前です

自己肯定=自分を愛しているということになりますので

自分からの愛で満たされれば周囲からの賞賛に興味がなくなります

よく聞く引き寄せの法則とかああいった類の術は

自己肯定(細かく言うと自己受容)が完全にできていないと意味がありませんw


どんなに考えても他人の気持ちはわかりませんから

とにかく自分に集中しましょう








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ヴィジュアル系ライブレポブログ SOLITUDE-klang(https://solitude-klang.com/) を書いてる人です(NLP認定心理カウンセラー/占い師/本業はツアー物販屋)公開ブログでは書けない本音と腹黒記事/心理学の観点から見たバンドの動向などはこちらで

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