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去年のメモ(アザラシの話)

小さい頃、私の友達がアザラシに連れていかれちゃった。
私はアザラシが憎い。憎いけれども、今はその憎らしくてたまらないアザラシに攫われたい気分だったのだ。
それはどうしてかというと、細々としたあれこれがあって、あわよくば、昔連れていかれたお友達に会いたいのだ。
そんなこんなで冷たい海に来た。

やってきたのはアザラシではなく、セルキーだった。
あの時、友達を連れていったのはあなた?

「違う、そうではない。自分はアザラシだけどアザラシじゃない。まあ、半分はそうかもしれないけど。」

セルキーは言った。

「どうして人の子供たちを連れていくのかしら」

「それはそちら側が勝手に引っ張られてるだけ。アザラシにはその気は無い。」

セルキーは顔色ひとつ変えない。


「随分と冷たいのね。私の友達は、それでもう、二度と帰らないというのに。」

「君はアザラシの歌が聞こえなかった。大人だから。大人になると聞こえなくなる。」

人は海から生まれたのだと、アザラシたちはいっている。子供は、人の始まりに近いから。海の声が聞きとりやすく、引っ張られやすいのかもしれない。

「君たちは、自分のことを人間だと思ったまま過ごしてる。
同じ年頃のニンゲンでも、自身の存在が曖昧ならば、きっとアザラシにだって簡単になれるさ。」

ああ、そう。

「君が人という存在を捨ててもいいのなら、お友達とやらに会わせてあげるよ。」

そういうとセルキーは、私に毛皮をくれた。
冷たいけど、ぬくい。 ぬくみを身にまとったその瞬間、たちまち呼吸が苦しくなった。


陸にいたら死んでしまう、はやく、すばやく海へ私は呼吸を求めて、海へ飛び込んだ。

セルキーについていってスイスイ泳げば、友達はいた。 どうやらアザラシに攫われた子供全員が溺死するわけではなかった。
攫われた後にアザラシとして適応できるなら、そのまま海でアザラシとして過ごしているのだ。あるいは、セルキー。だめならば、さよならだけど。

友達は、私と話してるよりもアザラシとして生きている方が楽しそうだった。
アザラシになっちゃったから、私の事なんか、覚えていなかったのだ。
私がここに来た意味なんか、最初からこれっぽっちも無かったんだ。

気付いたら陸に戻されていた。
もう海になんか行きたくなかったし、かといって人間として過ごす気力も、なんだか失せてしまった。
しかし、アザラシの毛皮はしたままだった。
酸素が足りない。呼吸が出来ない。

まあいいや。

次第に呼吸も出来なくなって、そのまま倒れ込んだ私は、砂浜で暗闇の一部になった。

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