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神田川の秘密 下高井戸町営池の謎3

十五の(3) 神田川調整池・つづき
 10日後だった。携帯が鳴った。見ると登録にない番号で、もしや、と思えた。案の定、建設局のKさんだった。
「連絡が遅くなりました。いろいろ資料を見たのですが、公開されている建設費の詳細は限られていまして、それでもよろしいでしょうか?」
「構いません。公にできる数字で結構です」
「本体工事と附帯工事があって、総額は未発表です」
「公表できるのは本体工事費だけでしょうか?」
「本体工事の総額とはいえませんね。補足工事などもありますので」

気の毒なほど慎重な態度で話す。
「細かな数字まではいりませんか?概ねの数字でいいですか?」
「はい、それで結構です」
「今まで執行された金額で、公表されている額は約39億円です」

工事の規模から見て多いのか、少ないのか全く検討がつかない。
「これからのプラスアルファは設計者としてはもう見当つけてられると思いますが、大まかどの程度と踏んでますか?」
「ハハハ・・・」

Kさんが2人の会話で初めて笑い声を発した。
「そうきましたか」と言ってもう一度笑った。
「土木工事に建物の建設工事が加わりますので、39億にどの程度が上乗せになるかは申し上げられないです。すみません」
 と謝られてしまった。何が何でも総工費を知りたいわけではないが、東京都の公の工事費が公表しづらいのは何か特別な意味があるのだろうかとかえって疑問が湧いてくる。それにしてもKさんの責任ではないし、誰とも分からない電話の問い合わせに返事をくれただけでも誠意ある人だと思わなければならない。声の感じから30代後半の青年と勝手に見当をつけた。

 調節池建設工事の仮塀を右手にして少し下ると『かんな橋』に出た。そこから神田川の右岸の遊歩道は閉鎖されていた。神田川の右半分に鉄筋を打ち込んだ仮設道路(図面では搬入路仮桟橋)が作られているための閉鎖で、金網が貼られて厳重な侵入禁止の看板が結びつけられていた。都立中央ろう学校の裏を抜け、永福橋の掛かる瀬田・貫井道路(都道427号線、近隣での通称永福通り)までが工事車両の出入りする専用道路になっていた。否応なしに「かんな橋」を渡って神田川の左岸を歩くことになった。永福橋へ向かう100メートルほどのわずかな道のり、あることを決心していた。

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