四天王ゴヨウの読書案内−愛は負けても
二月十九日、ポケモン世間の話題は、ほぼLEGENDsアルセウス(以下アルセウス)一色。私はある締切のために二月末までは購入を見送っている。おそらくその締切には間に合いそうだ。しかしSNSで重大なネタバレを踏んでしまった。
もっとも、実際にプレイしたらもっともっと楽しいことや、驚くこと、ネタバレの先の真実…………なんてのが、もりもり沢山にはあるのは知っている。だけど今の私にとっては、そのネタバレしか情報がないのだから、今のところ「重大なネタバレ」と断ずるを得ない。私はネタバレを一種の暴力だと思っている。交通事故のようなもので、往来にでなければ轢かれることはないこともわかっている。しかし家から一歩も出なければコロナにかかることはないが、家から出なければ人と話すことはできないようなもので、情報統制はなかなかの苦痛である。
ポケモンのTwitterアカウントの、いろいろな人がてんでにポケモンの話をしている雰囲気が気に入っていた。それなのに、ミュートしまくりでめちゃくちゃ過疎っているタイムラインすら見ることができないなんて…と私はちょっと、いやかなり拗ねた。
名作を読もうなんて気になるのは、自分が世間に見捨てられたような気がして一方的にひねくれているときだけである。(高校生のとき面白さがちっともわからない文学作品を読んでいたが、ずっとそんな気持ちだったことを思い出した)拗ねた私は、前から気になっていた、プラチナで四天王のゴヨウさんが読んでいる本を探すことにした。締切をまもるためにアルセウスをやっていないのに、他の活動にうつつを抜かすなんて自分でも何をしているのかわからないが、ボスの言うように感情は非合理的なものだ。
私はアカギさんと並んでゴヨウさんが好きだ。おにぎりでいうと、アカギさんはギュッ…!!!ギュッ…………!!と握りしめるような愛、ゴヨウさんはふわっ…ふわっ…と握って、よい形を探すような愛である。15年間ゴヨウさんを推していながら彼の教えてくれる本を読んでいないのが心にひっかかっていたが、私は何せプラチナをプレイしていない。そこでインターネッツに頼んでセリフを教えてもらった。ありがとうインターネッツ。
愛は負けても親切は勝つ
哲学、人文学、芸術、生物、SF文学………これだけでゴヨウさんが多読乱読人間であることがわかって大変ウキウキしてくる。凡天丸もかくありたい。しかも自分が印象的だった部分を抜き出し、それに関して自分の感想を述べるという理想的な感想の伝え方で、ひたすら萌える。
5番目に記された「愛は負けても親切は勝つ」…まずはここから行きたい。ダイパ・プラチナは神話/SF的な世界観で作られているような気がするのだ。ゴヨウさんが読んでいたのはSF小説についてまとめた本だったが、ぜひ原典をあたりたい。一節でググったところ、記事はたくさん出てきた。
本の名前は、カート・ヴォネガット「フェイルバード」。1979年にアメリカの作家によって著された長編小説。前書きにこの一節が出てくる。彼はある高校生からこんなファンレターをもらった。自分はあなたの著作をほぼ読み尽くしてしまったので、あなたの著作の核心に当たる思想を指摘できるようになった。「愛は負けても、親切は勝つ」
「なにもあんなにたくさんの本を書く必要はなかった。たった十四文字の電文で、ことは足りたのだ。いや、まじめな話。しかし、〜もう手遅れだった。わたしは新しい本をほとんど書き上げてしまっていた―これがその本である。」
なんと彼本人の言葉ではなくファンが言い当てた彼の物語の真髄だったのだ。持つべきものはよきファンかな。ところで語呂が悪いような気がするが、原文は
Love may fail, but courtesy will prevail.
― Kurt Vonnegut
という。ははあ、failとprevailで韻を踏んでいるわけね。でも勝敗に例えるのはいささかニュアンスが違うような気がする。愛がダメでも親切はうまくいく…みたいな感じなのかしら。
フェイルバード=囚人
フェイルバードは囚人という意味。ウォーターゲート事件のあおりで有罪となった小役人の主人公が半生を語るが、今まさに刑期を終えて、職も家も持たずに出所しようとしている彼と、過去の人生が絡まり合って、運命は思わぬ方向へ転がっていく。
翻訳者さんの言葉を借りますが、物語は19世紀末の労働争議から始まり、1920年代末の大不況、ニューディール政策、第二次世界大戦、戦後の赤狩り、そして1970年代のウォーターゲート事件まで、ほぼ80年間にわたっている。世界史でやったきりで全然わかっていないのに、ぐいぐいと読ませる内容でとてもとても面白かった。
世界史の授業でわかることなんてほんのちっぽけな索引でしかない。人びとの生活の苦しみ、金持ちと奉公人、実業家や国家といった巨大な権力の無慈悲さ、戦争とは人を蔑ろにするという意味で一続きであること。なぜあんなにも共産党員は憎まれていたか、過去の人は世界や政治に理想を持っていたこと、イデオロギー。ヨーロッパとアメリカは地続きの世界であった、そしてアジア世界ともつながっていたこと、移民であるということはどういうことか。そして全編にあふれるユーモア、人生の苦味と滋味。
国内作家、現代作家ばかり読んでいてはたどり着けない場所。無知であってはいけないところ。多分子供のときじゃなくて、今読んでよかった。
一言でまとめると、ゴヨウさんの言葉、まさにこれ!まさにこれです。
ほんは いいものです
ほんに かかれた ひとの おもいは
じかんも くうかんも とびこえる
ジェイルバード
2013年7月25日電子書籍版発行 早川書房刊
著者 カート・ヴォネガット / 訳者 朝倉久志