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【3人用声劇台本】鬼の手遊び

この作品は、声劇用に執筆したものです。
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これはまだ、侍が群雄割拠していた時代。
大名の娘である初子(ういこ)と、その家臣たちの子どもである光尚(みつひさ)と景貫(かげつら)。
三人は幼少の頃からの幼馴染であり、いつも仲良く遊んでいた。
元服した光尚と景貫は初子を守るために鍛錬を重ねていたが、そこへ町に鬼が出たという噂が流れる。
鬼は町人に乗り移り、女を食ってしまうとのこと。初子の依頼で鬼を見つけるために見回りをする二人。
二人は見回りを続けるが……
侍と姫と鬼が織りなす時代劇ファンタジーの行く末は。

【上演時間】
約40分

【配役】
光尚(♂):光尚(みつひさ)。幼名は風助(ふうすけ)。口調が多少荒く、テキトーに見えるが、いざというときにはきちっと決める。人情深く心根は優しいが、口調のせいで伝わりづらい。
※性別変更不可(演者の性別不問)

景貫(♂):景貫(かげつら)。幼名は空千代(そらちよ)。剣術も勉学も光尚よりも優れている。真面目で冷静。任務のためなら人を犠牲にすることもためらわない残忍さを持ち合わせている。
※性別変更不可(演者の性別不問)

 初子(♀):初子(ういこ)。大名の娘。光尚と景貫に守ってもらう立場にある。心優しく、誰かのために心を痛めたり、手を差し伸べたりすることができる。
※「遊女」「???」と兼役。
※性別変更不可(演者の性別不問)


【プロローグ】


プロローグ。ナレーションのように語る三人。

バックのイメージBGM「迫り来る軍靴の足音的なBGM @ フリーBGM」
※使用される場合は、動画の7秒目あたりからセリフを始めてください。

景貫:「もしも私の中に鬼が潜んでいたら、そのときは頼むから躊躇せずに斬り殺してくれ。そんなことに気づいてしまったらもう、私はもう耐えられない。あの方の前でそんな醜い姿を晒したくはないのだ。すまない。私を許してくれ。自らの命を断つこともできぬ臆病な私を許してくれ。すぐに嫉妬してしまう弱い私を許してくれ。鬼にも人間にもなりきれない中途半端な私を、許してくれ」

光尚:「もしも俺の中に鬼が巣食っていやがったら、そん時には武士らしく自害してやるよ。だからそのときはさ、間違っても経(きょう)なんて唱えるんじゃねえぞ? しみったれた面(つら)して別れるのは辛いからな。お互いよ。こういうときはさ、あっさりと別れたほうがいいんだよ。なんなら大笑いで送り出してくれてもいいんだぜ? そうしたら、もしかしたら極楽にでも行けるかもなあ。それに、お前らにはシケた面せずに、前向いて生きていってほしいもんな。俺のことなんか構わずさ」

初子:「もし初子(ういこ)の中に鬼がいたらね、お友だちになってあげるの。だって、鬼だって寂しくて初子の体に入ってきたんでしょう? だからね、仲良くなって一緒に歌でも歌ったら、みんな幸せになると思うんだ。なに歌うかって? じゃあ教えてあげる。初子が一番好きな歌だよ。ほら、そこの君もこっちに来て。難しくないから、みんなで一緒に歌おうよ。手遊びもしてね。きっと楽しいよっ!」

【1】


鬼ごっこをしている幼い三人。

景貫:「はあっ、はあっ。……捕まえ、たっ!」

光尚:「うわあっ! はあっ……はあ、はあっ……。ちぇっ、また俺の鬼か」

景貫:「遅すぎるんだよ、風助(ふうすけ)。僕に勝とうなんて十年早いよ」

光尚:「じゃあ十年後には空千代(そらちよ)に追いつけるんだな」

景貫:「さあて、どうだろうね。楽しみにしてるよ」

初子:「じゃあ初子(ういこ)も鬼するー」

光尚:「鬼ごっこだぞ! 鬼に寄ってくるやつがあるかっ」

初子:「二人ばっかりずるいー、初子も混ぜてー」

光尚:「だから鬼ごっこだって言ってるだろ。それに、初子が鬼になったら俺たちに追いつけなくてふてくされるだろ」

初子:「ふてくされないもーん」

景貫:「もう、二人ともっ。まじめに鬼ごっこやってよ」

光尚:「でもさ、いっつも空千代が逃げ切って終わりじゃん。楽しくない」

景貫:「しょうがない。他の遊びを考えるか」

初子:「初子、手遊びしたーい」

光尚:「嫌だよ、そんなの。子どもじゃあるまいし」

景貫:「いや、子どもでしょ?」

光尚:「というか、お前そんなの知ってたっけか?」

初子:「さっき会った子が教えてくれたもーん」

景貫:「へえ。やってみなよ」

初子:「じゃあやってみるねー」

(手遊び「でんでらりゅうば」を歌いながら始める。※「でんでらりゅうば」の「ば」は、はっきり発音してください)
初子:「でんでらりゅうば でてくるばってん でんでられんけん でーてこんけん
初子:こんこられんけん こられられんけん こーんこん」

光尚:「なんだあ、その変な歌と手の動きは」

景貫:「聞いたことのない手遊びだね」

初子:「初子も聞いたことないよ」

景貫:「さっき会った子って言ってたけど、知ってる子どもだったの?」

初子:「ううん、初めて会った子だったよ。ひとりで寂しそうだったから、一緒に遊んであげたの」

光尚:「なんで上から目線なんだよ。にしても、この手遊びなかなか難しいなあ。でん、でら、りゅう、ばあ……」

景貫:「手の形がちがう。こうだよ。でんでらりゅうば でてくるばってん」

光尚:「お前、よくそんなすぐに覚えられるな」

景貫:「僕はなんでもすぐにできてしまうんだよ。自分でも恐いくらいにね」

光尚:「くっそ、なんか悔しいなあ。おい、初子。俺にも教えろっ」

初子:「いいよー。みんなで誰が一番速くできるか競争しよっ」

【2】


十数年後。元服を終えた三人。

光尚:「おはよう、景貫」

景貫:「遅かったな、光尚(みつひさ)」

光尚:「なんだか、まだその名前慣れねえな。風助のほうがしっくりくる」

景貫:「元服して名前が変わったばかりだもんな。私だって、景貫(かげつら)よりも空千代のほうがまだ慣れているさ」

光尚:「そうだよなあ。朝っぱらから鍛錬しなきゃならねえし、本当に大変だよ」

景貫:「文句を言うんじゃない。稽古を始めるぞ」

光尚:「おう!」

鍛錬を始める二人。


光尚:「(刀を景貫に振り下ろしながら)はあッ、とおッ……なあ、景貫」

景貫:「(刀を跳ね返しながら)なんだよ、……ふんっ」

光尚:「どっちが早くっ、将軍になれるかっ、勝負しよう、っぜ!」

景貫:「そんなの私がっ、先にっ、なる、にっ。決まってるだろっ!」

初子:「すごいねえ、ふたりとも頑張ってえ」

光尚:「よおっ初子」

景貫:「おい失礼だぞ。初子様、だろ」

光尚:「だって、初子は初子だろ。今さら「様」なんてつけられっかよ」

景貫:「そういうわけにはいかない。僕の家も、お前の家も、宮石家の家臣なんだから。そこの姫君である初子様にはちゃんと敬意を表さないと失礼だろう」

光尚:「頭がかてえなあ、景貫は」

景貫:「お前が柔らかすぎるのだ」

初子:「三人だけのときはいいけど、他の人がいる前ではちゃあんと初子様って呼んでくださいねえ」

景貫:「もちろんです。心得ております、初子様」

初子:「だから硬いよお、今は三人だけなんだからそんなにかしこまらなくていいんですよお」

光尚:「そうだぜ景貫。難しく考える必要なんてねえんだよ。俺たちは初子を何がなんでも守る。それだけだろ」

景貫:「それは、そうだが……」

初子:「では、私はそろそろ戻りますねえ。鍛錬頑張ってくださーい」

光尚:「おお、じゃあな」

景貫:「……なあ、光尚」

光尚:「なんだよ」

景貫:「もしも私が死んでしまっても、初子様を守ってくれよ」

光尚:「守るに決まってんだろ。初子も、お前もな」

景貫:「ああ。ありがと……よっと」

光尚:「いってー! てめえ、不意打ちしやがって、卑怯だぞっ」

景貫:「ははは、すまんすまん。だが、油断禁物だぞ。さあ、稽古の続きだ」


(数日後)


光尚:「なんだ? 今日はやたらと屋敷の中が騒がしいな。なにかあったのか?」

景貫:「おい、光尚っ」

光尚:「どうしたんだよ景貫。そんなに急いで」

景貫:「それが、近ごろ町に鬼が出るとの噂があるみたいなんだ」

光尚:「鬼ぃ?」

景貫:「ああ。鬼が人の体を乗っ取って、周りの人間を食ってしまう、というものらしい」

光尚:「ただの噂なんだろ、そんなに気にすることねーじゃん」

景貫:「私も最初はそう思っていたんだ。だが、ここ数日連続して町民が惨殺される事件が相次いでいる」

光尚:「だからって鬼の仕業って決まったわけじゃねえだろ」

景貫:「被害者は全員若い女で、死体はズタズタに切り裂かれてしまっていたらしい。その傷痕は刀によるものではなく、獣の爪や牙のようなものなんだよ」

光尚:「じゃあ野良犬かなにかじゃねえの?」

初子:「どっちにしろ危ないことに変わりありませんよお。だからあ、二人にはしばらく町の見回りをお願いしたいんですー」

景貫:「当主様もこういったことが続くと困ると仰っている。これは直々の命令だぞ」

光尚:「そんな簡単に見つかるかあ?」

景貫:「つべこべ言ってないで、さっそく今夜から見回りを始めるぞ」

光尚:「へーい」

【3】


見回りをする二人

光尚:「本当に鬼なんか出るのかねえ」

景貫:「その可能性があるから、見回りをするんだろう。ちゃんと警戒しておけよ。よそ者が紛れ込んでるって可能性もあるからな」

遊女:「あーらお兄さんたち。よければ遊んでいきませんか?」

景貫:「生憎だが私達は忙しい。遠慮しておく」

光尚:「……俺は、遊んで行こうかなー」

遊女:「はーい、毎度あり。こちらへどうぞー」

景貫:「おい、見回り中だぞ」

光尚:「カタいこと言うなって。息抜きも必要だぞ」

景貫:「まったく……もういい。勝手にしろ。私はひとりで見回りを続けるからな」

光尚:「うーい、頑張れよー」

遊女:「じゃあ、こっちもいきましょうか。お店まで少し歩くので、我慢してくださいね」

光尚:「どこまでもついていくさ。アンタといっしょならな」

遊女:「まあ、嬉しい」

(十数分後。人通りの少ない路地を歩く二人)

光尚:「おい、店ってのはまだか?」

遊女:「もう少しですわ」

光尚:「おっかしいなあ。俺が知る限りだと、この辺にそういう店なんてないはずなんだけど。そんで、この先は裏路地の行き止まりになっているはずなんだけどな」

遊女:「最近できたお店ですもの。ご存じなくても無理はありませんわ」

光尚:「そんで、アンタみたいなべっぴんさんの顔、この町で見たこともねえんだよな」

遊女:「最近ここへ来ましたもの。今日覚えて帰ってくださいな」

光尚:「そんで、アンタの髪型、丸髷(まるまげ)だよな?」

遊女:「それがなにか?」

光尚:「丸髷ってのは、既婚の女がする髪型だ。遊女だったら未婚の女がする島田髷(しまだまげ)をするもんだ。おまけにその格好と化粧。客引きをする遊女にしては地味すぎるんだよ」

遊女:「……」

光尚:「お前、遊女じゃねえな?」

遊女:「だったら私は何者だと言うおつもりですか?」

光尚:「決まってんだろ……(刀を抜きながら)お前、鬼だな?」

遊女:「……ふふふ。ふはっはっは!」

光尚:「おい、なーに余裕ぶっこいてんだ。抵抗するのも諦めちまったか?」

遊女:「ふっふふふ……。面白い」

光尚:「あん?」

遊女:「面白い。面白いぞ人間!!」

光尚:「鬼に褒められても嬉しくともなんともねえな。大人しく斬られる覚悟でもしとけ」

遊女:「おお怖い怖い。ところで、ワシもわかったことがあるぞ」

光尚:「遺言か? 聞くだけ聞いてやる」

遊女:「貴様の見た目はまだ若い。それに、ワシの鼻はほんの一滴の血の匂いも嗅ぎ分けるほど鋭敏じゃが……貴様の刀からは、血の匂いがまったくせぬぞ」

光尚:「っ……!」

遊女:「ふふふ……貴様、まだ人を斬ったことがないな?」

光尚:「だからなんだ。ここでその初めてをきめてやるまでだ」

遊女:「おいおい、大丈夫か? 手が震えておるぞ」

光尚:「……黙れ」

遊女:「ふんっ、斬る度胸もないくせに刀なんか握るんじゃない。そんな腕でワシが斬れるものなら斬ってみろっ!!」

光尚:「黙れ、黙れっ黙れえええええええっ!!」

光尚、遊女(鬼)に斬りかかる。

遊女:「馬鹿めっ。勢いに任せて突っ込んできおったな!」

光尚:「うおおおおおおおおっ!」

遊女:「遅い遅いっ! そんなの簡単に避けられるわっ」

光尚:「くっ、は、速い……!」

遊女:「ほれほれ、迷っている時間はないぞ。せいぜい楽しませてくれ。でないと、ワシが貴様を殺してしまうではないか」

遊女から鋭いカギ爪と牙が生える

光尚:「可愛いツラして、随分物騒な爪と牙を持ってんじゃねえか。せっかくの美人が台無しだぜ」

遊女:「(遊女の声に戻って)女の本性なんてこんなものですわ。……いくぞっ!!」

光尚:「くっそ……誰か、助けて……」

景貫:「各々方(おのおのがた)、こちらですっ。こちらに鬼がおりまするっ!!」

遊女:「なにっ!?」

光尚:「っ!……景貫!」

景貫:「やあ。遊女との楽しい時間は過ごせたか? 光尚」

光尚:「ああ、かなり手厚いもてなしを受けたぜ」

景貫:「そりゃあよかった」

遊女:「なぜ戻ってきた。貴様はワシについて来なかったではないか」

景貫:「ああ。だから、屋敷まで戻って応援を呼んで来たんだよ。貴様を確実に斬れるようにな」

遊女:「貴様も、最初から分かっていたというのか?」

景貫:「いいや、光尚がお前についていくって言うまでは気づかなかったよ」

遊女:「それだけで、なぜわかった?」

景貫:「分かるさ。光尚はふざけてることも多いが、当主様、ましてや初子様の命令に対して手を抜くような男じゃない。だから、鬼を見つけたんだろうと思ったんだよ」

光尚:「景貫……」

景貫:「さて、そういうわけで無駄な抵抗はやめて大人しくしておくんだな。そうすれば苦しまぬように一太刀(ひとたち)で終わらせてやる」

遊女:「そう上手くはいくかな? 見たところ、貴様の呼んだ応援が来るまでにあと二分はかかるとみた。それに貴様の刀からも血の匂いはせぬ。ひよっ子の侍二人をズタズタに切り裂くのに、一秒もいらぬわっ!!」

景貫:「(刀を抜きながら)お前は大きな勘違いをしている」

遊女:「はあああああああああっ」

景貫:「私は任務だとわかっていればっ!」

景貫、襲いかかってくる遊女を迷いなく切り捨てる。

遊女:「ぐあああああっ!」

景貫:「女だろうが子供だろうが、ためらいなく斬り殺す、鬼の心を宿している」

遊女:「貴様、このままで終わると思うな、よ……」

遊女(鬼)、倒れる。

景貫:「ふうーーっ……」

光尚:「……悔しい」

景貫:「はあ?」

光尚:「お前だけなんかかっこいい。ずるい」

景貫:「馬鹿なことを言ってないでいくぞ。ほら、肩に掴まれ」

光尚:「(掴まりながら)ううっ……恩に着る」

景貫:「なんだって? 大きな声で言ってもらわないと聞こえないなあー」

光尚:「ぜってえ言わねえっ!」

初子:「あっ、いたっ!」

光尚:「初子、なんでお前がここに来てるんだよっ……」

初子:「だってえ。景貫から光尚が一人で戦ってるって聞いたから、心配になってえ」

光尚:「来たところでお前に何ができるってんだよ。足手まといになるだけだろ!」

景貫:「まあまあ、結果的に何事もなかったからいいじゃないか」

初子:「そうそう、気にしなーい気にしなーい」

光尚:「はあ……勝手にしろ」

初子:「……あそこに倒れてるのが、鬼?」

景貫:「ああ。女の身体に乗り移っていたんだ」

初子:「……行って来る」

光尚:「お、おい、あんまり近づくんじゃない。まだ完全にトドメはさしてねえぞ」

景貫:「どの道もう助かるまい。好きにさせてやろう」

初子:「(女の死体の前で手をあわせる)仏説摩訶 般若波羅蜜多 心経(ぶっせつまかはんにゃはらみたしんぎょう)
初子:観自在菩薩 行深般若波羅蜜多 時照見五蘊皆空(かんじざいぼさつ ぎょうじんはんにゃはらみた じしょうけんごうんかいくう)…………(お経を読み上げ続けている)」

光尚:「鬼に経をあげるやつなんて聞いたことねえ」

景貫:「そういうお方だよ。初子様は。それに、鬼だけでなく、死んだ女に対しても唱えているのだろう」

光尚:「そんな姫君、聞いたことねえな」

初子:「菩提薩婆訶 般若心経(ぼんじそわか はんにゃしんぎょう)……」
初子:「辛かったですね。安らかに、ゆっくり眠れますように」

光尚:「気が済んだらさっさと帰ろうぜ。早く休みてえ」

景貫:「そうだね。行きますよ、初子様」

初子:「…………うん。今行くね」

【4】

数日後

初子:「大変よっ!」

光尚:「どうしたんだよ初子、もう鬼はやっつけたろ?」

初子:「それが、また被害者が出たようなのです」

景貫:「そんな、まさかっ」

初子:「いつも私の侍衛(じえい)をしてくださっている、村田殿の娘さんが殺されたと、私は村田殿本人から聞いたのです。間違いありません」

景貫:「しかし、あのとき女が絶命したところを私たちは見届けております。鬼がまだ生きているとは考えられないのでは?」

初子:「……もしかしたら、他の誰かに乗り移ったのかも」

光尚:「乗り移ったぁ?」

初子:「鬼の言い伝えによれば、鬼は人間の目を見つめるだけで、その人間に乗り移ることができるらしいの」

景貫:「では、まだこの町のどこかに鬼がいると?」

光尚:「そんな、いったい誰が?」

初子:「それはまだわかりません。何か手がかりでもあればいいんだけど……」

景貫:「とにかく、鬼を野放しにしておくわけにはゆかない。早速見回りにいくぞ、光尚」

光尚:「めんどくせーな、分かったよ」

景貫:「では初子様、行ってまいります。危ないですから、初子様は決して、決して屋敷から外へ出ぬようになさってださい」

初子:「分かりました。あなたたちも、気をつけてください」

景貫:「もったいなきお言葉でございます。それではごめんつかまつります」

光尚:「じゃあなー」

初子:「どうか、ご無事で」



町を見回りをする二人

光尚:「鬼を見つけるったって、どうすりゃいいんだよ」

景貫:「私に一つ、策がある」

光尚:「どんな策だよ」

景貫:「人が斬られるところを待つのだ」

光尚:「おい待てよ、被害者が出るまで待つってのか?」

景貫:「そうだ」

光尚:「お前ってさ、いっつもそういうとこあるよな。割り切ってるっていうか、冷たいっていうか」

景貫:「では、代わりとなる案を出してみろ」

光尚:「鬼は女を狙ってるんだろ? だったら、女を用意すればいいんだよ」

景貫:「それでは私の策と変わらんだろう」

光尚:「全然ちげーよ。まあ俺に任せとけって」


往来で女装している二人

景貫:「おい、策ってのはこれか?」

光尚:「ああ、そうだよ」

景貫:「(小声で)なぜ私とお前が女装をしているんだっ」

光尚:「(小声で)仕方がねえだろ、鬼は女を狙うんだから」

景貫:「(小声で)鬼は鼻が利(き)く。すぐにこんな小細工見抜かれてしまうぞ」

光尚:「(小声で)大丈夫だよ。着物には女たちが好きな香(こう)の匂いをたっぷり染み込ませといたから」

景貫:「(小声で)早く帰りたい……」

【5】


屋敷でひとり『でんでらりゅうば』を歌っている初子。(「でんでらりゅうが」の「が」は、はっきり発音してください)

初子:「でんでらりゅうが でてくるばってん でんでられんけん でーてこんけん
初子:こんこられんけん こられられんけん こーんこん」

景貫:「失礼いたします。随分と懐かしい歌を歌われているのですね」

初子:「あら、おかえりなさい。どうでしたか、見回りの結果は」

景貫:「残念ながら、鬼は町にはおりませんでした」

初子:「そう。早く見つかると良いのだけど……」

景貫:「案ずることはありません。鬼は私が必ず見つけだして斬ってみせます。お茶を持って参りましたから、よければこれでも飲んで落ち着いてください」

初子:「まあ、お気遣いありがとう。いただくわ」

お茶を飲む。少しの間。

景貫:「ところで、村田殿にお聞きしましたが、村田殿は娘さんが殺された前後の記憶がなかったそうですね」

初子:「きっと娘を殺された辛い記憶を消し去ろうとして、前後の記憶も無意識に消してしまったのでしょう」

景貫:「それも考えられなくはありませぬが、こうも考えられませぬか? 村田殿は、その間、一時的に鬼に体を乗っ取られていた」

初子:「どういうことですか?」

景貫:「つまり、こういうことです。鬼は元々誰かの体に乗り移ってこの町に身を潜めていた。そして、事件が起きる直前に村田殿に乗り移り、自身の娘を油断させて殺した。そして肉を喰らい、また元いた体へと戻っていった」

初子:「では、その元いた体の持ち主を探す必要があるわけですね?」

景貫:「はい。そしてそれは、村田殿のすぐ近くにいた人物のはずです。鬼は村田殿の目を見て乗り移ったはずですから」

初子:「へえ……ではそれは一体だあれ?」

景貫:「あなた様しかおりますまい。初子様」

初子:「……」

景貫:「先程の言葉、訂正いたしましょう。鬼は町にはいませんでした。鬼は、屋敷にいたのです」

初子:「ならば私はこう返すわ。先程も言ったでしょう? 村田殿が錯乱して記憶を消し去ってしまっただけの可能性もあるはずよ。それでもあなたは私を疑うの?」

景貫:「……初子様。先程の歌、もう一度歌ってはもらえませぬか?」

初子:「なあに、話をごまかすつもり?」

景貫:「いいえ、違います。とにかく、お願いいたします」

初子:「まあ、いいけど……。でんでらりゅうが でてくるばってん でんでられんけん でーてこんけん……」

景貫:「(遮って)やはり、あなたが鬼です」

初子:「なぜ、そう思うの?」

景貫:「否定は、なさらぬのですね」

初子:「私はそう思った理由を聞いているだけですよ」

景貫:「初子様はその歌を、『でんでらりゅうば』と歌う。しかしあなたは今、『でんでらりゅうが』と歌った」

初子:「そうだったかしら?」

景貫:「……そして、初子様は、私と二人だけのとき、ご自分のことを「初子」と言われる。「私」とは言わないっ」

初子:「へえ……」

景貫:「往生際が悪いぞ。さっさと出てこい、鬼よ」

(間)

初子:「ざーんねん。ワシの観察が足りなかったか、くっくっく……」

景貫:「大方、初子様が経(きょう)を唱えておられたときに乗り移ったのだろう。卑劣なヤツだ」

初子:「ワシは鬼じゃ。人間風情の心根など分かろうとも思わぬわ。それで、どうする?」

景貫:「お前を斬る」

初子:「ほう、好いている女を斬れるというのか?」

景貫:「っ! なぜそれを!」

初子:「ワシは貴様ら人間とは比べ物にならぬ時間を生きておる。それくらい分かるわ」

景貫:「僕はそれでもお前を斬る。任務だからな。容赦はせぬぞ」

初子:「貴様、本当に人間か? 貴様の目……くくっ、まるで鬼のようじゃぞ?」

景貫:「遺言はそれで終わりか? くだらんな」

初子:「かげ、つら……?」

景貫:「その、声色……初子か?」

初子:「初子、どうなっちゃった、の……」

景貫:「案ずることはない。私は、あなたを救ってみせる。だから、今は休んでください」

初子:「あり、がとう……」

(間)

初子:「(鬼に戻る)さーて、どうする? ワシを斬れば当然この女もお陀仏(だぶつ)じゃぞ?」

景貫:「きっ貴様ぁっ……!」

初子:「ほれ、どうした、貴様も鬼だと言うのなら鬼らしく斬ってみたらどうじゃ?」

景貫:「あ、ああっ……」

初子:「ついでに言っておいてやろうか。この娘と体を共有して分かったことだが……。この娘は貴様のことなど全くもって、好いてはおらぬぞ」

景貫:「そんな、こと……」

初子:「なんじゃ、驚いた……ん?」

景貫:「そんなこと、とうの昔から知っておるわっ!! うおおおおおおおおっ!!」

(少しの間)
初子:「くっくく……。鬼が、出よった、な…………」

【6】

数分後

光尚:「おい、景貫! 本当か、鬼が見つかったって」

景貫:「ああ、本当だ。鬼は見つかった」

光尚:「それで、鬼はどこにいるんだ?」

景貫:「ここにいる」

光尚:「は?」

景貫:「ここに、いる」

光尚:「ここって……初子!」

景貫:「初子様が、鬼だったんだよ」

光尚:「そんな、じゃあ、これは……」

景貫:「鬼に取り憑かれていた初子様を、斬ったのだ。この私が」

光尚:「き、貴様っ。いくらなんでも斬るなんてこと、許されるはずがないだろ」

景貫:「そういう状況だったんだ。仕方がないだろう。それに、私達は侍。斬ることを躊躇してどうする」

光尚:「だが、幼馴染なんだぞ?」

景貫:「そんなことは関係ない。私達は民衆を守る義務がある。その義務を果たしたまでだ」

光尚:「……刀を抜けよ、景貫」

景貫:「……」

刀を抜いて向かい合う二人。少しの間。

光尚:「(景貫へと走りながら刀を振り下ろす)うおおおおっ!!」

景貫:「(なんとか刀を受け止める)うっ!」

光尚:「俺はそんなことは聞いてねえ。俺は、本当にお前は何も感じなかったのかって聞いてんだよっ」

景貫:「(刀を跳ね返しながら)そんなわけがなかろうっ」

光尚:「っ……!」

以降、刀を交えながら語り合う二人。

景貫:「好いている女を斬らねばならぬ。そんな状況で何も感じぬわけがないであろう。どれほど、どれほど悩んだか、貴様には分からぬだろう!」

光尚:「お前、初子のことを……」

景貫:「ああ、そうだ。初子様に振り向いていただけるように、勉学に勤しんだし、剣術もお前以上に鍛錬した。お前よりも立派な侍になった。なのに、初子様はお前ばかり見ているっ!! なんの努力もしていないお前ばかり注目されるのが、いつも悔しくて悔しくてたまらなかった!」

光尚:「っ! へえっ……お前、そんな面(ツラ)もできるんじゃねえか」

景貫:「うるさい、お前のそうやって上から目線なところも大嫌いなんだ。だから、お前にだけは絶対に負けたくないのだっ」

光尚:「じゃあ俺も言わせてもらうけどなあ……人のせいにしてんじゃねえよっ」

景貫:「っ!!」

光尚:「いっつもつまんなそうな顔してっ、俺と勝手に比べてしょげてっ、本音を言わなねえくせに察しろって雰囲気出しやがってっ。くっだらねえ!!」

景貫:「くだらないだとっ! 私の助太刀(すけだち)がなければ何もできぬくせにっ」

光尚:「ああそうだな、できねえなあっ。なんの罪もない女を斬り殺したり、ましてや好いている女を斬り殺すなんてなあっ!!」

景貫:「うっ!」

景貫の脇腹を光尚の刀がかすめる。

光尚:「お前は、人間じゃねえ。やっぱり鬼だよ、景貫」

景貫:「ああ、そうだな。僕は……鬼だ。だから、くれぐれも躊躇はするなよ」

光尚:「躊躇なんかしてねえよ」

景貫:「いいや、お前は優しい。今もわざと僕にトドメをささなかった」

光尚:「たかが言い争いで、そこまでする必要はねえだろ。戦友なんだからよ」

景貫:「そこまでする必要があるんだよ。これからお前は、たくさん人を斬っていく必要がある。その度に心を痛めていてはキリがない」

光尚:「そんなことは、分かってる……」

景貫:「これはその練習だ。だから、躊躇するんじゃないぞ」

光尚:「おい、だから俺はお前を斬る気はないって言ってる(だろ)」

景貫:「(遮って)ああ、そうだ、いい忘れてた。初子様は眠っているだけだ。死んではいない」

光尚:「え?」

景貫:「後は任せた。くれぐれも、お前は鬼になるなよ、光尚」

光尚:「おい、どういうことだよ、それ……」

景貫:「ふっははっはっ!! よかろう、任されてやろう!」

光尚:「お前、本当に鬼になってしまったのか?」

景貫:「まさか茶に睡眠薬を盛っておったとはなあ。さすがのワシも身体が眠ってしまっては動けんから、娘から此奴(こやつ)に乗り移ったのよ」

光尚:「じゃあ、本当に景貫は初子を斬ってはいなかったんだな?」

景貫:「結局は鬼になりきれなかった、甘っちょろい男だったのう。あんな女を諦めていれば、己(おの)が身を捧げる必要などなかったものを……実にくだらん」

光尚:「おい、鬼っころ。いい加減に黙れ」

景貫:「ワシに命令するではない。黙らせたければ黙らせてみい。さーて、せっかく手に入れた屈強な身体。女の柔らかい身体と比べて居心地が悪いが、食料の女を狩るには苦労せぬな。此奴は顔も悪くはないし、放っておいても女が寄ってくるであろうな。ふふふふ……」

光尚:「(景貫に刀を振り下ろしながら)ふんっ!!」

景貫:「うっ!!」

光尚:「黙れって言ってんだろ」

景貫:「貴様……前は斬ることなんぞできなかったくせにっ……」

光尚:「黙れと言ったはずだ」

景貫:「青二才が図に乗りおってっ! 死ねぃっ!(光尚に刀を振り下ろす)」

光尚:「ふんっ」

景貫:「なにっ、受け止めたっ!?」

光尚:「軽いんだよ……」

景貫:「なに?」

光尚:「お前の刀は、軽いんだよッ!(刀をはじき返す)」

景貫:「っ!」

光尚:「景貫の刀は、重かった。お前なんかよりも、ずっとずっとずっとずーっとッ! 重かったッ!!!!」

景貫:「ぐはっ!!(倒れる)」

光尚:「青二才をナメんなよ、鬼め」

景貫:「貴、様……」

光尚:「諦めるんだな、もうお前に勝ち目はない。迷わず俺はお前を、景貫を斬るぞ」

景貫:「だったら、その前に……貴様に、乗り移ってくれるわッ……」

光尚:「そう来ると思ってたぜ。だが、そうはさせねえっ。ふんっ(自分の手で両目を潰す)」

景貫:「お前、自分の目をっ」

光尚:「お前は人の目から目へ乗り移ると聞いた。なら、目を潰しちまえば、お前は乗り移って来れねえってことだよなあっ」

景貫:「くっくく……しかし、目を潰した状態でワシのクビを斬れるのか?」

光尚:「これでも誰かさんに嫌というほど稽古させられたからな。目が見えなくとも感覚で斬ることなど……」

景貫:「ま、待て、ワシが悪かっ……」

光尚:「容易いっ!!」

景貫:「ぐあああああああっ……」

光尚:「(大きな深呼吸)……ふうーーっ……」
光尚:「……宣言通り、ちゃんと十年後には追いつたぞ、空千代(そらちよ)」
光尚:「……また遊ぼうぜ。あばよ」

光尚、景貫の首を斬り落とす。

【プロローグ】

初子:「う、うーん……」

光尚:「お、初子、やっと気がついたか」

初子:「こ。ここは……?」

光尚:「お前、鬼に体を乗っ取られてたんだぞ」

初子:「そうなんだ……って、光尚その傷はっ! それに、景貫が……」

光尚:「景貫にも鬼が乗り移りやがったんだ。こうするしか、なかったんだ」

初子:「は、早く手当をっ」

光尚:「無駄だ。もう死んでる。俺が確実に息の根を止めたからな」

初子:「そんな、そんなことって……」

光尚:「こういうもんだ、武士の戦いなんて。鬼にならなきゃやってらんねえ」

初子:「鬼じゃないよ」

光尚:「え?」

初子:「光尚も、景貫も、鬼じゃない。初子はちゃあんと知っているんですからね」

光尚:「……ありがとよ」

初子:「手を貸して。引っ張ってあげる」

光尚:「ああ、頼むよ。初子」



???:「貴様もここに来よったか」

景貫:「私達は、これからどこへゆくのだ」

???:「鬼となった者が行く先など決まっておるわ。地獄しかなかろう」

景貫:「そうか。……ならば、ともに行こうではないか、鬼よ」

???:「はあ?」

景貫:「幾年も独りでいたのだ。寂しかろう?」

???:「戯言(ざれごと)を。そんな感情持ち合わせておらんわ」

景貫:「でんでらりゅうが でてくるばってん でんでられんけん でーてこんけん
景貫:こんこられんけん こられられんけん こーんこん」

???「?」

景貫:「この歌を作って初子様に教えた子どもは、貴様ではないのか?」

???:「どうしてそう思う?」

景貫:「否定は?」

???:「ふん、せぬわ」

景貫:「あのとき初子様に乗り移っていたときに口ずさんでいた歌。とても悲しそうな顔をしておった。だから、この歌になにか思い入れがあるのではないか、とな」

???:「……さあな」

景貫:「あの歌の歌詞を訳すとこうだ」
景貫:「出られるならば 出ていくけれど 出られないので 出ていかないから
景貫:いけないから いけないから いかない、いかない」

???:「あの娘は間違えて覚えよったがのう」

景貫:「お前は、本当は寂しかったのではないか? 本当は、誰かと遊びたかったのではないか?」

???:「…………はて、貴様はそのように鬼に情けをかける人間には見えなかったが、どういう風の吹き回しじゃ?」

景貫:「初子様なら、たとえ自分の命を奪った鬼であっても、手を差し伸べる。だから私もそうしたいと思ったまでだ。本音は今すぐにでもお前を斬り殺したいところだ」

???:「はっはっはっ。それでは地獄の果まで付き合ってもうらおうか、人間よ」

景貫:「ああ。いくらでも付き合ってやるよ。僕は鬼だからな。地獄は故郷のようなものだ」


《終》


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