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不動産テックスタートアップが潰れる4つの理由

(※2023/11/26 追記)

普段X(Twitter)で古い洋楽と相撲についてつぶやいている本間と申します。株式会社Starlingという会社を経営しており、不動産情報を管理・共有するSaaS「StarlingDB」の開発・運営をしています。

大学院時代、統計学と機械学習関連の研究をしていました。恩師が時空間データ(時間と空間に依存するデータ)、つまり不動産の売買履歴データなどの分析を専門にしていた縁からか、いつの間にか不動産業界におりました。

(直近でも、Survival analysisを時空間に拡張し、不動産の流動性と価格弾力性を分析した、こんな研究をやったりもしています。どのようなエリア・物件の流動性が高いのか、どのようにすれば変化するのか、時間と空間を加味して解釈、予測するのに役に立ちます! ファンドや一般法人が不動産のポートフォリオを構築するにお役に立てるかと、興味ある方ご連絡ください!)

不動産業界に来る前まで、データ分析屋の立場から、自治体、金融、損保、介護など、さまざまな業界のデータを扱ってきました。なので、ちょっとだけ、不動産以外の業界も見聞きしてきたつもりです。そんな私が不動産業界でソフトウェアを事業としてやるのがなかなか難しいなあと思う理由を4つまとめてみました。なお、ここで”テック”、”ソフトウェア”、”エンジニア”といった言葉は、いわゆるweb系、特にスタートアップやメガベンチャーに在籍しているエンジニアやその所属する組織や業界を一緒くたにしてふんわりと想定しております。一方、「不動産業界の人」が誰を出すのかは次のテーマとなるので敢えて定義をせず進みたいと思います。

不動産業界の誰が顧客なのか? 

不動産業とは非常に裾野が広い業界です。財閥系のデベで開発をしている人もいれば、霞ケ浦付近のデニーズに始発で乗り込みワンルーム(サブリース付)を押し込む三為業者、地元に根づいて数十年の「街の不動屋さん」に、外資系のファンド。仲介、アセットマネジメント、プロパティマネジメント。信託銀行や生損保、個人投資家に地主まで、挙げればきりがありません。

このように様々な業種、業態、エリア、顧客層を抱えた者たちが同居する業界で、スケールを前提とする規格化されたサービスを提供するのはなかなかに難しい作業です。例として、都内で区分マンションの買取再販を行っている不動産会社に限定します。バリューアップに力を入れているのか、仕入れに力に入れているのか。前者なら設備の有無による賃料変化や利回りのデータを提供してくれるサービスが欲しいかもしれません。後者なら売却希望者のリードが取れるサービスや、知り合い間で物件情報を高速でやりとりできるchatツールのようなものがハマるかもしれません。賃貸仲介: 売買仲介の件数が1:9、5:5、9:1の3社では組織の形態そのものが違うでしょうし、需要の濃淡が絶妙に違います。
もちろんこれは他の業界でも共通することで、同じように裾野が広かったり個々の企業特性が強い業界では所謂「DX」的なものが進みにくい印象があります。しかしながら、私が多少知っている中で似たように中小が乱立する介護業界を見ても、法制度上ある程度業務や体制が縛られるからか、比してもう少しは共通項的なニーズ、課題といったものが存在しているように感じます。
原因の一つとして考えられるのは、事業所当たりの3.6人という事業規模の小ささです。それゆれ業務がある程度属人的であっても十分に回ってしまうことがあるのかもしれません。

[不動産業界] (※1)
・一事業所当たりの平均従事者数3.6人
(ただし、貸家業、貸間業、その他を除くと概ね5人)
[介護業界] (※2)
・訪問介護 501,666人/35,075施設 = 14.3人/施設
・介護老人福祉施設  292,875人/8,306施設 = 35.2人/施設

(※1)2023 不動産業統計集
(※2)令和2年介護サービス施設・事業所調査の概況

このような状況の中で、どのような人や企業に向けてどのようにサービスを設計するか。

加えて、更に難しいと思っているのが、顧客が最終的にはエンドなのか、あるいは不動産会社なのかという点です。企業とその先にいる顧客の利益が対立する可能性があるのは、こちらもあらゆる業種・業界でも同じとはいえ、情報の非対称性が大きな意味を持ちうる不動産業界では、どうしてもこの矛盾が鮮烈に浮きびあがると考えています。直近Xで話題になった某社の両手片手の囲い込み疑惑の件は典型的でしょう。レインズに違法にwebスクレイピングをかまし、エンドへ直での情報共有するというサービスは喜ばれるだろうけど、という(これは、規約上アウト、かつ巡り巡ってエンドに不利益が及ぶ可能性が高いので適切な例ではないかもしれませんが、、、)。その点、例えば、SUMMOなどの不動産情報サイトは両者の摩擦が少ない領域であり、このような"Sweet spot"が見つけられるか、あるいは誰の利益を最大化するのかポジションを曖昧にしないことが、重要な要素になってくるかなと考えております。

業界構造にサービスがハマりずらい

不動産業界のビジネスモデルをシンプルにモデル化してみましょう。

  1. 物件保有者N人から

  2. 物件M戸/棟/坪を 借り、買い、預かり

  3. 物件利用者K人に 貸す、売る、管理する

以上の1. ~ 3. に+αが加わったもの業務をこなし、コストC(時間的、金銭的)を控除して利益Pを得るという構造で多くの業態を説明できるのではないかと思っています。

本質的なニーズは利益Pを増やすことだけです。そのためにこの、N、M、Kの数を如何に増やし、Cを如何に減らすかということになります。

しばしばスタートアップ界隈で唱えられる言葉に「ペイン」という言葉があります。一般的には顧客が金を払ってでも解決した問題と言い換えられたりもしますが、ソフトウェアを事業に据える企業は「ペイン」をCを減らす方向(効率化)のものと定義しがちです。これが間違いというわけではありません。N、M、Kの拡大させるためは、ソフトウェアをササっと開発して顧客に導入してもらえば達成できるものではなく、新しい市場を作り出す、あるいは業界構造を破壊するまで踏み込む必要がある可能性があり、非常にリスクが大きい事業と考えられ、なのでCの削減に関する方向にプロダクトを成長させるというのは至極まっとうな方針となります。

ところが前述のとおり、会社規模が小さいという点、また基本的にコストがほとんど人件費が占めるところから、Cを減らすことについては限界があります。

@ytakasugiさんのツリーを引用しますが、こちらのツイートはかなり核心をついていると思っています(とはいえ、私自身は半分ぐらい異なる意見を持っていますが)。

つまり、「ペイン」を解決するではダメで、その先を見せなければならないということになるでしょうか。「気合い入れてがんばれよ」で事業成績にかけることができるレバレッジを費用対効果で上回ることが、「ペイン」の解消では難しい業界なのかもしれません。不動産取引数と相関するのはマクロな要因(人口や金融政策動向)であり、テクノロジーではない。その意味では、美しく玉砕したWeWorkやOYOのように、ペイン云々ではなく新しく市場を作りに行くんだ!業界を壊すんだ!という姿勢の方が、実はまだN、M、Kを増やすことができる可能性があって喜ばれるのかも?とも思ってしまいます(玉砕しましたが)。

なお、不動産業界においてテクノロジーによる効率化の余地がない(効率的か)か、と問われれば、必ずしもそうではないと思います。例えば、とある中堅の企業で物件の状態を確認する(いわゆる物確)ために電話をひたすら掛け続ける担当を複数名雇っている、いえ分かります、物件概要書には電話番号、FAX番号、メールアドレスしか書いてないことも多いですし、レインズの情報は最新ではない可能性がある、あるいは重要な案件、ちょっとしたところで気持ちが伝わらず競り負けるかもしれません。いや、でも、と。上記はあくまで一例ですが、その他にもなんだかんだ言って効率化可能な領域が残っているというのは否定できないのではないでしょうか。ちなみに、私が昔在席していた行政機関では、デジタル庁のよる改革もあってか、エアーシューターなる非対面非同期型コミュケーションツールが導入されていました。その点、役所の方が進んでいる可能性があります。

(話を盛ってしまいました💦💦。これは10年前の話で、その時ですら設備があるだけで誰も使っていませんでした! ツールを導入して仕事をした気になり、活用できないというのは組織あるあるですね)

ちなみに物確に関しては、イタンジさんが2秒でブッカク、メディアマックスジャパンさんが物確.comというサービスを出されていたりします。うちのサービスでも似たような機能が使用できますので(ちなみに無料プランでも無制限使用可能です、、、)ご関心があれば是非お問い合わせください!

その他にもナカジツ社様とtrocco社様の事例ですが、以下のような取り組みも行われており、濃淡はありつつも、不動産業界がまさに揺れつつあるのも感じています。

当社でもSaaS開発の他にデータ分析関連の受託業務・業務委託を行っております。上記記事でナカジツ社様が行われているデータの基盤整備やBIの導入、またそのデータを使ってどうするかという実際のデータ分析・AI導入が得意なので、もしそちらでご興味あればお気軽お問い合わせくださいませ! 以下は不動産領域以外のデータ分析・AI導入事例になってしまいますが、メディアに掲載していただいた当社の実績です。

すれ違いがちな人となりの違い

ソフトウェア、とくにスタートアップとして参入してくるようなWeb系で働く人たち、そして不動産業界で働く人たち。この両者間には大きく深い断絶があります。

私が出会った中でいえば、セットアップオフィスに強い某不動産会社上役と、一時期弊社を手伝ってくれた”イカニモ”なWebエンジニア、この二人を同じ空間に入れたら、酸性がアルカリ性を中和するが如く両者とも消えてしまうでしょう。どっちが良いとか悪いとかではなく、ただ「違う生き物」としか言いようがないのです。

これは個々人の資質に加え、インセンティブの体系や業界の構造、業務のあり方に依存するところが大きいのだと考えています。エンジニア界隈では業務上非同期的コミュニケーションが要請されるので厳密なテキスト化が尊重される傾向がありますが、不動産業界の人はそんなまどろっこしい事をするなら定例での会話や電話をしたほうが効率的でしょうし、逆に、物上げ時に地主を本気で口説く際は良い和紙に手書きで文章をしたためるでしょう(エンジニアだったらAWSを使ってEventbrigeでLambdaからLLMのAPIを叩いて文章を生成し、SNSとSESで自動送信・モニタリングするかもしれませんね!)。

この文化の違いは、平凡で悲しいすれ違いを深刻なものにします。
仮に課題がきちんと捉えられ、解決策(商品、サービス)も適切だとしても、適切にアプローチできない。

具体的な事例として、9割以上が10人未満の法人(※2023 不動産業統計集より)である不動産業界におけるマーケティングの難しさがあります。テック企業から思いつくような手法、例えば、toC、マス向けに打つような広告(特にweb媒体)は媒体との相性からなかなかペイしないと考えています。その上前述のような小規模事業者が大多数を占める業界構造上、エンプラ向け営業を実践するのはコスト負担に耐えられるか微妙なレベルで費用対効果が悪いでしょう。

このような状態の中で、踏ん張り切れるか? 市場への浸透の困難さが想像以上であったとき、ピボットする(業態やサービスを路線変更する)というのは良くある、そして推奨される選択肢です。でもそれで、通用するのでしょうか? 最終的には手元のキャッシュと精神の摩耗具合との相談になりますが、効率的な方法は存在しない以上、どこまでやるのか、覚悟を決める必要がある。テックを標榜する人たちからすると泥沼のようにみえるかもしれません。このような態度は顧客に伝わるでしょう。キレの良い撤退だとしてもそれはこっち側の話であり、残される顧客の都合ではありません。

またこれはテック云々というよりスタートアップ・新興企業の悪いところなのかもしれませんが、我々は、新しいサービスを開発する際、顧客の”ペイン”(困りごとの気取った言い方)を想定します。そして、ベンチャーキャピタルや銀行に、あるいは気心知れた身内にその”ペイン”を喧伝します。内々でやっている分にはいいのですが、そのノリで営業に赴いたり、SNSに書き込むと話が変わってきます。上から目線で遅れているだの非効率だの課題を指摘されるのは気持ちのいいものではないでしょう。なまじ新しいツールを使いこなし効率が良く働いてるつもりになっているので、反発を生んでしまうリスクが高くなっています。

国の動向(※2023/11/26追記)

DXの動きは国家レベルで進行しています。例を挙げると、国交省とデジタル庁で不動産IDに関する検討が進行しています。

>> 〇令和5年度の取組と今後への期待

として記載されている内容に、新興テック企業が手掛けている内容と重複するように見えませんか? 2023年11月現在、背後でChatGPTを呼び出し”使いやすくする”サービスが、開発元のOpenAI自体が類似のサービスを提供してしまうことで蹂躙されてしまったように、国が想定しているサービスを提供してしまうというリスクがあります。国は大量のデータ、予算、法制度を含む仕組みを持つので、太刀打ちできない云々のレベルを超えて、民間によるサービス提供の意義が消滅します。

それで?

以上、不動産業界でソフトウェアを開発する中で感じた難しさでした。
それで、どうする?ということだと思うのですが、正直明瞭な解決策があるとは思っていません。当社は限られたリソースしか持っていませんが、今後も丁寧にお客様と話し合いながら、ゆっくりとサービスの改善を進める予定です。

なお、当社では琴の若と北の若を応援しています。三年以内の幕内IPK(Initial Public 懸賞旗)を目指しています。よろしくお願いします。


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