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八寸先は光

結婚記念日でした。

今年は贅沢に懐石料理を食べよう!という事で大大大奮発して、あの憧れのクルーズ列車「ななつ星」の宿としても有名な妙見温泉の石原荘へ。

と、言っても宿泊なんぞ今世では絶対に無理なので、もちろん日帰りランチプラン利用ですよ。

渓流が見渡せる半個室の席で、丁寧に作られた料理を、食材や飾り付けを楽しみながらじっくり味わうのって、とても良いもんなんだな〜と感激しました。

終盤、色とりどりの料理が美しく盛り付けられた籠が出てきたときに夫がふと、「懐石料理ではね、これは八寸て言うんだよ」と教えてくれた。
その表情は少し悲しげだった。

実は夫は若い頃、サラリーマンを辞めてイチから料亭で修行していた経験があるんだけど、入って間もないのに八寸を1人でやる羽目になり、それが本当に辛かった…と話し始めた。
過酷な労働環境で辞めたことは知っていたが、八寸の話は初めてだった。

一つのお皿の中に季節の海の物、山の物、里の物を盛り付ける八寸は、いわばメイン。食材も調理法も全て異なる技術の総決算みたいな料理なので、新人が担当することはまずあり得ないのだが、ベテランが退職したため何故か夫にお鉢が回ってきたらしい。どんな店だよ…って感じだけど新人に丸投げしてとりあえずやらせるみたいな、よくある胸糞なやつかもしれない。

もちろん夫は回せるわけもなく、助けてももらえず、毎日絶望しながら夜中まで仕込みをしていたそうだ。自信がなく不安な中、睡眠時間はどんどん削られ、それでもやるしかないと言う先の見えない地獄の日々。

その頃の辛い記憶を、八寸を目の前にして蘇らせてしまったのだった。私も職場でのトラウマが未だに夢に出て来たりするので、職場で受けた傷って引きずるよね…と、しんみりしてしまった。

しかし私の心配をよそに、天ぷらを口にした夫

「んんん〜!エビ、ウメェ〜〜〜〜!!!!
 やっぱり八寸は食うに限るわ

なんか名言っぽいような事を言いながら、八寸を大満喫。ズコー!

夫は、逃げるように料亭を辞めた。
就職氷河期、奇跡的に採用された大手企業を退職してまで、夢と希望を持って入った料理の世界だったのに「これ以上居たら自分が壊れる」と悟った時、どんなに情けなく悔しかっただろう。
厳しくて当たり前の世界、逃げるなんて甘っちょろいと言われるかもしれない。でもそのお陰で夫は今、私の目の前にいる。
こうして八寸を楽しんでいる。それは何よりも尊い事だ。
ありがとう逃げて来てくれて。心からそう思った。
当時の料理長におきましては夫をボロボロにした罪は極刑に値するので爆発しろくださいと一生呪うと思う。もう潰れて店無いけど。)

私も夫も、持ち前の陰気さとコミュ障気質で、職場には何かと苦労してきた同志だ。色々なことを諦めて共に社会生活から足を洗い(陥落したともいう)辿り着いた田舎で、実際のところ結構幸せにやっている。
決して裕福とは言えないかもしれないけど、記念日に懐石料理が食べれるくらいの贅沢は叶う。とてもありがたい事だ。

石原荘の板前さんの労働環境は知る由もないが、この八寸にも積み重ねられた技術と汗と涙と気の遠くなるような苦労が詰まっているのかもしれない…と思うと、より味わい深かった。
とても良い記念日になった。

ありがとう料理人さん。
美味しかったです。

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