あと味
その男はずっと機嫌が悪かった
初めて会うというのににこりともせず
終始どこか苛立っている
昨日までは、いやつい30分前までは
そうでは無かった
優しく語りかけ時に熱い気持ちをストレートに
ぶつけて来ては「会いたい」と繰り返し僕を
誘惑し続けていたのだ
出会い系アプリで知り合ったのは前の年の秋
メッセージを貰い彼のプロフィールを知り
暮らしぶりを知り、好きなものを知り
結果、絶対交わることのない種類の人だと
分かったのでこれ以上の進展はないと
逆に彼にとっても僕とは共通する点も無いし
年齢も向こうが13も下だし、とにかく仲良く
なる理由がお互い見つからないのだから
このままフェードアウトするだけだった
ところが彼はグイグイと距離を近づけてくる
どこにも共通点がないのになぜか僕に対して
シンパシーを感じるらしい
もちろん写真も交換した
ブサイクなおっさんのありのままをみれば
諦めてくれるだろうと思ったのに彼は動じない
もちろん肉体関係を結ばないただの友人として
出会いを求めているのかも知れないが
さっきも言った通り音楽も食べ物も小説も映画も
ライフスタイルも何一つ被るものがなく
どう考えたって彼と友達関係を膨らませるのは
難しい
難しいのになんだかんだお互いのことを
打ち明けあって普段話さないような秘密も
共有して、それでもなお僕は無理だと判断
していた
彼はバーを経営していて所謂ミックスバーと
いうヤツで、連日深酒に溺れつつ泳ぎ着いた
店休日には韓国に飛んで遊び倒してとんぼ返り
しているような暮らし
酒を飲まない僕はゲイバーに行くことなんて
滅多に無いし、韓国旅行にそれほど魅力も
感じないしごめんな話し合わなくて
なのに彼は「こんな世界に染まっていない
ところが良いんです」「普通の感性をもってる
ところに惹かれるんです」などと言う
分からないでも無いけれど、僕には彼を
受け入れる度量もスキマも無かった
だからある時キッパリお断りしてそれ以来
やり取りすることはやめていた
数カ月が過ぎてもう初夏の頃
彼からLINEが来た
「お久しぶりです お願いがあります
一度だけで良いから会ってください」
そう言われたら会わないわけにも
いかない もったいつけるほどの人間じゃ
ないし会って諦めてくれたらもうそれで
いいじゃないか
そう思った
それから、僕だって会ってみれば気持ちが
変わるかも知れない 情にほだされたりは
しないと思うけれど可能性が無いわけじゃ
ないのかも知れない、などと急に都合のよい
事を思い始めたりもした
もう一つ、これが一番可能性として高いな
と思っていたのは何かの勧誘だった
それが神様なのか洗剤なのか分からないけど
あともしかしたら将軍様の使いの人の可能性
だってある?
いずれにせよ、もう会う事は決めた
彼と会った場所が偶然テレビに映っていて
この出来事を思い出したのだ
とあるレストランで彼はものすごく苛立っていた
今までLINEでしか会話をしたことが無いので
その印象で思い描いていた彼と、目の前で
煙草を揉み消している彼とが同一人物なのか
混乱していた
ランチを食べた
僕はそれまでこの事にとても消極的だったのに
不機嫌な彼を前にして逆に俄然やる気が
出たりしてすごく喋った
彼の興味があることをどんどん聞き出して
すこしでも彼が楽しくなれるようにめちゃ喋った
聞かれた事振られた話にはちゃんと答えて
くれていたけれど彼の笑顔を見ることは一度も
無いままランチタイムは終わり、「そろそろ
店の準備あるんで帰ります」と言って彼は
恵比寿の街へと去っていった
取り残された僕はキツネにつままれたって
こんなこと?って呆気に取られてた
なんだったんだ?これ
まあ多分、写真はいくつも送っていたけれど
実際の生身の僕が彼の想像の範疇外で
なんだこのダサいおっさん
って思われたんだろうな
だって神様のお誘いもよく落ちる洗剤の話しも
油の要らないフライパンのお薦めも無かったし
だけど、それにしたってそれほどあからさまに
不機嫌で不愉快な態度をとるくらいなら
その場で断って帰ればいいのに無駄に高いランチ
(ちっとも美味しくなんて無い)食べる必要が
どこにあるよ? まったく不可解すぎる
LINEが来た
「今日はありがとうございました」
はあ、そうですか
「こちらこそ開店前のお忙しい時に時間を
取らせてしまって申し訳なかったです
楽しい時間をありがとうございました」
って返して即ブロックした
ムカムカともやもやが止まらず
そのまま電車に乗る気分にもなれず
表参道を往復しながら腹立たしい気持ちと
情けなく惨めな気持ちの両方をちぎっては
そこらに投げ捨てて歩いた
で、ふと思いついたことがある
彼はゲームをしてたんだな
きっとこのダサめのおっさんに声かけて
来るかどうかを賭けてたんだろう
見事に僕がやって来たから賭けに勝ったんだ
だから「今日はありがとうございました」
ってことだよね
なにを賞品に貰ったんだろうなぁ
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