入社1週間

「入って」
入社して1週間、最終面接の時に一度入ったきりの応接室に、僕は足を踏み入れた。
「どう?会社には慣れた?」
布施さんから、そう声をかけられて僕は顔を上げた。彼女は、この会社の上級管理職いわゆる役員?いうやつだ。若いのに著名なメディアにもよく取り上げられ、年収もかなりの額あるらしい。
「まずまず…ですかね。正直物足りないのも事実です」
布施さんは最初真顔になって、数秒後には顔を歪めて最後には笑い出した。
「いいね小杉くん。そうこなくっちゃ。実はひとつ頼みたいことがあるんだけど…」
いいですよ。要件も聞かないうちに僕はそう答えた。それにも、布施さんは吹き出していた。何が面白いか僕にはちっともわからない。
この1週間に出された課題も心がトキめくものはひとつもなかった。会社がどんなところか見てみようかと思ったけれど、間違いだったかな?そんな風に感じてしまった矢先だった。
「モンゴルとの戦略的提携。12月末までにお願いできる?」
今度は僕が真顔になる番だった。いまは10月中旬。2か月ちょっとしかない。
「えぇと。僕もそのモンゴルとの提携話に参加すればいいんですかね?」
布施さんは、満面の笑顔を浮かべながら僕を指さした。ヒールのかかとを片方だけあげて。
「いいえ。アナタが中心でやるのよ」
頭がおかしい。狂気の沙汰だ。こんな、アタオカな人が実際に存在するなんて。そう思う一方で、もう一人の僕は久方ぶりのワクワクにしびれるような興奮を覚えた。
これが、新規事業ってやつか。

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