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旅せよ、さらば与えられん

2011年、「最愛のアイルランド音楽」と出会う

「アイルランド音楽」に強く興味を持ち始めた私は、図書館から「アイルランド」「ケルト」と名の付くCDを片っ端から借り、一つずつ聴き進めていた。そんな中、一曲の歌に出会った。
ケルト系の音楽を集めたオムニバスCD"Celtic Moods"に入っていた一曲。
「Here’s a Health to your Company」- Noel McLoughlin (ノエル・マクラフリン)
雷に打たれたような衝撃を受けた。
その日を境に私は、「アイルランド音楽に興味のある人」から、「アイルランド音楽が大好きな人」となった。

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2016年、ついに公式ホームページ閉鎖

Noelさんの音楽と出会ってから数年経った2016年某日、10年以上更新されていなかった彼のホームページが閉鎖されていたことに気が付いた。もう61歳だから、ついに引退されてしまったのだろうかと悲しくなった。

閉鎖に気付いてから約一か月後、ふと、Twitterで彼の名前を検索した。
同姓同名の話題や、「Nowplaying」のツイートばかりだったが、地元の小さなパブで月1回以下の頻度で演奏していることに気付いた。
Googleマップにすら載っていない、小さなパブ。ストリートビューでやっとお店を確認できた。なんという執念だ、と自分のことながら少し笑った。
そして次に私がやることはひとつだった。そんなのものは、一つに決まっているのだ。

生きている、今も演奏されている、それだけで十分だった。どこの国にだって行く。それが彼の故郷で、私の一番好きな国ならば尚更だ。
時間は戻せない。どんなにお金を積んでも、過去に戻ることはできない。
いま、空港から飛行機に乗れば見ることができるなんて、なんと近いことか。休みを獲得して、お金さえ出せば見ることができる。なんと幸せなことか。それが、旅でしょう。それこそが、人生でしょう。

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2017年 アイルランド旅行直前、運命のメッセージ

月日はさらに流れ、2017年10月6日。2週間後、短いアイルランド旅行へ出発する予定だった。この日は仕事後に料理教室のレッスンを予約していた。残業を見越して遅めに予約したのに、まさかの定時終了。時間まで大丸梅田店を徘徊することにした。
その時ふと、頭を過ぎったことがあった。

アイルランド旅行まであと2週間。Noelさんのライブについて問い合わせなければ…。仕事に忙殺されてたわ、やべーやべー、うっかり八兵衛。

思い立ったが吉日、ということで、リムリックのパブ2軒に問い合わせた。ここ数年でNoelさんのライブ実績がある店、2軒だ。
そう、たった2軒だ。
一つはFacebookにしかホームページがないような小さめなお店、”The Still House Bar”。もう一つは”O'connells bar”、名前からしてアイリッシュパブ。

こんにちは、私は日本人です。Noel McLoughlinの大ファンです。
10/20(金)〜23(月)の間に、彼のショーはありませんか?アイルランドを訪ねている期間なので、もし演奏の機会があるならば、行きたいのです。

どうせ、彼のショーはないだろう。
私の1年間の簡単な統計によると、Noelさんのショーはなんとなく月初が多かったし、どことなく月曜日が多いように思えた。
さらに、こんな謎の問い合わせには返事が来なくても仕方がない、とも思っていた。ピンポイントでNoelさんに関して聞いてくる奴なんて、なかなかいないだろうし。
でも、送らなかったら一生後悔することは目に見えていた。どうせ会えなくても、可能性は潰しておかないとあとで悔やむだけだ。

と、自分に言い聞かせていたところ、20分後に返事が来た。ダブリンは午前中だったので、開店前のちょうど良い時間だったのかもしれない。
そこには、こう書いてあった。

やあ!10月20日の22時から、Noelはうちで演奏するよ!
                                                                                             -ジェイソン

胸が躍った。手は震えた。
Noel McLoughlinさんが、私がアイルランドにいる日に、演奏をする。
人生で最初で最後のチャンスだとすぐにわかった。

絶対に行きます、ありがとう。

と返事をすると、

気をつけて来てね。

と返してくれた。そりゃそうだ、すげー遠い道のりだもんな。気をつけて行かないとな。
この時、私の人生が大きく動いているような、そんな気がした。

(ちなみに、もう一つのパブからは、クリスマス近くに演奏する予定だけど今月は演奏予定はないよ、と返事をもらった。親切で有難い。)

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2017年10月20日

あっという間に二週間が過ぎ、10月20日。ついにこの日が来た。
乗換地でトラムを乗り過ごし、あと30秒で飛行機に乗れないところだった。あまりにも緊張し、何も考えられないほどに頭はぼんやりしていた。

ダブリンに到着後すぐCity Link社のバスに乗り込んだ。本当はバスの中で寝ようと思っていたのに、緊張のあまり、一睡もできなかった。ずっとNoelさんの曲を聴き続けていた。
私は今日、本当にこの人に会えるんだろうか。震えが止まらなかった。Noelさんへの思い入れが強すぎて、会うことが怖かった。

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普段、「今日は演奏があるよ!」と投稿されるのに、その日に限ってパブのFacebookは一切更新されず、不安は募る一方だった。
実は中止になったのではないか。天気悪いし、Noelさん、家にいたくなったんじゃないかなあ…。(※風速13メートルで凍えそうなほど寒く、雨まで降っていた)

3時間ほどバスに揺られ、16時過ぎにリムリックに到着。とりあえず向かった先のホテルは、想像よりもずっと綺麗だった。
あまりに落ち着かず、お湯を沸かしラーメンを食べた。実はこの日、緊張のあまり、フランクフルト空港でプレッツェルを一つ食べたきり、食事を忘れていた。

何かしようにも17時以降に開いている観光地はなく、パブの下見へ。なかなかに混み合っていた。
夜、席はあるのだろうか…と不安になるだけだったが、下調べ通り、滞在先から徒歩10分かからぬ場所にあったことに対しては安堵した。
ホテルに戻り、再度Noelさんの曲を聴きながらぼけーっとしていた。Noelさんの曲だけを、ただひたすらに聴いた。

21:20、ついにパブ The Still House Barへ

高鳴る心臓を落ち着けホテルを出発し、パブに到着。ビールを一杯頼んだ。もちろん、アイルランドで一番有名な、あのビールを。

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予定時刻である22時になっても全く始まる気配はなかった。特に人も集まっておらず、本当に今日、ライブはあるのだろうか…と辺りを見回すと、 

いた

後ろ姿だったが、だいぶ距離はあったが、すぐにその人だとわかった。
私がずっと聴き続けていたあの人。ずっと調べ続けてきたあの人。
Noel McLoughlinさん。
入り口横のスペースで、機器の準備をしていた。

急いでビールと共にNoelさんの目の前に移動した。
隣のおじさんはほどよく酔っ払っていて、「日本から一人で来た」と言ったらショットをごちそうしてくれた。

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22時20分、演奏が始まった。
思ったよりも最近の曲が多く(しかもアメリカの曲が多かった)、少々驚いたが、その歌声はまさに私がこの6年間聴き続けた声、そのものだった。
開始から1時間ほど経っただろうか。
テンポの良いインストの曲が始まった。パブの店員さんもスプーンズを演奏し始め、みんなも拍子を取り始めた。
隣のおじさんが、「君、楽器持ってきてるじゃん。演奏してきなよ!」と、私の背を押した。持参した楽器を手に、私はNoelさんの横に出た。

Noelさんのギターに合わせて、私は太鼓を叩いた

Noelさんは、私を見てにっこりと笑ったり、頷いてくれた。
アイルランド音楽を聴くだけにとどまらず、
アイルランド楽器を始めたのは、この瞬間を夢見ていたからだ。
スーツケース半分が埋まってしまうほど大きな楽器をわざわざ持ってきたのは、心の奥底でこっそり期待していたからだ。
でもまさか、本当に実現するなんて。
生きていてよかった、旅をしてよかった、その言葉しか思いつかなかった。
一曲終わり、握手をしてくれた。

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きっとここまでは、「楽器を持ってくるほどに音楽好きな変わったアジア人の子」と思われていたと思う。
今がチャンスだと思い、準備していた手紙をNoelさんに渡した。彼はその手紙をサッと開き、一読したように見えた。私やほかの客は、その間に自席に戻った。
手紙の内容は簡単なものだ。

私は日本から来ました。初めてあなたの曲を聴いた2011年頃、その日からずっとあなたの大ファンです。
あなたのCDを少しずつ集め、今では14枚持っています。どの曲も素晴らしくて、何百回何千回聴いたかわからないです。
私にとって、あなたは生きる伝説です。
私にとって、あなたはアイルランドそのものです。

この手紙は、ありきたりなものだろう。
だけど、これこそが真実で、これ以上の言葉は思いつかなかったのだ。

私が手紙を渡してから、選曲が変わった

流行りの音楽から、明らかにアイルランド・トラッドに変わったように感じた。
「Nancy Spain」、「From Clare to here」 、「Star of the County Down」、「Step it out Mary」、「Ferry man」。
すべて私が大好きな曲だ。毎日毎日、繰り返し聴いた曲たちだった。
この時が一生続けばいいのにと、心からそう思った。

私のために選ばれた歌だった

約2時間のショーが終わった後、Noelさんは私に話しかけてくれた。

普段は最初から最後まで、ずっとアメリカンな最近の曲をやるんだ。
古い歌は誰も聴かないからね(笑)。
でも今日は君が日本から来てくれたと言ったから。目の前に座っていてくれたから。アイルランドの曲をやったよ。
CD、14枚も持ってるんだってね。きっと僕よりもたくさん持ってるよ(笑)。
君のバウロン、素敵だね。
来てくれて、本当にありがとう。一緒に演奏してくれて、ありがとう。

もう言葉にならなかった。私は何も言えなかった。(多少は言った)
準備していたような言葉は、何も言えなかった…。
この想いは、言葉にはできなかったんだ。
お店の人も、私とNoelさんの会話をずっと見守ってくれていた。
(ちなみに、スプーンズを演奏し、この会話を見守ってくれていた店員さんは、最初にメッセージに返信をくれたジェイソンさんだった。
彼は翌日、「昨夜が君とって良い時間であったことを願います」と、メッセージをくれた。優しいひとばかりだ…。)

アイルランドを愛している

この国が好き、大好き、それ以外の言葉では言い表せない。
関空からタイ経由、ドイツ・フランクフルトに到着後ダブリンに飛び、そのあとバスに乗りさらに3時間。
ものすごく遠かったような、でもやっぱり一瞬だったような気がした。
私は本当に生きていてよかった。彼も生きていてよかった。歌ってくれていてよかった。6年間、どれだけ聴いたことだろう。まだ夢のようだった。
そしてもしも「日本から自分の歌を聴きに来たファンがいる」ということ、彼が1秒でも嬉しく思ってくれていれば、それ以上に幸せなことはない。

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私にとっての「旅」

私にとっての「旅」は、誰かに何かを与えに行くためでも、文化を学ぶためでも、何かを成し遂げるためでも、何でもない。
ただ、聴きたい音楽を聴き、会いたい人に会い、あなたは素晴らしい人だ、大好きだという想いを伝えるために、現地へ赴くことだ。
これからも、それは変わらない。
またアイルランドへ行き、音楽を聴きたい。それだけが私の願いだ。
旅せよ、さらば与えられん。

この場を借りて、関西国際空港に心からの感謝を申し上げたい。
私は空港が大好きだ。空港から、誰もがどこにだって行ける。
就航地を年々増やしてくれてありがとう。東京に行かなくても、大阪の地からどこへでも行ける環境を皆に与えてくれてありがとう。
関空がなければ、私がこんなに旅をすることはできなかった。
空港は、夢をかなえる出発地だ。

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2020年、どこにも行けない現在

まさか世界がこんなことになるなんて、誰も予想していなかっただろう。
このアイルランド旅行について、当時の日記を読み返しながら、コンテストに向けて何度も文章を書こうとしたが、なかなか筆が進まなかった。

世の中は、大きく変わってしまった。
今年3月、久しぶりに外出した先の本屋で、いつものように海外旅行のガイドブックコーナーに行った。目の前に並ぶ国々の名前を見て、突然「こんなにも世界は広くて狭いのに、今は誰もどこへも行くことはできないのだ」とハッとさせられた。
アイルランドへ行けないということを受け入れきれず、その時からできるだけアイルランドの音楽を聴かないようにしていた。
特にNoelさんの音楽を聴くと涙が止まらなくなってしまうのだ。この文章も、涙を流しながら書いている。
でも、あの日のあの瞬間を、私は一生忘れたくないし、あの時のような体験をまたするため、また旅をしたい。何度でも旅に出たい。

私は心の底から旅を愛している。
人々が世界を行き来することで、世界がよりつながり、さらに尊敬し合い、発展しあうことを願っている。

自分が何をすればいいのかも、誰に祈ればいいのかもわからない。
ただ、一日も早く、また旅ができますように。

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#私たちは旅をやめられない

#TABIPPOコンテスト

#関空

*The still house barは、現在はGoogleマップにも載っています。

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