日記 22.03.29 火

末井昭という編集者がいる。荒木経惟を全面的にフィーチャーした伝説の雑誌『写真時代』の編集長だ。子どもの頃、母親が不倫のいざこざの果てにダイナマイトで心中した。吹き飛んだ内臓が木にぶらさがっているのを見たというエピソードを『素敵なダイナマイトスキャンダル』というエッセイとして発表した。最近、柄本佑主演で映画化された。エピソードも凄いが、この「大ネタ」の料理の仕方もまたすごい。「素敵なダイナマイトスキャンダル」だぜ(笑)。
80年代、これが発売された当時、栗本慎一郎が「末井昭は、母親がダイナマイトで吹き飛んだのを見たとき、世界の『意味』を吹き飛ばしたんだ」と評していたのを覚えている。母親のダイナマイト心中のエピソードを起点にして、この人、その後の生き方も、その自分のありさまを文章にしていく視点も、じつにおもしろい。
「凄惨」も、ひとつ「空」をかませることで、飄然とした「清冽」に裏返る。なるほど、「世界の意味を吹き飛ばした」後に広がる景色ってのはこんなものか。

最新エッセイ『100歳まで生きてどうするんですか?』(中央公論新社)が発売されたので、さっそく手に入れ読み耽る。彼は一時期ギャンブルにはまっていた時期があるのだが、その頃のことを書いた文章ー

快感ということでは、ボロボロに負けてもうダメだという状態から逆転する時の方が、快感度は数倍高いのです。マカオのリスボア(カジノ)で大小(サイコロを3つ振って出た目に賭けるルーレットのようなゲーム)でボロ負けしてホテルに戻り、夜中に気を取り直して再度リスボアに行き、大小で負けを取り戻して、なお数十万円プラスになった時の快感は未だに忘れられません。嬉しくてホテルの部屋で踊っていました。
それはつまり、「死んだ人間が生き返る時の快感」と言えるのではないでしょうか。それはどんな快感にも勝るもので、それを一度体験するとギャンブルがやめられなくなるのです。P31-32

「嬉しくてホテルの部屋で踊っていました」という一文。ぶっとんだ、突き抜けた快感。おれは、30代で唐突に会社を辞めて、部屋も引き払って、住所不定無職の身になったとき、この快感を感じました。じっさい、不動産会社に鍵を返した帰り道、路上で踊ってましたからね。人間って、度を超える快感を感じると、じっとしていられず、つい踊ってしまうんだな。子どもの頃、急に走り出してしまうというようなこと、あったでしょう?あれですよ。

末井昭は、50歳前に写真家の神蔵美子と出会い、恋に落ちます。それで30年連れ添った妻と別れ、彼女と結婚する。妻に別れを切り出す場面も、また胸が痛むんだ。最初冗談だと思っていた妻が、彼が真剣だと分かると「いやだっ!」と叫ぶんですね。

美子ちゃんと暮らすようになって、約束したのは嘘をつかないことでした。ぼくは嘘をつくのが習慣みたいになっていたので、最初のうちは無意識で嘘が出ることもありました。
夫婦の間に嘘が入ると心の通じ合いができなくなり、2人でいても1人でいるのと同じになります。それに、嘘をついているという罪悪感で自分が弱くなります。嘘をつかなくなって、それがどんなに心地いいかということがわかってくると、自然と嘘がなくなりました。
こうしてぼくは、ギャンブルをやめ、借金を縮小し、愛人たちとも別れ、嘘をつかなくなり、後期1歳としてそれまでとは違う人生を歩むことになります。P125

「後期1歳」というのは、人生100年時代なのだから、50歳を折り返し地点として、それ以降を「後期」としてリセットしてはどうか、という話の流れから言われています。51歳は「後期1歳」というわけです。

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