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クロス・レヴュー 2024年10月号

「クロス・レヴューはミュージック・マガジンの重心を支える背骨みたいな存在だ。この雑誌は毎月発売されるレコードを幅広く取り上げ、できるだけ厳しく批評し、しかもその批評性を持続していくことで音楽の長い流れをしっかりと捉えるのを役目と心得ているが、その役目を集中的に象徴してきたのがクロス・レヴューの欄なのだと思う」――中村とうよう

ミュージック・マガジン増刊『クロス・レヴュー 1981-1989』に掲載された序文から

『ミュージック・マガジン』誌上で1981年から続く、注目アルバム7枚について毎月4人が批評して10点満点で採点するコーナー、“クロス・レヴュー”のWEB公開を始めます。評者それぞれの聴き方の違いを楽しんでいただくもので、アルバムの絶対評価を示すものではありません。より充実した音楽生活を送っていただくきっかけの一つにしていただければ幸いです。

今月の評者は以下の4名です。

井草七海
いぐさ・なみ、1991年生まれ、東京都出身。Webメディア「TURN」の編
集・ライターを経て、現在はサラリーマンの傍らWeb媒体を中心にディスクレビューなどを寄稿。インディー・ポップやシンガーソングライターもの(中でも女性アーティスト)、また、左記のジャンルとクロスオーバーするR&Bやダンス・ミュージックなどが主な執筆ジャンル。
佐藤英輔
1958年生まれ。音楽好き。「越境するギタリストと現代ジャズ進化論」という430頁の書籍をリットーミュージックから刊行。
宗像明将
1972年生まれ。著書に『大森靖子ライブクロニクル』(2024年)、『72年間のTOKYO、鈴木慶一の記憶』(2023年)、『渡辺淳之介 アイドルをクリエイトする』(2016年)。稲葉浩志氏の著書『シアン』(2023年)では10万字インタビューを担当。
渡辺裕也(本誌編集部)
1983年生まれ。福島県出身。ライターとして音楽関連の文章を雑誌/Webメディア等に寄稿。2021年9月からミュージック・マガジン編集部に参加。


※それぞれの評文についた○内の数字が点数です。(10点満点)

Answer to Remember
『Answer to Remember II』

ユニバーサル UCCJ9250

ドラマー、石若駿率いるコレクティヴの5年ぶり2作目。9月号に記事も掲載

井草七海
 石若駿のリーダー作で、主に若手世代のジャズ・プレイヤーを中心に、石若と繋がりの深いアーティストも客演、とりわけヒップホップ・フィールドとのクロスオーヴァーには、英米の現在のジャズ・シーンとの共振も感じさせる。ストリートっぽい感覚も窺わせるしそれらを呑み込む技術の高さも理解できるが、楽曲ごとのトーンや質感が綺麗に収まりすぎている気もして個人的には気持ちが動かず。

佐藤英輔
 今のジャズはポップ音楽といかに並走するか(≒ポップスはジャズとどう魅惑的に同化するか)というテーマを個人的には追っていたりもするのだが、石若駿という好クリエイターによる周辺の仲間を括っての折衷表現はそれに対するかなり魅力的な回答となる。と、この2作目を聞いて思うことしきり。お洒落だけど、意気あり。イカしたビートに、広い知見を経た楽器ソロや肉声が百花繚乱する。

宗像明将
 60~70年代ジャズ~フュージョンの豊潤さがあると思えば、J・ ディラ以降のビートも息づいているなど、よくこんなに多様な文脈を押さえながら統一感を保てるものだと感服した。かつ、それでいて演奏には昂揚感と疾走感があり、歌モノにはポップさと実験性がある。24年ならではの新しい音楽を聴いている感覚が確実にあり、時代性という点では今回の作品群のなかでも一番だろう。

渡辺裕也(本誌編集部)
 通称“アンリメ”はドラマーである石若駿のリーダー・プロジェクトだが、その実態は参加メンバー全員の見せ場が用意された、極めて民主的なバンドだと感じる。言い方を変えれば、気心の知れた演奏家たちのストロング・ポイントを自作曲で最大限に引き出せるだけの俯瞰した視点と編集感覚を持ち合わせていることが石若という作家の凄さであり、本作ではそんな彼の本領が発揮されている。

ニック・ケイヴ&ザ・バッド・シーズ
『ワイルド・ゴッド』

Nick Cave & The Bad Seeds "Wild God"
バッド・シーズ〔ビッグ・ナッシング〕 BS023CDJ

84年結成、今年で40年を迎えるニック・ケイヴ率いるバンドの、5年ぶり18作目となるアルバム。

井草七海
 息子の死の受容としての前作を経て、骨太かつ力強いロック・サウンドと歌声でもって温かな光へ向かって歩を進めるような印象の今作だが、ホーンの音色やエレクトロニクスのアンビエンスと聖歌風のコーラスにはやはりケイヴにとって不可欠な切々とした救いへの信仰心を感じ取れる。ただ彼の昨今のイスラエルをめぐるボイコットの拒否の対応等を思うとその救いも少々ご都合主義的に思ったり。

佐藤英輔
 ロック界の特定銘柄的な位置を得ている豪州出身ロッカー、なるほどのくぐもった質感の歌のもと、黒い霧が覆うような風情を聞く者に与える。なぜかそれに示唆や温もりを得て、これでいいのダと思ってしまう。平坦な打ち込みビート採用作なんて嫌いであるはずなのに。この壮大な語り部的スタンスの妙味は同時体験してきた者じゃないと分かりにくい? 50歳以下の受け手の感想はどうだろう。

宗像明将
 荒々しくも格調高く、高貴ささえ持つアルバム。レトロな空気もまとう流麗なストリングス、厚いコーラス・ワーク、そしてニック・ケイヴの肉声は、ミックスの音像もあわせて、ドリーミーなほどだ。少し一本調子かな…というところで、管楽器とノイズとコーラスが混濁する「Joy」が挿入されるのも心憎い。街の人間のざわめきのような、生々しい手触りが常にあることも魅力的だ。

渡辺裕也(本誌編集部)
 一気に視界が開けていくような冒頭の数秒を耳にした時点で、早くも落涙である。ましてや彼が9年前に最愛の息子を亡くして以来、その作品がどれも打ちひしがれるほどの悲しみで満ちていたことを知っているだけに。ハイライトは4曲目「Joy」。雄大なホルンと穏やかなクワイアを背景に、ニック・ケイヴは力を込めて歌う。“私たちは皆、悲しみを経験しすぎた。今こそ喜びの時だ”。

フローティング・ポインツ
『カスケード』

Floating Points "Cascade"
ニンジャ・チューン〔ビート〕 BRC772

フジロックでの来日も記憶に新しい英国人プロデューサーの新作は、宇多田ヒカルの参加も話題に。9月号にインタヴューも掲載

井草七海
 抽象的な構成の前作やファラオ・サンダースとの共作も良かったが、今年のフジロックでの“バキバキ”なアクトを体感し、改めて直球クラブ志向の今作には心惹かれた。テクノ・トラックの間に時折アンビエントが顔を見せる塩梅もほどよく、体感としては重さを感じるものの空間を音で埋めすぎない優雅さも、らしい所。ステラ・モズガワのドラムとの絡みや宇多田ヒカルの声の客演も神秘的で◎。

佐藤英輔
 定型ビート枠からも離れる、音楽的なエレクトロ・ミュージックの担い手。という印象をぼくは持つ、英クリエイターの新作は四つ打ち横溢盤で一瞬たじろぐ。音色使いとストーリー性ある展開にさすがと思わされつつ、居間で聞きだした当初は旧作群の方が好きかな…と思ったが、後に仕事部屋のステレオ・セット(電気音向きではないものの)で、今年一番の大音量で聞いたら快感極まりなかった。

宗像明将
 抗いがたい。表面的には意外なほど新鮮味のない、むしろ懐かしさすら感じるエレクトロニック・ミュージック。それなのに、聴く者が飽きない有機性がビートの中にある。同じ時代を過ごしていたかのようだ、サム・シェパードの視界には電子音楽の歴史があることを感じる瞬間も。「Ocotillo」の複雑なきらめきは、なまめかしいほどだ。「Afflecks Palace」終盤のドラムにも興奮した。

渡辺裕也(本誌編集部)
 今年のフジロックで彼の繰り出す音を全身に浴びたら、しばらく悩んでいた肌荒れが瞬く間に改善した。嘘ではない。高純度のエレクトロニック・ミュージックは人体に良い影響を与えるということを、本作は私に再認識させる。そう、ここでは必要な音しか鳴っていない。欠けていい音が何ひとつない。みんなサウナばっかり行ってないで、たまには深夜のダンスフロアに足を運んだ方がいい。

フォンテインズDC
『ロマンス』

Fontaines D.C. "Romance"
XL〔ビート〕 XL1436CDJP

アイルランド・ダブリン出身のロック・バンドが、XLに移籍してリリースした通算4作目。9月号に記事も掲載

井草七海
 この手の荒(粗)っぽいUK~アイルランドのロック・バンドの多くは個人的な好みの範疇外だが、今作はジェームス・フォードのプロデュースが奏功してかモダンな音像が聴きやすく、意外にも良い。パワーのあるアンサンブルを、アレンジの多彩さで軽やかに聴かせるのが上手く、パンクからブリット・ポップに接近した印象だ。何よりメロディがドラマティックでノスタルジックなのが、魅力的。

佐藤英輔
 まったくぼくの好みではないのだが、10年もの間インディー・バンドを維持している当人たちの気概はよく分かる。実直な部分も持つダブリンのギター・バンドが広い成功を見据え、電気的トリートメントを施して飛躍を試みる。結果、契約元としてたどり着いたのはXLレコーディングだったというのも分かりやすい。どこか切実、ぼくにしては珍しく、どんなこと歌っているんだろうとも気になった。

宗像明将
 冒頭から大仰なロックは苦手なんだよな…。インタヴューをいくつか読んだが、バンドの物語を共有していない人間だと痛感。しかし、このアルバムがシェイン・マガウアンとシネイド・オコナーに捧げられていると知って、ちょっと見る目が変わったので、我ながらちょろいと感じる。ストリングスが響く「In The Modern World」が美しいが、コード進行はもっと複雑な方が好みではある。

渡辺裕也(本誌編集部)
 ブラー、ベス・ギボンズ、そしてラスト・ディナー・パーティーと、近年またプロデューサー=ジェイムス・フォードの活躍ぶりが目覚ましい。そして極め付けが今作。音楽性を拡張させつつ、アイリッシュ・バンドとしての矜持も示しながら、スタジアム・ロックのスケール感を得ようとしたバンドの指南役として、フォードはこの作品で最適解を出している。これが時代を捉えたバンドの音だ。

ミルトン・ナシメント&エスペランサ
『ミルトン+エスペランサ』

Milton Nascimento & Esperanza Spalding "Milton + Esperanza"
コンコード〔ユニバーサル〕 UCCO1243

グラミー5度受賞のジャズ・ミュージシャンと、ブラジル音楽界の巨匠の共演が実現。9月号に記事も掲載

井草七海
 美しい。ベースの技巧以上に、ブラジル音楽の伝説たるミルトンに対し、エスペランサが長年の友人のような親密さと共に敬意を払いながらも、カヴァー曲を中心に瑞々しく描き直す対比が感動的ですらあるし、二人の声の掛け合いも新鮮なのにどこか懐かしい。客演の面々との“ジャンル越境”も、彼女が自身のルーツを背景にそもそも自らをそのように定義づけているからこそごく自然に感じられる。

佐藤英輔
 23年に、リオやニューヨークで録音。ミルトンが5でエスペランサは10と、各々の味を評価できようか。あれれ、全体の評点はその平均にはなっていないじゃないか。それは、やはりエスペランサの才能に持っていかれるからだ。素晴らしい総体設定。彼女にとってここまでミルトンは憧憬の存在であったのかとも驚かされるし、能力の落ちたかつての天才に対する介護の見事さには頭が下がる。

宗像明将
 ビートルズ「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」のカヴァーが突出して良いのは、原曲の持つアヴァンギャルドさと共鳴しているからだろう。聴き始めた当初、ずいぶんミルトン・ナシメントのヴォーカルの味わいに頼っているなと感じたが、ポール本人を招いた「通り過ぎた風(ポール・サイモンに捧ぐ)」で遠くアフリカを浮き上がらせるエスペランサ・スポルディングの手腕に“技あり”と感じた。

渡辺裕也(本誌編集部)
 ビートルズはともかく、マイケル・ジャクソン「アース・ソング」のカヴァーは最初ちょっと浮いているように感じたが、それでも収録曲を通して聴き込んでいくと選曲の意図が徐々にわかってきて、むしろこのカヴァーが本作のキモにさえ思えてきた。両者の共演それ自体が感動的な作品だが、そうした背景を知らずとも、環境問題を主題に据えたアルバムとして非常に意義深い一枚だ。

Official髭男dism
『Rojoice』

イロリ〔ポニーキャニオン〕 PCCA06304

9月号の特集「2010年代Jポップベスト・ソングス」にも「Pretender」がランク・インした大人気バンドによる新作

井草七海
 恥ずかしながら真面目に聴くのは初めてだったが“これもヒゲダンだったのか…”と、ポピュラリティに驚くなど。邦ロック・サウンドを経由しつつも、多彩なメロディと複雑すぎず単純すぎないコード・ワークによるJポップとしてのバランス感覚はさすがで、「日常」などはスピッツなんかも頭を掠めたり。ただタイアップ曲も多いからか、アルバムを通して聴くとテンションの単調さが気になる。

佐藤英輔
 今回、初めてこの4人組を聞いた。「紅白」にも出場しているそうだが、バンド名も知らなかった。だが、感想は悪くない。いや、良い。しっかりと洋楽を通った感性を介して、張りと輝きのある完成度の高いポップ・ミュージックを作り出しているし、妙なあざとさも感じさせない。いろんな部分への周到な気配りは自ら表現を作っていることを伝える。もう少し、Jポップを聞かなきゃと思った。

宗像明将
 80年代のソウル・ミュージックを彷彿させる「Get Back To 人生」は、結果的にヒゲダン流のシティ・ポップのようだ。ジャジーな「ミックスナッツ」や、カーティス・メイフィールドのような「SOULSOUP」にも驚いた。かつ、1時間以上飽きさせない密度。「Subtitle」をはじめとして、藤原聡のメロディーへの日本語の乗せ方の精緻さとナチュラルさは、Jポップを更新し続けている。

渡辺裕也(本誌編集部)
 国内メインストリームの先頭をひた走る4人組の通算4作目。コード進行やリズムに往年のモータウン・サウンドへの憧憬を滲ませながらも、彼らはその含蓄に富んだ音楽性でリスナーを置き去りにはしない。2020年代のJポップとして有効かつ的確なビート感と、現代社会を生きる若者たちの心象にフィットした言葉をひたすら提示した全16トラック。もはや王者の風格すら感じる一枚だ。

トリプルファイヤー
『EXTRA』

スペースシャワー〔配信〕

吉田靖直、鳥居真道、山本慶幸、大垣翔の4人からなるロック・バンドによる、ファンクの要素が強まった7年ぶりの新作

井草七海
 ミニマル・ファンクに留まらずアフロビートやブラジル風までビートの多彩さが面白く、フルートやキーボードの参加も相まってメロウな印象も。演奏力は無論半端ないが、何より魅力的なのが吉田の歌詞の変化。どこか諦観しながら開き直ってもいて、憎めない人間の性への目線はもはや哲学的な境地、とも言いたくなる。フロウにもヴァラエティがあってこれまでになく言葉が素直に届くのがいい。

佐藤英輔
 冒頭のエレクトリック・ギター音だけでコレは大好き、嫌いになれないと思ってしまった。良い弾き手だ。しかも、アフロビート他、肉感性ある諸表現の確かな咀嚼が見え隠れもする。そして、その総体は芯を持つファンキーなロックとして実を結んでいる。7年ぶりの新作だそうだが、以前持っていた印象よりもポップ・ミュージックとしていい意味での整合性を獲得しているのが胸を弾ませる。

宗像明将
 「相席屋に行きたい」を聴いた段階ですでに10点満点。和製アフロビートの金字塔すぎるだろ。「BAR」「サクセス」など、随所に濃厚なアフロの要素があり、歌詞から浮き出る悲哀や屈折とは裏腹に、強烈なグルーヴを生み出していて唖然とするほど。此岸のファンクすぎる。「ユニバーサルカルマ」は、陰謀論が蔓延する現代の希望。JAGATARAが好きな人も聴いたほうがいいと思う。

渡辺裕也(本誌編集部)
 かつて吉村秀樹がmooolsというバンドを「海外に行くとグランジになる」と評したことが(多分)あったが、同じく天才リリシストを擁するトリプルファイヤーの場合はどうだろう。アフロビートを経由した精緻なファンク・サウンドはもちろん、吉田の虚脱した声と節回しは、もうそれだけで個性の塊。たとえ日本語が伝わらない地域であろうと、この作品は唯一無二の魅力を放つに違いない。

以上の「クロス・レヴュー」も掲載されている2024年10月号、好評発売中!

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