惟任

「お疲れ様でした。」

「いやぁ、参った。まさか土民に刺されるとは。」

「傷は大丈夫ですか?」

「大事ない、少し痛む程度じゃ。さて、何から話そうか。」

「では、きっかけからお願いします。」

「やはり、奇妙よ。」

「信忠公ですか?」

「うむ。上様を殺しても信忠が生き残っておっては、意味がないからのぉ。」

「ベストなタイミングでしたね。」

「何故、信忠が残っておったか、おぬし知っておるか?」

「なんでも、信長公に文句があるそうで。」

「さもありなん。周りは敵だらけの人であったからな。」

「そうですか。」

「そうよ、織田家中チキンレース。誰が猫鈴。俺が駄目なら秀吉、そして柴田、信忠。逆に本能寺がなかったら全員殺されていたわ。」

「信長公にですか?」

「佐久間殿追放の時に悟った。生ある限り殺し続けさせられる。隠居しても駄目。逃げ場など何処にもない。望んで殺しておるわけじゃない、天下統一という目的があるからやれる。だが、信長公の目的は天下布武、すなわち人を殺すことであった。先ず敵、敵がいなくなれば味方、最後は自分。終わりが無い。」

「それはしんどいですね。」

「まったくよ。出世して重臣になって、楽できると思うたら、『死ぬまで殺せホトトギス。』じゃあやっとれんわ。」

「で、ありますか。」

「是も非もない。千載一遇のチャンスであったからな。二人同時に葬れる、天下取れると思うと震えた。夢かと思った。罠かと思った。最後まで迷った。」

「『時は今』の発句、何度も引いたおみくじ、葉っぱごと食べた粽は、さぞ不味かったでしょう。」

「時間がなくてよかった。あの御方は異常に勘が鋭い。小心者のわしなど、顔を見ただけでバレる。」

「『是非もなし』と言えば信長公最後の言葉ですね。」

「第六天魔王でも子がかわゆいか。」

「どうゆう意味ですか?」

「二人揃うということはそれだけ危険が増す。甘さがでた。『是非もなし』は最後の親子の情。だから信忠は逃げられなかった。」

「父親は金ヶ崎退き口の一騎駆で逃げに逃げたのに・・・。」

「父の死が自分の責任と思うたのであろう。是非もなし。時間がなくて困った。長益、三法師には逃げられ、家康も取り逃がした。二人の遺体を発見できず、瀬田の橋を焼かれた。官兵衛のようなナンバー2が欲しかった。わしも秀吉も右府様の相手で手一杯。信長殺しは天下取りと同じくらい難しい。我が家に来ぬかと誘ってみたのじゃが断わられた。『あなたは優秀だが凡人、秀吉は劣るが非凡。』だそうじゃ。本能寺もシミュレートしておったに違いない。秀吉に恨みなどない。元々織田家では新参者同士で気が合った。単にあとさきの問題よ・・・。ヤスケというエトランゼどうなったかのぉ。」

「行方知れずと聞いております。」

「あの男も優秀であった。もう殺したくなかったので嘘をついた。武士の嘘をば方便と言う。」

「確かに信長公であれば、敵のお気に入りを見逃すはずはなかったでしょう。」

「城介が成長すれば家康も無用。家康殺すに刃物はいらぬ。死ねと一言、言えばよい。まだ何かあるかの?」

「結構です。あなたは落ちました。」

「そうか・・・。死してなお凡であったか。」


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