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びわ湖ホール「パルジファル」(3日)への旅


【3月3日】
 6時40分起床。前日は病院でMRIの検査結果を聴いた。囊胞部分は前回と変わりなし。腫瘍マーカーも正常値。場所が主膵管で,油断できない場所なので,ともかく六ヶ月ごとの経過観察は怠らない。次は8月。誕生月の人間ドックと併せて。
 帰宅してから,いろいろとやることがあり,1時過ぎに寝たので,ちょいと眠い。ちょっと遠出するとなると,いろいろ道具を持っていきたくなる病があるのが困ったもの。明日着ていくコスチューム(笑)も整えてから寝た。

朝食を食べて,身支度をして,8時前に家を出て,新宿経由で東京駅へ。
 8時39分発の,のぞみをネット予約して乗車。エクスプレス予約というシステムの会員になっていて,年間1100円の会費はかかるのだが,新幹線の割引があるので,結局トントン。あとー出来るはずなのだがー交通系ICカードとの紐付けが,なぜかうまくいっていないので,チケットは発券機で受けとるようにしている。これでも充分省力化できている。
 行きの新幹線は空いていた。京都まで2時間程仕事をしながら移動する。2月頭に,NECの直販サイトで,旅パソを新調したので,その実用もかねて。前のモデル(LavieNM)のバージョンアップ版だが,一回り大きくなった。しかし重さは変わらないし,充電がUSB-Cになったので,小型のACアダプタも使える。ただし今日は念のため,純正のアダプタを持参。画面が広いと見やすい。これがアウトレットで最終的に10万円きる価格で買えたので,本当についていた。
 京都に着くまでに,教材の改訂を2コマ分ほど。
 京都に10時51分に着き,在来線で大津へ。今日は13時開演なので,少し早めに昼食。いろいろと調べた中で,大津駅と直結したビエラ大津という商業施設の「岡喜」という近江牛のお店へ。近江牛のステーキは流石に高いので,熟成牛のステーキ丼のセットに。これから長丁場なので,あまり喰いすぎると眠くなって,何のために来たのか判らなくなってしまう。
 ほどよくお腹が満たされて,店を出て,徒歩でびわ湖ホールへ。これまでは膳所から徒歩でホールに行っていたので,大津から行くのは初めて。ただ,3年前のジークフリートの帰りは徒歩で大津に戻っていたので,その道を何となく覚えていた。滋賀弁護士会の会館前を通って行く。
 京阪電車の踏切を渡り,湖沿いの道に出て,びわ湖ホールへ。2019年3月以来。
 ホールについて,まずは入口近くのコインロッカーへ。ここは初台と同じで,お金が戻るコインロッカーがあるので,コートやリュックを収納。なお,クロークも普通に開いていたが,受けとるのに行列になるのもイヤなので,ロッカーにした。
 身軽になって,まだ時間があったので,ホールを抜けて琵琶湖に面したテラスへ。天気は良く,気温もほどよい。そして入場。
 今日は4階席の後段の最前列。なかなか見やすい席。10分ほど前に着席。
 ステージは,オケのスペース,後ろに合唱団のひな壇がある。

 今日はセミ・ステージ形式なので,幕はしまっていないが,舞台装置をみて,早くも感情を揺さぶられた。ホリゾントから客席に向かって,光の道が。新国立劇場のクプファー演出のパルジファルを思い出した。

 天井の照明が上がり(バイエルン州立歌劇場みたい)ステージにオケがそろい,チューニング完了。沼尻さん登場し,照明が消える。パルジファルの前奏曲のユニゾンが静々と流れ出す。ホリゾントはプロジェクションマッピングで,森の映像や抽象的な図形などが映し出されていった。

歌手陣。
グルネマンツの斉木の歌い出し(ヘイ・ホー)から,厚みがあって,聴きごたえあり。グルネマンツはともかく言葉が多く,しかも「語り」。本当は言葉のリズムを中心に,音符が少し崩れるくらいになるといいのだが(理想はルネ・パーペ),流石にそこまでは…。それでも,決して棒歌いではなく,語りかける歌になっていた。

駆け込んでくる魔性の女,クンドリ。歌うのは田崎尚美。先日の新国立劇場でのオランダ人で,突き抜けるようなゼンタを聴かせてくれたが,今日も第1幕からクンドリをセミステージ形式ながら,全身で表現する。大野さんは,先日の記者会見で,彼女をブリュンヒルデを見つけた,と評したが,彼女は,クンドリ,ゼンタ,エリザベート,そしてジークリンデを歌っている。ブリュンヒルデは,これからだろう。今のところ,立ち位置は,アニャ・カンペのような感じ。

そして白鳥を射殺したパルジファル。福井敬。この人は,外れない。何を歌っても「福井敬」の歌だから。そこが,ちょっと隔靴掻痒のときもあるが…。レパートリーの広さと「歌手の声の一貫性」というと,残念ながら亡くなったヨハン・ボータに通じるものもある。


「王が水浴から帰ってきた」からの,所謂場面転換の音楽は,ちょっと速く感じた。しかしそのあとの,騎士団の合唱が出てくるところからは,グッとテンポを落として,キメのところは,まるで歌舞伎の見得のような力強さ。これは聴き応え満点だった。合唱は男声・女声とも,マスクをつけていたが,それを全く感じさせない力強さだった。

ティトゥーレルを妻屋,アンフォルタスを青山。定評のある2人を,こんな感じで贅沢に聴ける。特に青山のワーグナーは,これまでヴォータン(あと新国立のマイスタージンガーでコートナー)だけだったのだが,アンフォルタスも切れが抜群で,迫力があった。

久し振りに第1幕を堪能。この長さが快感である。拍手をせずに,ホワイエに出て,少し歩く。ガラス越しにびわ湖の景色をみる。ここでワーグナーを観ると,昼,午後,そして夕暮れと,3つの顔をみることができる。


第2幕。
クリングゾルの友清のDie Zeit ist da.のドスの効き具合から感涙。ユルゲン・リンが来られなくなって実現したのだが,とても「代役」とは思えなかった。クンドリを目覚めさせて,覚醒の叫び声。ここからの二人の対話,花の乙女たちの見事なアンサンブルに絡むパルジファル,そこに「パルジファル,とどまって。」と声をかける妖艶なクンドリ。「幼子のあなたが…」と語りだし,ヘルツェライデの死を語る。

ここはほんとに何度聞いても苦しくなる。亡くなる前の母が「あんたを育てているときが一番楽しかったなぁ…」と呟いていたのを思い出してしまう。

そしてキスによるパルジファルの覚醒。「Die Wunde!!」
ここも,ホリゾントには,新国立のパルジファルのメッサーに映っていた光の図形が。
クンドリを諫めるバルジファル。そして,クンドリの告白。「笑ってしまった!」。
田崎の絶叫がホールに響く。
バルジファルが槍を取り返し,魔法を解く。
ティンパニのあとの,Du weißt wo du wiederfinden kannst

この言葉,好きで覚えてしまった。旅していて,ホテルをチェックアウトするとき,このセリフをとなえ,速やかに立ち去る,激しい弦。そしてティンパニのトレモロ。幕。これをやりたいなぁというと,カミさんから「ドイツ人が,みんなワーグナー好きとは限らないんだから,よしなさい」と言われる。まぁ,たしかに,外国人観光客が日本のホテルで勧進帳のセリフをいったら,変に思われるだろう。

頭を冷やすため,表に出る。少し夕暮れが近くなってきた。

第3幕。とうとう最後になってしまった。
クンドリは目覚めの時に叫ばず。「ご奉仕を」しか歌うところはないのだが,最後までステージにいてくれた。

時に,演奏会形式だと,第3幕でクンドリが出てこないか,直ぐに引っ込んでしまうことがあり,興ざめ。

しかし,びわ湖はセミステージなので,最後まで舞台にいて,控えめな演技もついていた。昔,東京春でパルジファルをやったとき,このときは完全に演奏会形式だったのだが,第3幕ではクンドリを歌ったミヒャエラ・シュスターが,目で演技をして,それで完全にやられたことかあった。今回の田崎尚美も,第3幕の存在感,素晴らしかった。

この幕は,パルジファルが戻ってきて,グルネマンツから,ティトゥレルが亡くなったことを聴かされて,激しく自分を責めて倒れた後,気付けの水をかけようとしたクンドリをグルネマンツが制止したときの「Nicht so」で空気がフッと変わるところが好きである。そこから少しずつ高まりを見せて,グルネマンツの「あなたを王として迎えよう」というところでクライマックス。ここは拳を握らざるを得ない。

聖金曜日のシーン。背景には芽吹きのようすが映し出された。
そして,自分がこの作品で一番癒されるところ。
呪いがとけて泣くことが出来たクンドリに向かって,バルジファルが,「あなたの涙も恵みの露となった。まだ泣いているのか。ご覧,野は輝いている。」。

ここでクンドリと一緒に涙を流せることが,なんと幸せなことか。
2019年3月,バイエルン州立歌劇場で,ペトレンコの羽ばたくような指揮のもと,ニーナ・シュテンメ演ずるクンドリとともに涙を流してから3年。去年は東京・春の子供のためのパルジファルが,予想外に素晴らしく,少しだけ,こころを慰められたが,やはり,5時間の旅の末にたどり着く救済は格別である。

正午の鐘が鳴る。ここまでくると,「ああ。もう終わってしまう…。」という感じ。

聖なる槍をもったパルジファルが帰還。
「救済者に救済を」あの胸を揺さぶるような和音進行。
最後の音が消えて暗転するまで静寂,そして拍手。足踏み。
終演後は長いカーテンコール。

2年前,公演直前に「神々の黄昏」が吹っ飛ばされ,無観客にされ,2日間のネット中継を観て,涙を流しながら拍手をしたのを思いだした。びわ湖は遠いけれど,客席で見るのは良い。

終演後,時差退場を楽しむ。そう簡単に帰ってたまるものか。

ゆっくりとエントランスに降りて,コインロッカーから荷物やコート類を出して,ホールから行きに通った大津駅までの道を逆戻り。シャトルバスもあるとのことだったが,少し歩き足りないので歩いて戻る。

夕食
昼と同じく大津駅の商業施設,ビエラ大津へ。
さすがに昼夜とも肉料理ではよくない。
そこで,桜エビのかき揚げを添えた冷たいそば。量的にも丁度良かった。
勘定をするときに,電子マネーのシステムが不具合とかで,「じゃ,現金で」といったら,えらく恐縮され。勘定をした後「またお待ちしています」と言われたので,つい「また,必ず,来年来ます」といってしまった。さすがにここで「Du weißt wo du wiederfinden kannst」とはいわなかった。
びわ湖は,来年,マイスタージンガーをやる。沼尻さんの締めくくりになるので,来るつもり。

食後,在来線で京都に戻り,ネットで19時39分発の「のぞみ」を予約。
窓側の席は全部埋まっていたので,3人席の通路側を確保。
無事乗車できた。
車内で日記を書く。
21時50分頃東京駅着。
すこし歩きが足りなかったので,東京駅からJRにはのらずに歩いて日比谷まで。いつもの仕事の時と同じルートで帰宅。

巡礼の旅は終わった。
本当は6日も観たいところだが,流石に,東京ーびわ湖ひがえり2回はきつい。3泊して滞在しても良かったのだが,仕事もあったし。

ま。いいや。
今年は7月に,二期会のパルジファルを4回みられるから(爆)。

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