ゆく年日記2020.12.26 9 +M 2020年12月26日 21:47 今日は3月と4月のベストテイク。この期間、なんかあんまりキレのいいツイートしてないんだよね。コロナのせいか。コロナっていっても、生活はぜんぜん変わらないんだけどね。ポンタの腹の鳴る音で目覚める。 pic.twitter.com/OJYjvgJThl— 年末の+M (@freakscafe) March 4, 2020 彼女にもらったシマダのラムネ、たいへんに姿がよろしいので、新幹線の車中、じっくり眺めつつ帰ることにする。 pic.twitter.com/QQ20G9ejjP— 年末の+M (@freakscafe) March 3, 2020 人生をひとりの怠け者としてやり過ごすために重要なことをいくつか挙げるなら、・座っているときや歩いているときの姿勢の保ち方、・呼吸のコントロール、・音や光の揺らぎを観察すること、・人の言葉は適当に受け流すこと、・退屈なときは踊ってみる、つまらないときは笑ってみること、……— 年末の+M (@freakscafe) March 1, 2020 読書は「流れ」をつかめるかどうかってのが重要で、次に読むべき本が「到来」してくる、その「流れ」をつかむことができれば、どんな「権威」にも「評判」にも「専門性」にも依存しない、また為になるならないといった「功利性」とも無縁の、「読書のための読書」の域に入ることができる。— 年末の+M (@freakscafe) March 16, 2020 自分の良心に疑いをもっていない人間は、よく言って下品、だいたいにおいて害悪だ。きちんとした大人は、自分の良心を疑い、羞恥を持っている。善いことをするときは、隠れてするだけの嗜みを持っているものである。— 年末の+M (@freakscafe) March 12, 2020 生活をサボるな、というのは、なんというか、適当な刺激で時間を塗りつぶすな、ということでもある。コンテンツを消化するのにかまけずにきちんと退屈してろ、ということである。— 年末の+M (@freakscafe) March 11, 2020 「巧く言えてしまう」人間には警戒すべきだ。彼は、自分でも分かっていないことを語っている場合がある。少しの間、その人間の言葉に付き合ってみればいい。「分かっている」人間ならけっしてそうは言わないようなことを言い始める。それで、その人間が表面的な才覚だけの人間であることが暴露される。— 年末の+M (@freakscafe) March 22, 2020 「啐啄同時」という言葉がある。雛が内側から殻を突くのと、母鳥が外から殻をつつくのが同時に起こることを言う。そうした好機を得て初めて、雛はこの世に産まれることができる。何かが成されるには、機が熟していなければならない。言葉も人も、出逢うべきときに出逢って初めて、固有の意味を産む。— 年末の+M (@freakscafe) March 20, 2020 無から有が現れることを「起こる」ことだとすると、それは同時性においてしか成されえない。能動と受動が働くところでは、有の世界の「勢力図」が変更されるだけのことだ。能動的受動、受動的能動が一致するところで、初めて出来事は「起こり」、無から有が現れる。— 年末の+M (@freakscafe) April 9, 2020 生と死は表裏である。そのことを腹に落とすとはどういうことか。私に属するものは何ひとつないと識ることである。私が宇宙を経験しているのではない。宇宙が私を通して何事かを為しているのである。刻一刻と死ぬようにして生きること、さらに生の持続を全うするようにして死にいくことである。— 年末の+M (@freakscafe) April 5, 2020 「誰でも言えるようなまあまあ妥当なテンプレ」をなぞるくらいなら、「自分だけの間違いを明確に間違える」方がずっといいんだよね。— 年末の+M (@freakscafe) April 4, 2020 一緒であることを前提に、「違いを告発する」という態度ではなく、もう全く個々バラバラであることを前提に、ほんの少しの「部分的つながり」を探っていく方が、好ましい。少なくとも、その方が間違いなく楽しい。— 年末の+M (@freakscafe) April 4, 2020 「来るべきアニミズム」のための必読書。・ティム・インゴルド『人類学とは何か』・レーン・ウィラースレフ『ソウル・ハンターズ』・エドゥアルド・コーン『森は考える』・デイヴィッド・エイブラハム『感応の呪文』・岩田慶治『木が人になり、人が木になる』・今西錦司『生物の世界』— 年末の+M (@freakscafe) April 4, 2020 さらに深掘りしたい人のために・フィリップ・デスコラ『自然と文化を越えて』・ミシェル・セール『作家、学者、哲学者は世界を旅する』・中沢新一『レンマ学』・清水高志『実在への殺到』・上妻世海『制作へ』— 年末の+M (@freakscafe) April 4, 2020 さらに拡張したい人のために・バーバラ・スタフォード『ヴィジュアル・アナロジー』・リマ=デ=ファリア『選択なしの進化』・ジョセフ・ヘンリック『文化がヒトを進化させた』・マイケル・タウシグ『模倣と他者性』・ヴォルフガング・ギーゲリッヒ『魂の論理的生命』— 年末の+M (@freakscafe) April 4, 2020 アニミズムを「感じたい」人にロン・リット・ウーン『きのこのなぐさめ』ロビン・ウォール・キマラー『植物と叡智の守り人』鴻池朋子『どうぶつのことば』野田研一『交感と表象』小倉美惠子『オオカミの護符』アーダベルト・シュティフター『石さまざま』石牟礼道子『苦界浄土』— 年末の+M (@freakscafe) April 4, 2020 同じことを言っていても、響いてくる言葉とそうでない言葉とがある。響いてくる言葉には、おそらくその言葉の背景に、長い長い、膨大な無駄を含んだ沈思黙考の時間があるのだろう。膨大な無駄を含んだ、記憶のネットワーク、ほとんど“その人自身であるかのような”。— 年末の+M (@freakscafe) April 15, 2020 人ができないことを「できる」という人は、すごいね、と感心するけど、だいたいの人がほとんど意識もせずにやってることを「できない」という人には、感心よりもむしろ感動を覚える。アイロニーではない。本当に感動する。彼や彼女は「自己制作」の、極度に困難な「登山ルート」を歩いている。— 年末の+M (@freakscafe) April 11, 2020 特別な体感が持続するのは、せいぜい数分間といったところだ。それがこうして何十年もの間、波及して小々波を揺らしつづけている。特別な時間なんて、一生分全部合わせても、一、二時間なんじゃないか。残りの人生は、その一、二時間の影のようなものでしかないんじゃないかしら。— 年末の+M (@freakscafe) April 28, 2020 言いたいことがあって、それを過不足なく、相手に通じるように話すことができれば、「言いたいこと」はそれで成仏する。「言いたいこと」を都度成仏させることができるなら、もはや私は空っぽになれる。— 年末の+M (@freakscafe) April 27, 2020 正岡子規が、「平気で死ねる」が悟りだと思っていたが、毎日「平気で死ねる」と思いつめたように生きるのは本当の悟りじゃない、むしろいろいろあっても「平気で生きていける」ことが真の悟りである、という意味のことを書いている。— 年末の+M (@freakscafe) April 26, 2020 おれの場合、「付き合う」というのは「セックスをする」ことでも、「共に生活を築く」ことでもない。「一緒にいる」ことである。「何もしないのに、理由もなく一緒にいる」ということだ。「ふたりで何もしないでいる」こと。— 年末の+M (@freakscafe) April 26, 2020 ヒモ時代。水商売の彼女の生活に合わせて、毎食一汁三菜の食事を作っていた。彼女の好物、栄養バランス、コスト、彩りを考えて、一ヶ月メニューが被らないようにした。重要なのは、それを彼女のためではなく、自分の楽しみのためにやっていたということ。この一点を間違えると全て台無しになる。— 年末の+M (@freakscafe) April 25, 2020 ダウンロード copy 9 この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか? 記事をサポート