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神田川の秘密27 桜咲くコロナ恐れず桜咲く

二十八 桜咲くコロナ恐れず桜咲く 

 末広橋で神田川の歌碑を見たら、体から憑き物が一つ落ちた。
 今どき、神田川に沿った道をジョギングしている若者を見ることがあっても、川を繁々と眺めて物思いに沈むという人の姿は想像しにくい。川旅老人の果てることない神田川への好奇心は古き、良き時代へのノスタルジアで、神田川の再発見とは言っているが、自分を再発見する旅をしているに過ぎない。
「それで良いじゃあないか」「何か問題ある?」と開き直ってみる。

 神田川は柏橋、新開橋と続く。

柏橋の上から下流を見る

 左岸には覆い被さるように桜が川の真ん中まで枝を伸ばしている。あと何日かすると花が開くのだろう。桜はコロナを恐れていない。万亀橋マンキまで歩くと、すぐ目と鼻の先の高架橋を車体に黄色い帯を引いた電車が横切って行った。総武線だ。川旅老人の足は完全に止まってしまった。今日はここまで。老人の足は神田川からは5分と離れていないJR東中野駅へと向かっていた。

万亀橋から下流を望む
 東中野駅を降り、神田川に戻ったのは1週間後だった。 状況は一変していた。
黄色い電車は総武線右方こうは新宿駅
左手すぐ近くに東中野駅

 抜けるような青空、その青空へ突き出しているタワービル、澄明な水、遊歩道、そして五分咲きに開いた桜。何もかもが揃った絵葉書のような光景になっていた。ウイークデーも何のその、コロナの蔓延も何のその、人がぞろぞろと歩いている。橋の上にはカメラを構えた何人かが三脚を立てシャッターを切っていた。歩いている人も写真撮影の人も川は見ていない。絵のような景色の主人公は桜で、川は脇役になっていた。桜は日本を代表する花だとつくづく思う。

桜はなぜ日本人の心を惹きつけるのだろう

 さまざまのこと思ひ出す桜かな(芭蕉) 
桜を愛でる習慣は平安時代からあったそうだ。と言っても庶民が花見をするようになったのは江戸は元禄時代(1688年)以降とのこと。
 川を見て坐れる母や花疲れ(北澤端史)
花と人とで疲れが倍速するのはいつの時代でも同じなのか。
 散る桜残る桜も散る桜(良寛)
日本人の心を捉えて離さないのは、一度期に咲き、見事な散り際を見せる桜のありように思いがいくからではなかろうか。昔の日本人は潔良さを美徳と考えていたが、今は時代も価値観も違ってしまった。未練たらたらは粘り強いと理解され、往生際が悪いは自分の主張と立場を捨てない考え方とみなされる。嘘まで言って立場を守る人も多くなっていて、潔さを支える日本人のもう一つの価値観、恥の心が失われてしまった。それは神田川のせいではない。ましてや桜のせいでもない。

東中野の駅に上がる石段
上がった左手に駅がある


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