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ネッシー小旅行

エセ土手沼に生息する、ネッシーに乗る勇気がまだない。タダ乗りネッシーじゃなくて、切符で乗るタイプのネッシー。
ネッシーは毎晩やってくる。大体、翡翠色の身体をしている。日によって青みがかったり黄色がかったり。理科室にそういう液体あったでしょ。

勇気を振り絞り沼まで歩くと、ネッシーは今日もいた。今日は苦い黄緑色だった。何となくこちらが睨みを効かせても、ネッシーはずっと動かないまま。なんだか少し負けた気になって、これはもう乗るしかない。そういうことだ。

ネッシーの背中にまたがると、ゆっくりと景色が流れて行く。わたしは小さな声で、ネッシーの唄をうたっている。
ああ丸い月。すぐ目の前でタプタプな黒い波。野良しりこだま。欠けた月、丸い月、月。

さて、月がたくさん見える場所についたら、ネッシーに切符を渡すこと。確かに受け取りました、とネッシーはつぶらな瞳で合図をしたのち、高度をあげて丸い月の下をかけていくのだ。

気が付いたら、池を抜け出し自分は砂漠にいた。

砂漠なのに、ネッシーは干からびない。なぜならネッシーはもうネッシーではなくラクダの姿をしているからだ。
後ろから、ゆったりとした歌声が聞こえてくる。それはあの子の姿だった。あの子もまた、別の乗り場からネッシーに乗ってきた乗客だった。

何色のネッシーに乗ったの?  今日は薄い水色。
そっちの色の方が良かったなあ。こっちは黄緑色。 交換こしたかったね。

なにもおかしいことなんてないのに、クスクス笑う。あの子はずっと、眠そうな顔と眠そうな声でラクダの唄をうたっている。ラクダの唄は、ネッシーの唄と本当によく似ているな。そうしてまたクスクスと笑うのだ。

2人分のネッシーを合わせて、翡翠色のラクダが一等。
帰りの切符売り場は、まだ見つからないで欲しい。帰りの切符の話なんてしないで欲しい。

わたしはラクダの首をそっと撫でる。目を閉じる。あの子の唄に耳をすませる。
そうして赤く熟れた丸い夕焼けの下を、あてもなくゆっくり歩いて行く。


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