川魔女ごっこ

夜になる二歩手前の頃、屋形船がドロリとした波を連れてきた。
屋形船をようく見てみると、川魔女が魔女集会してる様子がちらりとみえた。

川魔女って確か、さびしい大人の涙腺をちょん切る「なつかし煮」を作るという言い伝えがあったっけ。なつかし煮の煮汁で炊き込んだ深川めしとか。

なつかし煮を食べさせ、かなしく泣かせた人の涙を集めては怪しいことをするとか。昔おばあちゃんが教えてくれたっけ。

でも、あの屋形船にいる川魔女は、そんなことはしていなかった。
横にいたカッパの皿をもぎ取っていた。そして涙を流しながら、その皿で川の水を掬っていたんだ。
そして川の水を自分の服にぶっかけた。
川の水を纏ったローブは、一瞬だけ翡翠色に輝き、でもその後はすぐ泥色になって、魔女たちはさめざめと泣いていた。
海の色には なれっこないんだと、泣いていた。

ああそうだ。
魔女の涙は こぼれ落ちて、川に溶けていき、数時間たった真夜中に光り出すんだ。
真夜中の川が黒いのに線香花火のような煌めきを放つのは、魔女の流した涙だったのか。

気付けば私は、その魔女が目から落とした星を拾い集めて、持ち帰り夕飯の麻婆豆腐に入れた。
一口食べれば、口の中でバチバチと弾けるような味がして、目からは星がこぼれ落ちるような刺激。
私は目から零す星なんかを掬い取り、そしてまた麻婆豆腐に入れ直して。

それから3年たった今も、私は星入り麻婆豆腐がずっとやめられないまま。
今夜も魔女の涙を拾い集めに行くんだ。
私の、私による、私のためだけのとっておきのなつかし煮。麻婆豆腐。

だって、かつて川魔女だった おばあちゃんになりたいんだもの。

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