「終わりの町で鬼と踊れ」終
花の島は光に咲う
俺はひとりで、紗奈の体を担いで海辺を離れた。
山をのぼり、家の近くまで歩く。
力のない紗奈の細い体を、コスモスの群れに横たえた。
風と雨が頬を叩き、耳の奥をかき回していく。
やがて嵐は去り、雲が避けて、太陽が差し込んだ。凪いだ海の上を、草木の上を照らし出す。
花の群れの中、遮るものは何もない。穏やかな光は、血に汚れた紗奈の頬や額を焼いた。
そして少女は、灰になって消えた。
伝説の吸血鬼みたいに。
島のみんなが、死んでしまった人の遺体を焼いて、埋葬して、荒れた家や船着き場の修繕をしている間、俺はコスモスに埋もれて、地面に転がっていた。
津崎さんが亨悟を連れて島にやってきて、母さんや七穂が手当をして、診療所のベッドに閉じ込めてると聞いたけど、一度も顔を見に行っていない。
診療所は落ち着かないだろうし、近いうちに俺の家に連れてきてやろうと思いはするものの、会いに行く気になれない。
紗奈に血を与えようとした俺のこと、裏切り者だとか危険だとか自治会が大騒ぎしたようだったけど、津崎さんや俺のことをよく知ってる人たちがかばってくれたらしい。
それから、いつもは穏やかな母さんが激昂して自治会に殴りこみをかけたとかで、俺のことは今まで通り、腫れ物に触るような扱いのままほったらかされている。
島を守ってくれた奴を助けようとして、裏切り者だなんて、馬鹿ばっかりだ。
でも、以前の俺だったら、そっち側にいたかもしれない。
軽い足音が近づいてきて、俺の横に座ったが、俺は転がったままだった。
コスモスの花が、潮風に揺れている。白とピンクの花の群れが、さわさわと揺れている。
崩壊の前から、この島に咲き乱れていたと言うコスモス。
芝生は掘り返して畑になったけど、このコスモスの群れは放置されたままになっている。毎年毎年、花を咲かせる。
豊かな土壌。
遥かな海に守られた小さな楽園。
青海の向こうに、近くの島々が見える。
そして、鬼の支配する町が。
「おにいちゃん」
七穂がそっと俺を呼ぶ。
潮風が俺たちを包み込む。波は島に寄せては返して、絶え間なく続いてく。
俺は花の中にうずもれて、情けなく転がって、動けないでいる。
ここは町に近く、だけど隔離されている。
荒廃や暴力からは取り残されて、それを皆が懸命に守り続けている。肩を寄せ合って。
春には桜や菜の花が咲きみだれ、夏にはひまわり、秋にはコスモス、冬には水仙、椿。
他にもたくさんのあらゆる季節の花々、そして実り豊かな収穫物。
自然に満ち溢れ、海産物に恵まれた楽園。人が笑い、子供たちが遊び学ぶ、俺たちの家。
ここを守らなきゃいけない。
人間たちからも、吸血鬼たちからも。俺は何度も心の中で念じる。
そうしないと、耐えられない。
七穂は俺の手を優しく握った。
「わたしは一緒にいるよ」
「うん」
俺は七穂の手を握り返す。
何より、この手を守る。父さんに、紗奈に誓ったことだった。
妹の手を握りしめ、俺は自分の腕で顔を覆って、歯を噛みしめる。
さわさわと揺れるコスモスのかすかな音に、嗚咽を隠す。
生きている者は生きていかなきゃならない。
何があっても、何を失っても。
どんなに、つらくても。悲惨な状況でも。手を取り合って。
いずれ、いつか、滅びる運命だとしても。
――生きていく。
了
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