祈りの雨

“祈り”はWikipedia参照
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

祈り・・・世界の安寧や他者への想いを願い込めること。
“利他”の精神。

神への礼拝。
古い、古い、思考病。
奇数の年には女の指を偶数の年には男の指を、毎年10から20の若い指を一本ずつ、村を見下ろせる山にある寺の祠に奉る。
加えて十年に一度、その年に16になる子供を一人祠に奉る。
私は44人目の贄。
私と決まった時、父は大喜びした。
母は諦めたように泣いて喜んだ。
私に決まった理由は一度も指を切られなかったから。
贄は完全体でなければならない。
人間として全ての身体機能が備わっていないと選ばれない。
母は私が十の時、私の指を切ろうとした。
それを父に止められた。
贄になる可能性があるのはこの子だけなんだから他の者の指を切らせろと。
大抵は贄になりうる歳の子供は数人生まれていたが、私は一人で同い年がいなかった。
だから皆私を大切に大切に育て上げた。
私のことをよく思わず手をあげた子供たちは指を切られた。
うっかり取り返しのつかない傷でもつけられていたらよかったのだけど。
母も言っていた。
そして、大事もなく、無事に私は

「よく飽きもせず贄を捧げてくるもんだ。
もう既に意味をなくしているのに。
ん、起きたか。
水持ってこい」
パタパタと、足音がする。
「体は無理に起こすなよ。
何本か骨が折れている」
息が荒い。
熱があるのが分かる。
目の前の布が解かれる。
「目は、まぁ、ギリギリ見えるくらいか。
血は出てないから包帯はもういらないな」
はっきりとは見えなくても、一目で神様と分かる。
足音がする。
「上半身だけ起こすぞ。
水は飲めるか?
少しずつでいい」
口元に水の入った湯呑みを当てられる。
数滴ずつ口に入ってきて、それを飲む。
時間をかけて半分まで入っていた水を飲み終わったところで、また寝かされた。
「暫くは安静にしていろ。
私がいない時でも誰かしら様子を見ていてくれるから」
温かいような、ひんやりとしているような、心地のいい手で頭を撫でられて、眠りについた。

目が覚めた頃には、すっかり熱もおさまって骨折も治っていたようだった。
「ここに体が染まれば治りが早くなるの。
もう、充分ここに慣れたみたいね」
それは、私が六歳の時に贄になった少女だった。
ほとんど姿が変わっていない。
「十年で一歳分しか歳を取らないの。
贄は長くても三十歳までしか生きられないから、少しでも長く生きられるように、この狭間の世界を作ってくれたの」
ここは神様たちのいる彼岸と私たちの村があった此岸の間に無理矢理こじ開けられた世界らしい。
不必要なのに何人も送られてくる贄のために、最高位に最も近かった神様が、わざわざ作ってくださったそう。
ここは、私たちが住んでいた村よりも大きなお屋敷で、庭の外は真っ白だった。
庭には、お墓があった。
寿命で亡くなった贄の墓らしい。
私たちの村以外からも贄は送られていて、その村の風習ごとに弔っている、と言われた。
私たちの村ではまだ骨噛みが行われている。
誰が食べてくれるのかな。
近親者はいないから、みんなで食べてくれるのか、神様が食べてくれるのか。

「お前はいつも手を合わせているが、何を願っているんだ?
私に言ってくれればよほどでなければ叶えるが」
「村の繁栄を祈っています。
祈らなければならなかったので」
「……お前たちは他の利のために捧げられた。
もう祈るのはやめなさい。
自分のためを願いなさい。
自分の欲を望みなさい。
もう既に一生分、祈っているのだから」

言わなかった。
言ってはいけないと思った。
私の望みは、叶ってはいけないと思った。
本当に、望んでもいいのなら、あの村に雨を、雨を降らせてください。
私のように、血の雨を。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?