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大事にしている考え方。#2 人生72年説

志村けんが書いた「志村流」という著書の中にとても哲学的な人生論がある。人生72年説というものだ。

だれが言ったかは知らないけど、「人生は72年、それが丸一日だ」と聞いたことがある。日本人の平均寿命はもっと長いから、世界的に見たのかもしれない。

 つまり、72歳=1日=24時間
 そして、72歳÷24時間=3歳

 ということは、1時間=3歳にあたることになる。
(中略)
 こうやって年齢を1日の時間に置き換えてみると、自分の一生を直感的にとらえることが出来る。しかも、いま置かれている自分の年齢の勢いみたいなものが太陽の強さでイメージ出来る。

志村けん「志村流」より

自分が24歳であれば、まだ朝8時。出社前。これからバリバリ仕事をするぞと捉えればいいし、51歳であれば夕方17時。もう少しで定時になる時間だと考えていい。

人生100年時代に72年説を振り回すのはどうなんだろう?と思う人は、ゴールを100歳に設定して1時間=4.2歳で計算すれば良い。

大事なのは自分のを何年で捉え、その途上における今はどの辺りまで来ているかを見直すことだ。


この説に出会ったのは、22歳の時だった(7:20)

今から遡ること約20年前。
当時は大学を卒業して無職。就職先も決まっていない中、週に何度か行っていた菊名の図書館で偶然「志村流」に出会った。

そこそこいい大学に行って、学生時代は方々へ旅行していたこともあって、いい会社に入れるだろうと高を括っていたら面接は全滅。22年間大切に育ててきた自分のプライドはいとも簡単に砕かれて、当時は心の静養中のような期間にいた。

この説を読んで、「面白いこと考えるな」と感じたものの、そこまで自分の心にまでは響かなくて、「ふうん」と頷くくらいの印象だった。

この説に則るならば、22歳はまだ朝7時20分。まだ寝ぼけているくらいの時間だ。

そんなに心を留めることもないまま、その後、静養を終え(無事)会社員として働き出した。


36歳の誕生日に「人生72年説」を思い出す(12:00)

記憶というものがどうストックされているのか分からないけれど、自分が36歳を迎えた時に思い出したのが、志村けんの語る「人生72年説」だった。

それまで全く思い出すことはなかったのだけれど、36歳を迎えた2015年8月16日にこの説が急に頭に去来した。

そして愕然とした。

36歳はちょうど人生の折り返し。正午。12時だ。

漫然と続く生活の延長で、ずっと往路を進んでいる感覚で来ていたのに、いきなり「復路に入るよ!」と宣言されたみたいだった。

愕然としたのは、「これまでの延長線で人生を送っていいのか?」と感じてしまったから。問い自体が既に反語。このままでいい理由がない。


なんでこのままだといけないんだろう?(12:00)

自分の前半戦を振り返ってみた時に、

 ・それなりにいい高校、いい大学に行った
 ・学生時代は旅行に明け暮れ70ヶ国に行った
 ・サークル活動にもあれこれ参加していた
 ・仲間たちにも恵まれた
 ・紆余曲折はあったもののいい会社で働いている
 ・社会人になってからサークルや読書会などを立ち上げて活動している
 ・32歳の時に結婚した

学生時代も会社員時代も平日も休日も充実していて、いい感じに暮らせているように思っていた。んー、思おうとしていた感じかもしれない。

100%自分がやりたいことをやって、本当に楽しく暮らせていたか?と自問すると、答えは確実に「NO」だ。

その理由を考えると、「人の目」と「将来への不安」を気にしている自分がいた。その結果、将来の安心のため、今の「楽しいこと」にフォーカスせず、石橋を叩きながら川に落ちないような選択をして来てしまっていた。

世の中もそういうトーンが強かった。それに染まっていたのもある。
小・中・高の頃は「いい高校・大学に行かないといい会社に行けないよ」と焚きつけられている感じがあって、勉強ができないと下に見られるムードが強かった。

いい大学に行けても「いい会社に入らないと人生成功しないよ」という競争に巻き込まれる感じがあった。

更にいい会社に入っても「そこで偉くならないと」「大きい仕事をしないと」「そのためには勉強しないと」「研修いかないと」…
プライベートでも「結婚はどうするの」「子供は?」「家は?」「貯金しておかないと何かあった時に大変だよ」……

押し寄せる、お題の数々。パッケージングされたものを一つずつ対処しないといけないようにセットされていた気もする。


「よし、毎日を楽しく暮らそう」(12:00)

そんなことを考えた36歳のはじまり。

で、このままのライフではいけない、と分かっていたから、
まず始めに「よし、毎日を楽しく暮らそう」と決めた。

どうせ人生ももう後半戦。
「将来への不安」って言ってももうあと半分しかないし気にしてもしょうがない。「人の目」を気にして後半戦を暮らすなんて馬鹿げてる。
そういう心境になった。

で、いきなり「楽しく暮らそう」と言い出しても、急に楽しくなるわけではないので、「やりたいことと思っていた事を先延ばしにせずに一つずつやっていこう」と決めた。

その頃は平日は朝晩で仕事・休日は趣味の活動をしていたため、やりたいことがあっても「できない」と蓋をしていた。

手始めに「やりたいこと」をみんなでストックするfacebookグループを始めることにした。(これは、やりたいことカタログhttps://yaricata.comの前身)


そして今41歳。(13:40)

facebookグループを立ち上げたところから人生が急展開。

自分の会社を立ち上げ、瓦割りカワラナのサービスを副業で開始。
図らずもプチブレイク。
会社員を辞め自分の会社の専業になる。
翌年に息子が産まれ、昨年女子の双子が誕生する。
あと2匹の猫と生活を共にし始める。

仕事も変わり、家族構成も2人→5人2猫になり、生活のサイクルも大きく変わった。

自分の心持ちひとつ変えるだけでここまで大きく変わるとは思ってもみなかった。こんなんだったらもっと早くそうしていれば良かったと思わなくもないけど、自分にとってはこれがベストなタイミングだったんだろうなと感じている。前半のあれこれがなかったら、ジャンプできなかっただろうから。

というわけで、志村けんの人生72年説に出会っていなかったら、今の生活ってなかったと感じてる。

このコロナのために志村けんは昨年3月29日、その人生の幕を閉じた。
享年70歳。散々笑かせてもらった感謝だけでなく、この説の有難さは自分の人生に外せないものになった。ご冥福をお祈りしている。


楽しく暮らすためのサジェスト
「自分の年齢を3で割って24時間換算してみる」

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