融通が利かなくなった。~絵日記学を学んで私ができるようになったこと⑩~
「融通が利かなくなった」ことができるようになったこと?
できなくなったことの間違いでは??
そういうご指摘もあろうかと思います。私も最初はそう思いました。
でも、確かにこれは〝できるようになった〟ことであり、私にとっての成長なんです。
そもそも、事の起こりは約1年前。
もうあまり詳細は覚えていないけれど、職場で上司に何か頼まれ事をされ、それを私が断った時のこと。上司から「最近、融通が利かなくなったよね」と言われたのだ。もちろん断ったのには正当な理由があったからで、単なるワガママで相手の要求を無碍にしたつもりはない。
ただ、その言葉は私の心に引っ掛かり、しばらく私の頭を悩ませた。
「融通が利かない」
相手にとって自分の思い通りに事が運ばず、不便さを感じて発せられた言葉だろう。そして私は「使い勝手が悪い」「役に立たない」ヤツだと言われたような気がした。冒頭に書いたように、〝融通が利かないことのデメリット〟ばかりをとらえていたのだ。
「人の役に立たない=存在価値がない」。そう突き付けられたように感じ、年末年始を含め、ずっと心の中にモヤモヤが残った。しかし年が明けて、山積みになっていたやるべきことが片付いたら気持ちも思考もリセットされたのか、急に思いついた。
「融通が利かないと言われたことって、私にとって成長じゃないか!?」と。
それ以前の私は、自分が抱えていることがあって手一杯にも関わらず誰かに頼み事をされると無条件に引き受けてしまい(時には頼まれてもいないことまで手を出し笑)、本当にいっぱいいっぱいになってしまうことが少なくなかった。その分、自分本来の役割としての仕事は後回しになり、ひとり残業して、イライラもやもや、よくしていた。
それが、この時は違った。年末の忙しい時、相手の要求を断り〝自分のやるべきことを優先できた〟のだ。今まで思いもよらなかった、〝融通が利かないことのメリット〟だ。
「融通が利く」「使い勝手が良い」
言葉の響きが良いゆえに素晴らしい事のように思えるが、それらにもデメリットが存在している。
基本的には人の役に立ちたいと思っているからこそ、ついその甘い響きに惑わされ、自分が今やるべきことを見失って流され、そして後から苦しむ。
ここで私が断罪したいのは、件のセリフを言った上司ではなく、流されて頼まれ事を引き受けていた【自分自身】だ。そう、つまりは自分が選んでいたことなのだ。
自分の望まない選択をしていた自分。その時の私は、他人にどう思われるか、「役立たずで価値がないと思われるのではないか…」を気にしてばかりの【他人軸】だったのだ。
そして、自分の望みを果たすために、たとえ相手の思い通りにならないとしても頼みごと断るという選択をした私は、【自分軸】だ。
だから、融通が利かなくなったことは、立派な私の〝できるようになったこと〟なのだ。もっと厳密に言えば、「融通が利かない」ことのメリットに気づけたことこそが、かもしれない。
絵日記学を学んで、物事には必ず「陰」と「陽」(「悪い面、デメリット」と「良い面、メリット」)が存在すると身をもって知ったことで、このようなことに自力で気づき、問題(モヤモヤ)を解決できた。
そして、その原因が「他人軸」になっていたからだと気づけたのもまた、「他人軸」「自分軸」を絵日記学を通して理解し、自分にとってどういう状態が「自分軸」なのかもわかるようになってきたからだ。
今年もまた、忙しい年末がやってきた。絶賛モヤモヤ発生中(笑)なので、絵日記を書いて自分と向き合って、また新たな成長をしたいと思う。
特に、この出来事において「融通が利かない」と言わせてしまったのは、きっと私の断り方に〝相手を不快にする要素〟が少なからずあったからだと思う。その罪悪感はまた私を不幸にするものだから、自分も幸せで、相手にも不快に感じさせない断り方や対処方法を身につけること。それが、次なる私の課題1つだ。
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