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僕が電気自動車に反対な理由

タイトルにもある通り、僕が電気自動車の普及に反対な理由について書いていこうと思います。

欧米、特にヨーロッパにおいて普及が進む電気自動車。

ノルウェーでは新車販売の5割以上が電気自動車となったというニュースもありました。
日本でも、補助金制度が導入され、国際世論に乗って日本でも普及が政府主導で進められていく運びになるでしょう。

ソニーも開発中の車両を公開していますね。

二酸化炭素を排出しないクリーンな自動車として、SDGsの観点から考えても、電気自動車の普及は手放しで「いいこと」のように思えます。

しかし、僕は電気自動車の普及には反対です。

これには条件が付きます。

1つは「日本では」反対ということ。

2つ目に「現在の状況のままでは」ということ。

この2つの条件がほぼそのまま僕の見解の理由になりますので、
まずは1つ目から見ていきましょう。

僕がなぜ「日本では」電気自動車の普及に反対かと言うと、

それはずばり「電力事情」にあります。

「電気自動車」なのですから、当然動力源は「電気」です。

それでは電気はどこからやってくるのか。

それは国によって大きく異なります。
日本の電力事情を見てみましょう。

2020年6月30日に公表された2019年度分の電力調査統計によると、

火力が80.6%(燃料種別︓石炭32.7%、LNG 41.0%、石油 1.6%ほか)、
水力が9.8%、原子力が7.1%、新エネルギー等が4.9%

となっています。

火力による電力供給が圧倒的に多いことがわかると思います。

火力発電ということは、データにもある石炭やLNG、石油を
「燃やして」発電しているということですね。
燃やすと何が出るか。
中学生でもわかりますね。

「二酸化炭素」です。

ということはどういうことか。

もうおわかりの方も多いとは思いますが説明しますと、

電気自動車それ自体は二酸化炭素を排出しないのでクリーンなモビリティーと言えます。

しかしその電気を作る過程で、こと日本においては、
二酸化炭素を排出している。
日本で電気自動車ばかりになってしまうとどうなるか。

「二酸化炭素排出を抑制するための電気自動車を走らせるために、
 二酸化炭素を排出する」

というわけのわからない状況に陥ってしまいます。

ここで先ほど出てきたノルウェーの電力事情を見ていきましょう。

ノルウェーでは高低差のあるフィヨルドを利用したダムで、
大量の水力発電を行っており、家庭用の水力発電も普及しています。
寒冷な北欧では冬には水が凍ってしまいますが、夏に余った電力を水素にして貯めておいて真冬の電力を賄っているそうです。
したがってノルウェーでは水力発電がメインで、その割合は96%にも及びます(2017)。

その他主要国を見ていくと、中国は石炭による火力発電が6割を超えますが、
アメリカはある程度バランスの取れた電力供給状態にあり、
カナダは水力が6割、フランスは7割が原子力、ロシアは天然ガスが7割となっています。

このように各国の電力事情は異なり、電気自動車の普及にもそれによって向き不向きがあると言えそうです。

各国の電力事情を見たところで、
次の条件の「現在の状況のままでは」電気自動車の普及に反対、という理由について述べたいと思います。

これは1つ目の話に共通します。

「現在の日本の電力事情のままでは」という意味になります。
つまり、日本の電力事情を、現在の火力発電への偏りから脱却し、
代替の手段が得られるならば、当然電気自動車の普及には賛成、ということになります。

先ほど見た原子力発電が7割のフランスは、2040年にはガソリン車、ディーゼル車の販売を国が禁止する方針にあります。

しかし日本は3.11の原発事故に象徴されるように、地震大国、災害大国であり、原発メインの電力供給はリスクが大きすぎますし、何よりあの「人災」を繰り返すことは世論が許さないでしょう。というよりそう信じたいです。

そうなるとノルウェーやカナダのように水力発電に活路を見出したくなりますが、大型のダムは土地の選定や退去問題、建設費と維持費が莫大なことなど懸念材料も多くあります。

そうなってくると、ノルウェーで普及しているような小型の水力発電機の普及には可能性を感じます。

これについてはまた後日、詳しく調べて記事にしたいと思います。


ここで1つの疑問が生じます。

「日本は火力発電に依存しているのに、なぜ政府は電気自動車の普及を進めるのか?」

という疑問です。

これについては僕にもわかりません。

僕の勉強不足、リサーチ不足があるのでまた精査してご紹介できればと思いますが、
1つ推測としては
「国際世論への忖度」
があるのでは、と思ってしまいます。

加えて言えることとしては、残念ながら現在のパリ協定やSDGsなどの環境政策は、100%純粋な人道的な考えに基づいて行われているわけではありません。巨大なビジネスとなっている、政治利用がされている、この側面は否定できません。

このことについては2021年新書大賞を受賞した
「人新世の『資本論』(斎藤幸平著、集英社新書)」に詳しく書かれているので、興味のある方は読んでみてください。

そして最後に付け加えておきたいことがあります。

先ほど「日本の電力事情が変われば賛成」といった意見と矛盾するのですが、

忘れてはいけないこととして、

電気自動車そのものの製造過程と原料採掘についての問題があります。

電気自動車にはリチウムイオン電池を使います。
リチウムは南米のアンデス山脈沿いに集中してあります。細かな過程の説明は省きますが、リチウムの採掘は生態系を著しく破壊します。

つまり、地球環境のために採掘によって地球環境が破壊されるのです。

そしてその土地は南米の途上国の土地です。

電気自動車を買ってそれに乗る私たち先進国の土地ではありません。

加えてリチウムイオン電池の製造に不可欠なものとして、コバルトがあります。

世界でも有数の貧困国であるコンゴ民主共和国に、なんと世界中のコバルトの約6割が眠っています。

世界中の需要の6割を1国が賄うわけですから、莫大な量の採掘が必要となる。となると急激な水質汚染や農作物の汚染、景観破壊などが起こります。

それに加えて、貧困国コンゴにこの希少資源が眠っているということもあり、労働条件の問題も存在します。
非公式の奴隷労働、児童労働が横行しており、危険なトンネルでの採掘作業での死亡事故や有毒ガスの吸引による健康被害など、問題は山積みです。

このような諸問題が、先進国の「人道的な」環境保護政策に覆い隠されているという事実があります。

これらの事実を見ていくと、「日本の電力事情さえクリアになればオッケー」とは簡単に言えないこともお分かりと思います。

ではどうすればいいのか。

ここまで述べた諸問題を含め、多くの環境政策がうまくいっていないのは、

「経済成長を諦めていないから」ということに起因することと思います。

経済を回しつつ、地球も守る。

その両輪、どちらも止めることなく回していくのはもはや無理な段階にきている。

このことについても先ほどの「人新世の『資本論』」に詳しく書かれています。

もう私たちは、資本主義を諦めて、それを超える新しい社会システムを構築するしかない段階にきているのかもしれません。


今回の記事は以上になります。
なんだか途中から僕の見解ではなく「人新世の『資本論』」の要約・抜粋または紹介のようになってしまいましたが、

資本主義を乗り越える、社会主義でもなく、新しい社会システムの必要性は前々から感じていたことですので、言い訳させてください。

「環境に良いんだよ」と言われても簡単には信じてはいけない。
日本の電力事情と電気自動車普及の関係には矛盾がある。
国によって電力事情は異なる。
日本の電力事情がクリアになっても実は地球環境は壊され続け、
現行の環境政策は先進国の短期的な利益しか生じない。
相変わらず途上国は搾取され続ける。
経済成長、そして資本主義を諦め、捨てるしかなくなるのでは?

今回の記事ではこれだけわかっていただければ幸いです。

ご拝読いただきありがとうございました。

それではまた次の記事で。

小野トロ

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