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Rhours Sasazuka

もうじき10年になる笹塚のマンション「Rhours Sasazuka」。最初に案件の話をいただいた時は相続絡みだった。相続絡みだと、殆どの場合があらそう“争続”なので、この時も弁護士さんからお話をいただいた。

笹塚小学校のすぐ裏手にある現地には、古いアパート二棟と戸建てが建っていた。目の前には公園があった。その公園には渋谷区指定の大きな桜の木と小さな花壇がある。土地を当社で購入する事が決まったあと、古いアパートに残ってる方々の退去などの手続きがあったので、管理を任されていた駅前にある地元の不動産会社さんに挨拶に行く事になった。立退手続きは初めての経験だったのでリスクも不安もかなりあった。初対面で結構緊迫した場面だったけれど、不動産会社の女性社長(多分60代後半くらい)のアクセントが気になって、勇気を出して聞いてみた。
「ご出身は?・・・・」
「ああ訛り、、、、 私は九州の出身なんですよ。何十年も経つのに方言が抜けんで。」
「ええ!そうなんですか?僕も九州なんです!ちなみにどちらですか?」
「私は北九州の方よ!行橋!」
「なんと!僕は父が門司なんです!僕も生まれた時の住所は小倉北区でして!」

神様とかご先祖様とか色々ありがとうございますって感じ。これがきっかけで社長さんと仲良くなれて、いろんな話が聞けるようになった。アパートも長く住んでいる人が多くて、家賃も振り込みじゃなくて現金で持ってきている人も多くいた。老朽化していることや、大家さんが亡くなってしまい後を引き継ぐ人がいないこと。住民の方々もご存知で、スムーズに転居先を見つけて頂き、無事に退去諸々の手続きを済ませることができた。

亡くなられた大家さんは80過ぎのおばあさんで、元は小学校の先生。旦那さんは20年くらい前に他界されていて、お子さんはずっと若い頃に亡くしてしまったとのことだった。それで遠縁の親族が降って湧いた相続で揉めていた。

一人暮らしだった大家さんは、いつも綺麗にしていらっしゃって、お話の上手な社交的な方だったらしい。目の前の桜の木が大好きで毎年楽しみにしていたとも聞いた。元学校の先生で家の前を通る笹塚小学校の子供達の通学を見守るのが日課だった。僕が初めて現地を見に行った時にあった小さな花壇は、元は大家さんが花壇を作って花を植えていて(今だと色々問題になるかもしれないけど)亡くなった後は近所の方々が手入れをしていたと聞いた。

古いアパートと大家さんが暮らした家の取り壊しが済み、更地になった頃、僕はこのマンションのコンセプトを決めた。大家さんが生前好きだった花のマンション。僕は青山フラワーマーケットの役員をしている友人に電話をかけ、コラボしようと伝えた。

こうして作られたのが「Rhours'sasazuka」。何故Logじゃないのか?
当時、女性キャストから投資目的のマンションだけじゃなくて、自宅探しやリノベーションを手伝って欲しいと依頼されることが多かった。何件かプロデュースするうちに女性の暮らしやすいコンパクトマンションを作りたいと思うようになり、
Rhours (アワーズ):「Rich」 な「hours」時間を過ごす為のours私達の場所
という意味を込めてブランド名とした。後の目白や戸越公園などのプロジェクトにつながっていく。

打ち合わせを重ねコンセプトと思いを形にしていった。エントランスには水が流れ、花のあるとても美しいマンションが完成した。竣工は桜の終わった5月だったけど、このプロジェクトは完成前に完売、満室となった。10年近く経った今でも入居待ちが出ている事は本当に誇らしく感じる。


目の前の桜は毎年変わることなく素晴らしい花を咲かせてくれる。
散り際がとても美しいこの桜に、僕は今年もまた手を合わせた。


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