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【4人用声劇台本】知を愛する者どもよ⑦「自分自身を愛することを忘れるな」

この作品は、声劇用台本として執筆したものです。
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【あらすじ】

先人の偉大な哲学者たちのように、優れた人物を育成することを目的とした、全寮制の学園、フィロソフィア学園。 プラトンとアリストテレスは学園のクリスマスパーティーに出席することになる。キルケゴールとニーチェが中心になってパーティーは何事もなく進むが、アリストテレスが受け取ったプレゼントがなくなってしまい……

※「哲学者シリーズ」7話です。  単体でもお楽しみいただけますが、シリーズを通して読んでいただくと、より楽しんでいただけます。

【上演時間】
約50分

【配役】
・プラトン(♂):フィロソフィア学園1年生。ひとりで真理を追求している。
  ※性別変更可

・アリストテレス(♀):フィロソフィア学園1年生。好奇心旺盛で明るい。
  ※性別変更不可(演者の性別不問)

・キルケゴール(♀): フィロソフィア学園1年生。男前。他の生徒から頼られることが多いが、一定の距離をとる。 
   ※「アルケー」と兼役。
   ※性別変更不可(演者の性別不問)

・ミル(♀):フィロソフィア学園1年生。元アイドル配信者。子供っぽく、明るくわがままを言うことが多い。
   ※性別変更不可(演者の性別不問)


キルケゴール:「人は何を愛すかという問題に対して人がなし得る唯一の答えは、人は愛されるにふさわしいものを愛す、ということである。」(セーレン・キルケゴール)

ニーチェ:「愛されたいという要求は、自惚れの最たるものである。」(フリードリヒ・ニーチェ)

【タイトルコール】

ニーチェ:「知を愛する者どもよ」第7話

キルケゴール:「自分自身を愛することを忘れるな」



アリストテレス:「プラトンさん、なにか欲しいものはありますか?」

プラトン:「いや、特になにもないが」

アリストテレス:「そうですか。どうしようかなあ」

プラトン:「なんのことだい?」

アリストテレス:「学園主催のクリスマスパーティーですよ。プレゼント交換で出すプレゼント、まだ用意できてなくて」

プラトン:「そういえばそんなのがあったか。欠席するとしよう」

アリストテレス:「事前に申請すれば、アルケーがプレゼントを用意してくれるらしいですよ。せっかくですから欲しいものを考えて楽しみましょうよ」

プラトン:「ふーん、まあ気が向いたらね」

ニーチェ:「えー、プレゼントなにが欲しいって? みんながくれるものならなんでも嬉しいなあ。私が何を買ったかって? それはひ・み・つ。楽しみはとっておいた方がいいでしょー?」

プラトン:「随分とあっちは騒がしいな」

アリストテレス:「ニーチェさんは入学当初から話題になってましたよね。本名はわかりませんけど、ネット配信者としてかなり大活躍だったって噂です」

プラトン:「それであんなに人気があるんだな」

キルケゴール:「え? クリスマスプレゼント? まだ決めてないんだ。大切な贈り物になることを考えると、簡単には選べなくてね。流行りにも疎いから、どういうプレゼントが喜ばれるのか分からなくて。どういうものが喜ばれるのか、参考に教えてくれるかい?」

プラトン:「あっちも騒がしいな」

アリストテレス:「キルケゴールさんは凛としている女性で、女子生徒から人気がありますね。密かにファンクラブも作られているって噂ですよ」

プラトン:「なるほど。それで女子生徒が群がってクリスマスプレゼントを欲しがっているわけか」

アリストテレス:「ええ。でもそれでニーチェさんは嫉妬しちゃってるみた
いです」

ニーチェ:「女子からチヤホヤされていい気になっちゃだめだからね! 分かってる?」

キルケゴール:「別にいい気になっていない。君こそ、誰にでも無理して明るく振る舞う必要はないと思うよ」

ニーチェ:「大きなお世話よ。これまで注目されるのが当たり前だったんだもん。今更やめられないって」

キルケゴール:「そうかい。まあほどほどにしておきなよ」

ニーチェ:「ふん、言われなくても分かってるもん」

アリストテレス:「クリスマスパーティーは二人が主催となっているみたいですけど、大丈夫でしょうか?」

プラトン:「元になった哲学者からして、思想が違うからね。あまり相性はよくないのかもしれない」

アリストテレス:「キルケゴールとニーチェって関係があるんですか?」

プラトン:「はあ……少しは勉強しておくんだな。前回までに話した近代の哲学思想は、客観的な真理を人間の理性によって認識しようとしてきた。しかし19世紀末、それに対抗して主体的な真理を求める思想が生まれてきた。これを実存主義という」

アリストテレス:「たしかに、世界をどう見るか、世界はどうあるか、ということにこれまでの思想は注目していましたね。それに対して、自分自身がどうあるか、ということに注目するようになったということですか?」

プラトン:「ああ。19世紀に資本主義が確立し大衆社会というものに人々が飲まれた。そして、自分は「数あるその他大勢」のひとりに過ぎない、と感じるようになった。自分の存在に対する不安、孤独、絶望を感じた人々は、自分自身がただ一人の交換し得ない「私」であるととらえ、その上でどう生きていくのか考え、主体的に選び取っていこうとしたんだよ」

アリストテレス:「たしかに自分がどう生きていくのか、自分がなぜ生きていくのか、それを考えることは今を生きる私達にとってとても重要なことだと思います。これぞ哲学って感じですね」

プラトン:「そうして自分について考えることにした思想が実存主義と呼ばれたわけだ。実存主義は大きくふたつの潮流に分かれる。有神論と無神論だ」

アリストテレス:「ユーシンロン? ムシンロン?」

プラトン:「神がいると信じたのが有神論。神なんていないと考えたのが無神論だ」

アリストテレス:「ああ、有神論と無神論、ですね」

プラトン:「有神論の流れはキルケゴールから始まり、ヤスパース、マルセルへと続いていく」

キルケゴール:「私は、そのために生き、そして死にたいと思うような、自分が夢中になれるものを見つけ出したいんだ。けれどそれを自分一人で見つけるのは残念だができない。人は欲深くて快楽を求めようとしてしまうし、いつも物事を正しく判断して正しい選択ができる能力はないからね」

プラトン:「キルケゴールは自分にとっての理想の姿を追い求めたが、それを追い求めるほどに、人が無力であり、自分ひとりでは理想なんて見つけられない、正しい生き方などできないと絶望する。だが、その絶望にこそ意味があると彼女は言った」

キルケゴール:「でも、心配することはない。絶望して自分ひとりではなにもできないと気付いたとき、神を頼って、心の底から信じることができるようになるんだ。そうして自分の弱さを認めて向き合うことで、真の自分を見出すことができると思う」

プラトン:「人間ひとりでは何もできないことを自覚して、神と向き合っていくなかで、真の自分を見つける。それがキルケゴールの有神論。それに対する考え方をしたのが、無神論のニーチェだ」

ニーチェ:「キリスト教は強者を妬む弱者の道徳なの。例えば、貧しい人間が裕福な人間を見たとき、「貧しくても清く生きよう」「裕福になって強欲になることは罪だ」って言って自分を正当化して、他者を妬んでしまう。こんな考え方をしていてはダメよ」

プラトン:「ニーチェはキリスト教が神を信仰して自分を救ってもらおう、自分を正当化しようとすることに疑問を持った。神に頼ってはいけないと考
えたニーチェはこう言った」

ニーチェ:「神は死んだ」

アリストテレス:「かなりインパクトのある言葉ですね」

プラトン:「ああ。だがただインパクトがあるだけではない。ニーチェの本意はこうだった」

ニーチェ:「神様なんていなくても、わたしたちは創造し、意欲し、上昇する生命力をもっていて、さまざまな困難を乗り越えていくことができる。神なき世界を生きる者になることができるの!」

プラトン:「ニーチェは人間には成長しようとする力があると考えた。これを力への意志という。そして成長して人間の可能性を極限まで実現しようとする存在、超人を目指すべきだと考えた」

アリストテレス:「なんだか勇気づけられる考え方ですね。素敵です」
プラトン:「キルケゴールもニーチェもそれぞれの考え方で、人間がどう生きていくべきか、ということを探究した。僕たちが生きていくうえでのヒントになるものかもしれないね」




キルケゴール:「みんなー、今日は来てくれてありがとう! 今日はクリスマスパーティー楽しもうねー!」

キルケゴール:「プレゼントを持ってきた生徒はここに置いてくれ。ひとつずつ番号をふって、あとでくじを引いて交換することになる」
アリストテレス:「持ってきました! お願いします」

ニーチェ:「はーい、ありがと。預かるね。えーっと、このプレゼントは21番だね」

プラトン:「こっちも頼む」

キルケゴール:「ああ、預かるよ。……ずいぶんと重いね」

プラトン:「ワレモノだから、取り扱いには注意してくれ」

キルケゴール:「分かった。そうするよ」

ニーチェ:「ではお待ちかねの交換ターイム! この箱にくじが入ってるから引いてね。そこに書かれてる番号のプレゼントと交換だよー」

キルケゴール:「順番に引いてもらうから並んでくれ」

ニーチェ:「じゃあ最初はキルケゴールさんに引いてもらいまーす」

キルケゴール:「え、僕は最後で構わないけど」

ニーチェ:「いいから早く引きなさいよ。主催者が引かないと始まらないでしょ」

キルケゴール:「あ、ああ。分かった。じゃあ引かせてもらおう。……よし、これにしよう。引いたよ。あっ、しまった……」

プラトン:「ほら、くじを落としたよ」

キルケゴール:「ああ、すまない。ありがとう」

ニーチェ:「はーい、じゃあみんなも引いてねー」

キルケゴール:「引いたらプレゼントを渡すから、こちらに来てくれ」

アリストテレス「プラトンさん、行きましょう。誰のプレゼントが来るのか楽しみですね」

プラトン:「誰のものでも構わないよ」

アリストテレス:「そうですか? 私がどうせならプラトンさんのプレゼントが欲しいですけど」

プラトン:「冗談だろう。馬鹿なことを言っていないで、行くぞ」

アリストテレス「(小声で)本気なんだけどなあ……って、待って下さいよ!」

プラトン:「……これは」

アリストテレス:「何番だったんですか?」

プラトン:「21番だ」

アリストテレス:「えっ、それって……」

プラトン:「君の出したプレゼントの番号だね」

アリストテレス:「なんだか奇跡みたいです」

プラトン:「たまたまだよ、たまたま。受け取ってくる」

アリストテレス:「はい。私のは……13番。誰のプレゼントだろう。小さな箱に入ってるけど……」

キルケゴール:「えーと、1番か。1番のプレゼントは……」

ニーチェ:「あっ! それわたしのプレゼントだ」

キルケゴール:「えっ、君のプレゼントなのかい? 驚いたな」

ニーチェ:「大切にしてよね。えっと私のはこれね。……おっもっ。誰よ、このプレゼント出したの!」

キルケゴール:「まあまあ、大切に選んでくれたプレゼントだ。誰のものが来たとしても、大切にしなければね」

ニーチェ:「分かったわよ」

キルケゴール:「じゃあ僕は礼拝の準備があるから教会へ行ってくるよ。ここは任せても大丈夫か?」

ニーチェ:「ええ。さっさと行きなさい」

キルケゴール:「ありがとう。ただもう少し準備をするのに人手が欲しいな。……アリストテレス、もしよければ手伝ってくれないか?」

アリストテレス:「はい、もちろん私でよければ。ではプラトンさん、私も行ってきますね」

プラトン:「ああ。迷惑をかけるんじゃないぞ」

アリストテレス:「もう、こども扱いしないでくださいよ。荷物は置いて行きますね。では行ってきます」

プラトン:「……さて、ちょっといいかな、ニーチェ」

ニーチェ:「なあに?」

プラトン:「プレゼント交換のくじを作ったのは君かい?」

ニーチェ:「ええ、そうだけど」

プラトン:「なら、どうして自分のプレゼントがキルケゴールにいくように
したのかな」

ニーチェ:「なんのこと?」

プラトン:「さっきキルケゴールが引いた1番のくじを触ったとき、明らかに他の紙よりもざらざらしていた。なぜ、そんな細工をしたのか。それは手触りを変えて1番のくじを目立たせ、引かれやすいようにしたからだ」

ニーチェ:「それは……」

プラトン:「君はキルケゴールに最初にくじを引かせた。そして、1番、君が用意したプレゼントのくじを引くように仕向けた。そうだね?」

ニーチェ:「……」

プラトン:「その理由が気になってね。よかったら教えてくれないかい?」

ニーチェ:「なんで、そんなこと聞くの?」

プラトン:「え?」

ニーチェ:「人には知られたくないことがあるものなの。だから放っておいてよ」

プラトン:「知られなくないことって、なにか見られては困るようなものだったのかい?」

ニーチェ:「自分の頭に自信があるのか分からないけど、気づいてないの? ……今日はクリスマス。そのタイミングで渡したいプレゼント、渡したい気持ちがあるっていったら、どういうことか分かるでしょ?」

プラトン:「つまり、君はキルケゴールのことを?」

ニーチェ:「そうよ。本人はなんとも思ってないかもしれないけどね」

プラトン:「……」

ニーチェ:「やっぱり、神なんていないんだよ」

プラトン:「……僕だ」

ニーチェ:「え?」

プラトン:「君に渡ったプレゼント、僕のものだ」

ニーチェ:「あなたなの? もう、なによこれ」

プラトン:「ぶどうジュースだ。知り合いが好んで よく飲んでいてね。よ
かったら飲んでくれ。キリスト教の最後の晩餐では、イエスはパンを「私のからだ」と、ワインを「私の血」として弟子たちに与えたという。神がいるかは分からないけど、少しでも君が勇気を持って想いを伝えられることを祈るよ」

ニーチェ:「そ、そういうことなら受け取っておくわ。……ありがと」



アリストテレス:「もどりましたー」

プラトン:「なんだ、早かったじゃないか」

アリストテレス:「二人でやったらそんなに手間がかからなかったんですよ」

プラトン:「そうかい。じゃあ、さっさと開けたらどうだい」

アリストテレス:「え?」

プラトン:「プレゼントだよ。楽しみにしていただろう」

アリストテレス:「そうでした。どんなプレゼントが回ってきたのか楽しみですねプラトンさん。……って、あれっ!? ない、ないです!!」

プラトン:「ないって、なにがだ」

アリストテレス:「もらったプレゼントが、なくなっちゃんですー!」

プラトン:「バッグの中に入れていたんじゃないのかい?」

アリストテレス:「はい。ちゃんとカバンに入れて持ってきたはずなのにいつの間にかなくなっているんですっ」

プラトン:「なくなったって、僕は君の荷物を見ていたが、誰も触れてはなかったぞ。キルケゴールと少し話してはいたが……」

アリストテレス:「じゃあきっとそのときにどさくさにまぎれて、誰かが入れ替えたんですよっ」

プラトン:「誰かって、誰が、なんのために?」

アリストテレス:「それは分かりません」

プラトン:「あのねえ」

キルケゴール:「どうしたんだい?」

ニーチェ:「騒がしいけどなにかあったの?」

アリストテレス:「私が受け取ったプレゼントがなくなってしまったんです。どこかで見ていませんか?」

ニーチェ:「見てるわけないでしょ。あなたの荷物に興味ないもん」

キルケゴール:「僕も教会に行っていたから見ていないな」

プラトン:「番号は何番だったんだい」

アリストテレス:「えーっとたしか13番です」

ニーチェ:「それって、キルケゴールが出したプレゼントの番号じゃない」

プラトン:「よく覚えているね」

ニーチェ:「た、たまたまよ」

アリストテレス:「もしかして、あなたがとったんですか?」

ニーチェ:「違うわよ。なんでわざわざそんなことするのよ。証拠もないの
に決めつけるのはやめてよね」

キルケゴール:「それもそうだ。やっぱり誰かがこっそり持ち去ったんじゃないかな?」

プラトン:「もしそうだとしたら、プレゼントの中身がなにか重要だったのかもしれない。プレゼントの箱の外観はどんなものだったか覚えているかい?」

アリストテレス:「えーっと、小さな長方形の箱でした。薄い緑色に黄色の線が入った包装紙が使われていました」

プラトン:「さすがにそれだけでは中身の断定はできないね。他になにか疑問に思ったことはないかい?」

アリストテレス:「いえ、特には……。小さなものですし、やっぱりどこかに落としてしまったのかもしれませんね。私に気にせず、皆さんはプレゼントを開けてください」

キルケゴール:「そうかい? すまないね。僕のも小さな箱だけど……これは、飴玉が入った缶だね。はちみつ味で体に優しい味になっているみたいだ」

ニーチェ:「は? 違うでしょ」

キルケゴール:「違うってなにがだい?」

ニーチェ:「私のプレゼントが行ってたはず。私はそんなプレゼント選んでない」

キルケゴール:「でも実際に手元に来たのはこれだよ。君の勘違いじゃないのか。ニーチェ」

ニーチェ:「そんな……」

プラトン:「ニーチェ。君が用意したプレゼントの外観はどんなものだった?」

ニーチェ:「それは、ちょうどあんな感じで薄い青色の箱で、大きさはあれくらいの小さな箱よ」

プラトン:「けれど、中身は君が用意したものとは違う。そういうことだね?」

ニーチェ:「ええ、わけがわからないわ」


キルケゴール:「似ている形のプレゼントがたまたま二つあって、それで君
は自分のプレゼントが僕のところへ来たと勘違いしただけだろう」

プラトン:「だとしたら、ニーチェのプレゼントは他の誰かの元へ行っているはずだ」

ニーチェ:「そうよ、そうでないとおかしいわ。みんなー。どんなプレゼントが回ってきたか見せてくれるー? あれー、おかしいな。だあれも私のプレゼントを持ってないみたい」

アリストテレス:「えーっと、つまり、私がもらったキルケゴールさんからのプレゼントと、ニーチェさんが用意したプレゼントがなくなったってことですか? ますますわけが分からなくなってきました」

プラトン:「アリスくん」

アリストテレス:「なんですか」

プラトン:「この場でこれ以上犯人探しをすることはふさわしくない。やめておこう」

アリストテレス:「……」

キルケゴール:「そうだな。今日はクリスマス、聖なる夜。犯人探しをするのはよくない。みんな、残りの時間も楽しもうじゃなないか。ちょうど礼拝の用意もできたし、教会へ移動しよう。僭越ながら僕を含めた聖歌隊が賛美歌を披露するよ」

ニーチェ:「……分かった。行きましょ」



キルケゴール:「では、クリスマスパーティーは以上となる」

ニーチェ:「みんな気をつけて帰ってねー」

アリストテレス:「お二人はまだ帰らないんですか?」

キルケゴール:「私たちは片付けがあるからね。もう少し残らないと」

ニーチェ:「めんどくさーい。でもわたしが提案したんだし、やるしかないかあ」

アリストテレス:「任せっきりですみません。ではお先に失礼します。帰りましょう、プラトンさん」

プラトン:「ああ、そうだな、行こう」


アリストテレス:「今日は楽しかったですね、プラトンさん」

プラトン:「ああ、そうだな」

アリストテレス:「……プラトンさん、本当は分かっていたんじゃないんですか」

プラトン:「なにが?」

アリストテレス:「プレゼントがどうなったのか、本当は分かっていたんじゃないんですか。それが分かっていて言わなかった」

プラトン:「どうしてそう思うんだい?」

アリストテレス:「なんとなく。これまでプラトンさんを見ていて、そう思いました。真理が見えているのに、見えていないフリをしているんじゃないかって」

プラトン:「それを分かっていて、なぜ聞こうとするんだい。君はもう少し
配慮のできる人物だと思っていたが」

アリストテレス:「私も知りたくなったからです、真理というものを。それがどんなものであったとしても、見てみたいと思うんです」

プラトン:「よく言うな。すべて知っているくせに」

アリストテレス:「え?」
プラトン:「君の方こそ、嘘をついていただろう」

―間 ―

アリストテレス:「どうしてそう思うんですか?」

プラトン:「僕も君に違和感を覚えたんだ。まるで真理を隠そうとしているようだった」

アリストテレス:「聞かせてください。どこに嘘があったと思うんですか」

プラトン:「君が置いた荷物に近づいたと感じた者はいなかった。であれば、犯人はどうやってプレゼントを盗んだのか。答えは簡単だ。最初から盗まれてなどいなかったんだ」

アリストテレス:「盗まれていなかったって、たしかに荷物からはプレゼントが消えていたんですよ」

プラトン:「それが嘘だと言っているんだ。最初から君はプレゼントを荷物のバッグにいれていなかったんじゃないのかい? たしかプレゼントは小さいサイズだった。君のドレスのポケットにも入っただろうね。君はプレゼントを楽しみにしていたからキルケゴールに呼ばれたときに持ったままだったとしてもおかしくはない」

アリストテレス:「じゃあプレゼントを私はそのあとどうしたんですか? 隠し持ってなんかいませんよ?」

プラトン:「持っていないのなら誰かに渡したんだろう。例えば、一緒に教会へ行ったキルケゴールにね」

アリストテレス:「でも、それはあくまでもプラトンさんの推測ですよ。証拠はあるんですか?」

プラトン:「では聞いてみようか。おい、キルケゴール」

キルケゴール:「なんだい?」

プラトン:「君がもらったプレゼントと引いたくじ、もう一度見せてくれないかい?」

キルケゴール:「別に構わないけど……どうするんだい?」

プラトン:「今回のプレゼント交換は、最初に出されたプレゼントの包装紙に番号を割り振って書いておいて、引いたくじの番号同じ番号のプレゼントが渡された。そうだったね?」

キルケゴール:「ああ、そうだよ」

プラトン:「ならば、当然くじの番号と包装紙の番号も一致していなければならないはずだ。そして、君のくじ包装紙の番号は……」

キルケゴール:「くじの番号は1番、包装紙の番号は13番、だな」

ニーチェ:「ちょっと、どういうことなのっ」

アリストテレス:「ニーチェさん」

プラトン:「ニーチェ、ちなみに君が出したプレゼントの番号は何番だった?」

ニーチェ:「い、1番だけど……それってつまり、やっぱり」

プラトン:「キルケゴールが引いたくじの番号は、たしかに1番。つまりニーチェのプレゼントだったんだよ。それをアリスくんが受け取ったプレゼントと入れ替えたんだろう」

ニーチェ:「だったら、なんであいつはわたしのプレゼントを持ってないの? まさか……」

キルケゴール:「捨てたんだ」

ニーチェ:「は?」

キルケゴール:「捨てたんだよっ。君のプレゼントは。君のプレゼントが回ってきたのが分かって、急いで箱の形と包装紙の色が似ているプレゼントを探した。そうしたら、それがアリストテレスの持っていた僕のプレゼントだった。だから、アリストテレスを教会へ呼び出してプレゼントを譲ってもらったんだ。そして、君からもらったプレゼントは捨ててしまった」

ニーチェ:「そんな。なんで、なんでそんなことするのよ! せっかくわたしがあなたのために選んだのに、そんなズルをするなんて……」

キルケゴール:「なにかトリックを使って君は僕にプレゼントを回したんじゃないのか?」

ニーチェ:「っ! そ、それは……」

キルケゴール:「悪いけど、そういったことをして渡してくるような人物からのプレゼントを受け取りたいとは思わないな」

ニーチェ:「だからって、捨てることないでしょっ! わたしがどんな気持ちで用意したのか、あなたには分からないでしょ?」

キルケゴール:「じゃあ言ってみろよ。君は僕にどういう感情を抱いているんだ? はっきり言ってもらわないと分からないだろっ……」

ニーチェ:「もういい、あなたのことなんて、もういいもんっ!!」

アリストテレス:「あっ、ちょっと、ニーチェさん! ……もう、あそこま
で言うことはないじゃないですかっ」

キルケゴール:「そうまでしないと、彼女のためにならない。君にはそう伝えたはずだ」

アリストテレス:「……」

プラトン:「君は気づいていたんだね? 彼女が君に好意を寄せていることに。それを知って、君はわざわざニーチェが用意したプレゼントを用意して、入れ替えた。そしてアリスくんに渡ったあとに入れ替えた。なぜだ? 彼女の好意を受け入れないのは」

キルケゴール:「たしかにあれは僕に対する好意だ。でも、それは恋慕(れんぼ)ではない。子どもが親に対する安心感や親愛に近い。それを彼女は誤解している。恋愛感情だと錯覚しているに過ぎないんだ」

プラトン:「どうしてそう思う?」

キルケゴール:「中学校のときに傷ついた彼女を見ていたから分かる」

アリストテレス:「ニーチェさんに、なにかあったんですか?」

キルケゴール:「厄介なファンに捕まって、ひどい暴行を受けたと聞いたんだ」

アリストテレス:「そ、そんなっ」

キルケゴール:「それで彼女は心の底では男性に恐怖を感じているんだろう。そのときからだ。僕と彼女が話すようになったのは。それで思ったんだ。彼女は身近な男性の代わりとして、僕を望んでいる」

プラトン:「それを、恋愛感情と勘違いしているだけだと、そう言うつもりだね」

キルケゴール:「ああ。でも、彼女はきっといつか素敵な相手と巡り合うはずなんだ。彼女にはそうして、まっとうに生きて欲しいんだ。僕みたいに…………男性を愛せなくなってほしくはない」

アリストテレス:「キルケゴールさんは、ニーチェさんのことが本当に大事なんですね」

キルケゴール:「そのつもりだけどね。彼女を傷つけてしまったな。けど、いいんだ。これで。彼女のためになる。そして、僕のためになる」

プラトン:「だが、彼女は君が思っているほど弱くはない、幼くはないみたいだよ」

ニーチェ:「はあっ……はあっ……見つけてきたわよ。あなたが教会の地下に隠してた私のプレゼント」

キルケゴール:「えっ、どうして地下に隠したって……」

ニーチェ:「贈り物を捨てるほどひどい人じゃないって知ってるもん。……ねえ、ちゃんと次は受け取ってくれる?」

キルケゴール:「……でも」

ニーチェ:「それが、今の私の気持ちだから。受け取って、開けてみて」

キルケゴール:「分かったよ。……これは」

アリストテレス:「十字架のイヤリング、ですね。無神論のはずのニーチェさんがわざわざキルケゴールさんのことを考えて……」

プラトン:「それだけじゃない。十字架のアクセサリーは「守護」を意味するモチーフでもある」

ニーチェ:「い、いつまでも守られてばかりは嫌なの。だから。これからは私にあなたを守らせてよ。それができたら、そのときはちゃんとまた伝えるから」

キルケゴール:「君は、それでいいんだね?」

ニーチェ:「うん」

キルケゴール:「……分かった。ありがたく受け取っておくよ。どうだい、似合っているかい?」

ニーチェ:「うん、やっぱりめちゃくちゃ似合ってる。まあ、わたしが選んだんだから当たり前だけど」

キルケゴール:「ふふっ、そうかい。ありがとう」

ニーチェ:「そうだ、これ飲もうよ。わたしがもらったプレゼント。ぶどうジュースなんだって」

キルケゴール:「それはいいな。アリストテレス、プラトン、君たちも一緒にどうだい?」

プラトン:「それは僕が出したプレゼントだ。自分で飲むのは違うだろう」

アリストテレス:「それに、二人だけでゆっくり飲んで過ごしてくださいよ。私も帰りますから」

キルケゴール:「そうか。気を遣わせてしまって、すまないな」

アリストテレス:「いいんですよ。じゃあプラトンさん、帰りましょう」

プラトン:「ああ」


アリストテレス:「キルケゴールさんとニーチェさんを見て思ったんですけど、やっぱり贈り物をするっていいことですね。温かい気分になります」

プラトン:「どんな人間にも弱さや自信のなさがある。それでも相手から受け入れられることで、乗り越えていける。それを人は愛と呼ぶのだろうね」

アリストテレス:「プラトンさんは、誰かを愛したことはありますか?」

プラトン:「……覚えていないよ。そんなこと」

アリストテレス:「そうですか」

ー間ー

プラトン:「アリス君」

アリストテレス:「なんですか?」

プラトン:「もし僕が君に弱さや自信のなさを見せたとしても。それでも、君は、僕を……」

アリストテレス:「はっくしょんっ!! ……すみません、なんでしたっけ?」

プラトン:「……ふっ。帰ろうか。外にいても冷えてしまうからな」

アリストテレス:「そうですね。風邪を引かないように、部屋に戻って、キルケゴールさんからもらった飴でも食べます」

プラトン:「そういえば、君がくれたプレゼント、まだ開けていなかったな」

アリストテレス:「どうぞ開けてください。プラトンさんのことを考えて選んだんですよ」

プラトン:「では開けさせてもらおう……これは、香水か?」

アリストテレス:「はい。私が好きなブランドの香水なんです。落ち着く香りでしょ?」

プラトン:「ああ、そうだね。ありがたく使わせてもらうよ、アリス君。ありがとう」

アリストテレス:「気に入ってもらえたならよかったです。プラトンさんに似合っている香りだと思います」


アルケー:「はい、学園総合管理システム、アルケーです。今回のクリスマスパーティーについて報告します。結果として、今回のクリスマスパーティーは、親交と信仰を深める機会になったと思います。このような家庭を経て、少しずつ、彼らは哲学者になっていきます。今後もそれを進めていくつもりです。それがあなたが私に望んだことでしたね? マザー」


アリストテレス:「……はい。ここでの学園生活はとっても楽しいですよ。ここが、私の居場所なんだって思うと、とても居心地がいいです。親愛なるマザー。これからも学園のサポートをさせてください」

《終》

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