Iとの対話① 未来から過去へと流れる時間

夜。リビングに設置したハンモックに寝転ぶと、飼い猫の胡桃が飛び乗ってくる。喉を鳴らす胡桃を撫でていると、一日の疲れが溶け出していくような心地になる。うっとりとした気分で、スマホを見ると、そのタイミングで彼女からLINEが入ってきた。

I「私たちは、未来から、過去に向かってるってほんと?」

いきなり?と思われた向きもあろうがいきなりである。ふたりの間には独自のリズムができていて、唐突な話題でもすぐにそのなかに入っていくことができる。

M「そう思うよ」

I「それってどういうこと?私それすごく興味があるのに全然わからないの。だって、未来ってまだ起きてないってことでしょ?」

M「うん。じゃ、まず、過去から未来へ時間が流れてる、と考えてみようか。そうだとすると、未来は過去の累積から必然的に導き出されるってことになるでしょう?普通はそう考えている人が多いよね」

I「うん。そうじゃないの?」

M「でも、じっさいは、そういう因果関係で、物事は起こらないよね」

I「そういう一面もあるけど、それだけじゃないような気がする」

M「もし、因果関係ですべての物事が起こるとしたら?」

I「起こることは、概ね予想がつくはずだもんね」

M「今起こることは過去に原因がある。もしすべての物事がそのように起こるなら、どんな未来に起こることも、全部、過去に遡ってその原因をたどることができるってことになるね。そうなると、一番の過去の一点で、もう未来永劫起こることがすべて決められていることになる」

I「えー-----、怖い。そんなはずないもんね。ん?なんで怖いって思ったんだろ、私(笑)」

M「いや、それは分からない(笑)いや、なんとなく分かるかな。だって、その場合、人間の自由意思は一切ないことになる。機械と同じだね」

I「うん」

M「さらに、創造性もそこには全くないってことになる」

I「あー、そうか」

M「この世界に新しいものが生まれる余地がなくなる」

I「うん」

M「自由意思も、創造性も、偶然もない世界、それが過去から未来へと時間が流れる世界だ。世界はそのようなものだろうか?違うんじゃないかな」

I「うん」

M「だから、未来から過去へと時間が流れると考えないとおかしなことになる」

I「あー--、そこが分かんない」

M「うん。そこを説明するとね。そうだな、現在は一つの過去の結果ではないよね」

I「う、ん?…うん」

M「現在は無数の過去が絡み合ってできている。例えば、おれの過去と、Iちゃんの過去とは違うよね」

I「うん」

M「だから、おれとIちゃんがこうして出会えた現在は、おれの過去の結果でも、Iちゃんの過去の結果でもない。つまり、偶然だよね」

I「うん。でも、この出会いは、じゃあ、どこから来たの?」

M「現在から。つまり、現在は、過去からの因果関係によっては単線的に説明できない無限の複数性や、広がりを持っているということだね」

I「あ、そうか、うん。木の枝みたいに」

M「未来、とおれたちが言っているのは、その無限の複数性や広がり、つまり『過去に含まれない要素』ではないか」

I「じゃあ、偶然は未来から来たの?」

M「そう、ここがややこしいところなんだけど、普通おれたちは未来というと、過去の逆と考えるのね。でも、逆じゃないわけ」

I「うん、うん」

M「さっき言ったみたいに、未来というのは、現在に含まれる『過去ではないもの』なわけね」

I「あー、うん」

M「だから、その、過去からの因果関係に回収されない現在が未来だとすると、起こることはすべて、未来から到来するようにして起こるということになる」

I「ほんとだ!!!」

M「ね?だからさ」

I「うん」

M「人が自由意思で何かを『起こす』ってのは、言わば未来を選ぶ、ってことをしているわけだ。無数にあり得る未来から、その一つを先取りして選んでいる」

I「そうだよね」

M「未来は無数にある」

I「そうだよね。つまり、無数の未来がすべて自分の中にある、ってこと?」

M「そう。ある。可能性としてね」

I「そうか。材料の一つなのか」

M「そう。未来は無数の可能性を材料にして顕在化される」

I「えー-----。面白い!なんてことになってる世界なんだろう!!!」

M「面白いよね。世界は、面白いよ。この話の面白いところは、未来から過去に到来する時間について考えていくと、生き方が変わってくるところなんだ。
現在は過去の成れの果てじゃなくて、無数にある未来を先取りして選び取っていくところに、現れてくる。だから、おれたちは、世界に対してぜんぜん無力じゃない。個は世界に対して受け身じゃなく、むしろ『個という未来』が世界をけん引していく役割をもっている。そういう未来完了形で生きている個のことを、『魂』と言うんだ」

I「えー---、なんか、途中からよく分からなくなってきたけど、でも分からないのに、すごく分かる!ワクワクする!」

M「おれたちが出会ったのも、おれとIちゃんが、こうして出会うことを先取りして、選択したってことだよね」

I「え?そうなの?好き!」

M「愛してる(笑)」


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