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クロス・レヴュー 2024年9月号

「クロス・レヴューはミュージック・マガジンの重心を支える背骨みたいな存在だ。この雑誌は毎月発売されるレコードを幅広く取り上げ、できるだけ厳しく批評し、しかもその批評性を持続していくことで音楽の長い流れをしっかりと捉えるのを役目と心得ているが、その役目を集中的に象徴してきたのがクロス・レヴューの欄なのだと思う」――中村とうよう

ミュージック・マガジン増刊『クロス・レヴュー 1981-1989』に掲載された序文から

『ミュージック・マガジン』誌上で1981年から続く、注目アルバム7枚について毎月4人が批評して10点満点で採点するコーナー、“クロス・レヴュー”のWEB公開を始めます。評者それぞれの聴き方の違いを楽しんでいただくもので、アルバムの絶対評価を示すものではありません。より充実した音楽生活を送っていただくきっかけの一つにしていただければ幸いです。

今月の評者は以下の4名です。

池城美菜子
音楽ライター/翻訳家。音楽とブラック・カルチャーに関する映像作品ついて書いたり、訳したり、話したり。1995-2016年までニューヨークが拠点、以降は東京。訳書『カニエ・ウェスト論』、『How To Rap』。著書『ニューヨーク・フーディー』、『まるごとジャマイカ体感ガイド』。今年は字幕監修をがんばってます。Twitter:@minakodiwriter Note: https://note.com/minako_ikeshiro  Voicy:『池城美菜子のワーディーズ・ワールド』
志田歩
1961年東京生まれ。著書に「玉置浩二★幸せになるために生まれてきたんだから」(イースト・プレス)、「THE FOOLS MR.ロックンロール・フリーダム」(東京キララ社)がある。
油納将志
音楽ライター、編集者、プレイリスター。音楽だけでなく、英国のカルチャー全般を扱うメディア『British Culture in Japan』(https://bcij.jp/)を主宰。
伊賀丈晃(本誌編集部)
1994年生まれ。2018年ミュージック・マガジン入社、22年から弊誌編集部所属。一番聞いているのはヒップホップです。


※それぞれの評文についた○内の数字が点数です。(10点満点)

Charli XCX "Brat"

Atlantic

イギリスを代表するポップ・アーティストによる通算6枚目のアルバム。本作発表後にもロード、ビリー・アイリッシュとの共演シングルが話題に

池城美菜子
 エレクトロ/ハイパーポップ歌姫群の中で抜きん出つつ、半身は埋もれた印象だった彼女。6作目の本作でビヨーンと飛び出て、音の全景と本人が何をしたいのかがくっきりした。メイン・プロデューサーのAG・クックと相性がよく、流行に目配せしつつ、母になりたいのか自問するリリックはリアル。20年前から苦手なブランド、ヴォンダッチをカルト・クラシックと呼ぶのだけがマイナス。

志田歩
 キャッチーだが作り込みすぎず、ヴォーカルを軸にした風通しの良い作りが、聴く人を選ばないオープンな説得力となっている。見事なバランス感覚だと思う。音色の選び方もエレクトロニックでありつつ、懐かしさを感じさせる要素もある。とはいえおそらくこれは周到な計算というより、90年代生まれの本人の嗅覚によるものだろう。そんなふうに天然な気配も、チャーム・ポイントだ。

油納将志
 個人的な体験や感情、不完全さへの寛容、文化的、社会的批評まで、多岐にわたるテーマを、自らのルーツである00年代のレイヴや、ハイパーポップを用いてアグレッシヴにまとめ上げたことにまずは感服。彼女のインスタへの投稿が世界中に拡散したのは、カマラ・ハリスへの支持の賛同を超えた、この作品への共感が大きな波となって広まったからだろう。まさに今年の夏は彼女と共にある。

伊賀丈晃(本誌編集部)
 テイラー・スウィフトをはじめ、近年のポップ・スターが内省的でフォーキーな方向性に進んでいるのに対し、バキバキのエレクトロニクスを鳴らしながら歌うこのアルバムは、“ポップらしいポップ”の復権か。“ポスト・ハイパーポップ”という感覚がすでに生まれてきているとも感じられた。米大統領選に絡んだ妙なミーム化の話題を吹き飛ばすほどの、音楽的魅力がある作品だと思う。

クレイロ『チャーム』

Clairo "Charm"
VMG〔ユニバーサル〕 UICB1026

1998年アメリカ生まれのシンガー・ソングライターが、リオン・マイケルズをプロデューサーに招いた通算3作目。8月号に記事も掲載

池城美菜子
 セカンド・アルバム『スリング』は“いいのはわかる、だがつるっとして好みではない”タイプの作品だった。期待せずに聴き始めたら、おや、とってもいい。クレジットを見て納得。リオン・マイケルズを中心に、NYブルックリンのダップトーン(全肯定)関係者がプロデュースにがっつり関わっているのだ。結果、ソフト・ロックの要素が強まり、歌声と歌詞に奥行きが出て味わい深い。

志田歩
 リオン・マイケルズとの共同プロデュースの甲斐あって、アナログな機材を使ったサウンド・アプローチが古典的な温もりを感じさせる。ジャケットなどのヴィジュアルも馴染んでいて、すっかりこうした路線が板についているように感じられる。各トラックのサイズが3~4分というのもとっつきやすい。緻密な作業があったことは想像に難くないが、リスナーをリラックスさせる手際が見事だ。

油納将志
 今も十分に魅力的だが、もしかするとコリン・ブランストーンの『一年間』のようにひっそりと聴き継がれて、20年後に再評価されるような作品になるんじゃないだろうか。簡素な佇まいの前作と、ベッドルーム・ポップ然としたデビュー作の中間くらいの作品が出来上がるのではないかと思っていたが、この自らの声が活きるソウルなソフト・ロック路線は大正解。しっかり成長を遂げている。

伊賀丈晃(本誌編集部)
 ベッドルーム・ポップとヴィンテージ・ソウルの幸福な関係。プロデュースを手掛けたリオン・マイケルズは、ノラ・ジョーンズの最新作と合わせて、クレイロの前作を手掛けたジャック・アントノフのような、“売れっ子”プロデューサーとして躍進を続けていくような予感。それほど、毎回作風が変わるクレイロの作品の中でもかなり“決定打”感が強く、長年語り継がれることになる気が。

Dos Monos『Dos Atomos』

Dos Monos(配信)

荘子it、TaiTan、没 aka NGSから成るトリオが”第二期”始動を宣言して発表した3年ぶりの新作。大友良英、松丸契などのミュージシャンも多く参加

池城美菜子
 才気走る、とはまさに。走りすぎてジェイペグマフィアと同レーベルになり、ロック・バンドになった作品、なんだそうだ。3MCの掛け合いが肝のグループである以上、エクスペリメンタル・ヒップホップとして聴く(それは聴き手の自由と権利)。大友良英のノイズが冴える「QUE GI」が特に好き。ヘッドフォンで聴くと説教に聞こえる系でもあり(ザ・ルーツと一緒)、スピーカーがおすすめ。

志田歩
 全体像を把握するまでにはまだ時間がかかりそうだが、とにかくサウンドが刺激的。ちまちましたバランスを気にするのは後回しにして、やりたいことをひたすら詰め込んでいったと思しき攻めの姿勢が痛快だ。次の曲ではいったい何が飛び出してくるのだろうと身構えてしまいそうなスリルは格別。ライヴでこのテンションのエネルギーを浴びたら、病みつきになってしまいそうな気がする。

油納将志
 いきなりバンド・サウンドになって驚かされたが、ブラック・ミディとの欧州ツアーがきっかけとなったのだろうか。とは言え、ミクスチャー・バンドがヒップホップを取り入れたような感じではなく、ラップ・グループがロックを一要素として導入した印象が強い。どちらが良い、悪いではなく、違和感はまったくおぼえない。むしろ、自然に感じるほど、この音がしっくりときている。

伊賀丈晃(本誌編集部)
 この間の活動を考えればこの大胆ともいえる飛躍にも合点がいくし、先日のリリース・パーティーでの熱狂にも“音楽ファン”として大いに興奮させられた。「UNDO」のように、作為などなしに突っ走る原始的な衝動を感じさせる瞬間が特に素晴らしい。が、“ヘッズ”としてはラップの身体性に物足りなさを感じる瞬間もあり、少しモヤモヤ。その異物感含めての存在感、魅力ではあるのだが。

長谷川白紙『魔法学校』

ブレインフィーダー〔ビート〕 BRC768

ブレインフィーダーからのリリースとなった、5年ぶりのセカンド・フル・アルバム。8月号にはロング・インタヴュー+ディスコグラフィの特集記事を掲載

池城美菜子
 音も言葉も才能も過剰に溢れ出て、こちらの受け皿の余白がないとうっかり聴けない。ジャズ作曲家の挾間美帆が参加した「恐怖の星」は、ヘッドフォンだと“わ、うるさ!”となった(だって過剰)。トーン・ダウンした後半がとくに美しく、好き。ブレインフィーダーとの契約…といった説明が煩わしいほど独自路線で突っ走っている人であり、本当に本当にすばらしい。あとは自分の余白の問題だ。

志田歩
 なんか迸っているものがあるのは分かるし、表現が説明的になるのを避けているのは真摯さや誠実さの現れだと思う。とはいえ意図的にだとは思うが、歌詞カードを見ていても置き去りにされそうなくらい歌詞が聞き取りにくいノイジーなトラックが続くのは疲れた。ラストの「外」で、穏やかな響きによるカタルシスを生み出しているのは巧みだと思う。初のツアーを経ての変化にも期待したい。

油納将志
 不感症になってしまったのだろうか。刺激に満ちたサウンドなはずなのに、気持ちは音楽の側に駆け寄るのではなく立ち止まったまま。時間を置いて、もう一度聴いてみても同じだった。映像と一緒だったらどうだろうとMVを観てみたら、余計にわからなくなってしまった。アルバムの中ではむしろ異色に感じられる、美しいヴォーカルとハーモニーの「禁物」だけは通じあえた気がした。

伊賀丈晃(本誌編集部)
 速すぎてもはやグラインド・コアかと思うほどの「行っちゃった」で一発KO。思索と身体が渾然一体となった、完璧なエクスペリメンタル・ミュージック。公開された「THE FIRST TAKE」を見る限り、ツアーも凄いことになりそう。その「外」の映像のコメント欄を見ると、すでにアンセム的な人気を博していて、今月の特集「Jポップ・ベスト・ソングス100」の“20年代編”はできないのでは?という心配は吹っ飛びました。

ノーウォーリーズ『Why Lawd?』

NxWorries "Why Lawd?"
ストーンズ・スロウ STH2500JP

アンダーソン・パークとナレッジによるユニットが8年ぶりに再始動、セカンド・アルバムをリリース。サンダーキャット、H.E.R.などゲスト陣も参加

池城美菜子
 ガハハ笑いが目印のアンダーソン・パークが、離婚劇で半べそ状態で歌うソウル・アルバム。8年前の1作目でお礼を言っていた神様になぜ?と問いかけつつ、相棒のナレッジと完璧な間合いで聴き手を泣き笑いさせる。スヌープ、チャーリー・ウィルソン、H.E.R.、アール・スウェットシャツ、サンダーキャットと、アンダーソンの知名度に見合った豪華なゲストも的確。西海岸を強く感じる傑作。

志田歩
 さまざまな時代のブラック・ミュージックのエッセンスを活かしつつ、ヴォーカルにフォーカスした丁寧なプロダクションが素晴らしい。快く聴いていると、声に惹かれていき、『ホワッツ・ゴーイン・オン』を連想したりするうち、先月号の小野島大さんのレヴューを読んで、なるほどと腑に落ちた。レヴューの資料に歌詞もつけてくれていたら、もっと高い点数をつけた可能性濃厚です。

油納将志
 アンダーソン・パーク版の『離婚伝説』とも言うべき作品か。彼と元妻との別れがこの作品の原動力となっているのは確かだが、彼女に対して悪態をついたり、女性へのリスペクトに欠けたりと、シルク・ソニックで築き上げた名声を自ら地に落とそうしているようにしか思えない。そこまで自暴自棄には思えないし、この人の素が出てしまっているのかなと思うとなんとも聴いているのがつらい。

伊賀丈晃(本誌編集部)
 殺人的に暑い夏の日々によく効く清涼剤のような一枚。 'Daydreaming' を聴きながら微睡む昼下がり。シルク・ソニックと同じくスウィートなソウルだが、ナレッジのプロダクションはヒップホップを通過している分、アンダーソン・パークが綴る別離へのほろ苦い思いがノンフィクション性を増して響く。ラスト 'WalkOnBy' のアール・スウェットシャツの美しいヴァースとの相性も抜群!

トクマルシューゴ『Song Symbiosis』

トノフォン TONO14

世界各地の民謡やフィールド・レコーディングも取り入れた、8年ぶりとなる新作。8月号にインタヴュー記事を掲載

池城美菜子
 すべてのアートに毒と刺激を求める習性を、なんとかしなくては、と常々思っている。緻密な音のレイヤー、圧倒的な演奏力、澄んだ歌声。“曲の共生”なのか“共生する音楽”なのか。テーマまで澄み切って、罵詈雑言に満ちたラップを好む私は謝りたくなる。と、耳慣れぬ言語が。ネパールのフォーク・ソング。山の民の美しいラヴ・ソングだが、英訳を探したら一滴の毒があった。これで大丈夫。

志田歩
 他の者には真似できないような独自の境地をひたすら邁進しているにもかかわらず、楽曲はあくまでも人懐っこくてしなやかな生命力に満ちている。相当な時間をかけているが、作り込むというより、良い味が出るまで漬け込んだかのように健やかな味わいで、体の内側に養分が染み込んでくる。作る側の自由な発想が、音楽を受け取る方にも新たな自由をもたらしてくれそうな傑作だと思う。

油納将志
 20年というキャリアがなせた作品なのか、それとも21年目に足を進める挑戦なのか。100以上の楽器・非楽器を用いて奏でられた耳馴染みの薄い音色が美しい層になるように配置され、歌自体がアンビエントというか、その中でふんわりと包まれながらの歌唱は心を安らかにしてくれる。音楽で世界一周を旅しているような展開で、なんとなく無印良品の音楽にぴったりだと感じた。

伊賀丈晃(本誌編集部)
 ローカルとワールド。パーソナルとユニヴァーサル。BGMとライヴ・ミュージック。新しさと懐かしさ。いろんな背反する概念が、この作品のなかに違和感なく同居している。それはトクマルシューゴという音楽家に対して私が抱く、“音楽が立って歩いて話してる”というようなイメージと直結するような感覚だ。最近の“新しい日本のトラディショナル・ポップ”的な聴き方をしてもまた刺激的。

『エヴリワンズ・ゲッティング・インヴォルヴド:ア・トリビュート・トゥ・トーキング・ヘッズ・ストップ・メイキング・センス』

"Everyone's Getting Involved: A Tribute To Talking Heads' Stop Making Sense"
A24〔ビッグ・ナッシング〕 A24M026JCD

トーキング・ヘッズの名作コンサート映画『ストップ・メイキング・センス』の4Kリマスター版の公開に合わせて企画された、現行アクトによるトリビュート・アルバム

池城美菜子
 この手の企画は大好物。とくにトーキング・ヘッズ・ヘッドではなく、とうとう音楽界にも進出したか、のA24のリマスター版もまだ観ていない(スパイク・リー作品は観た)。それでも、楽しめた。カヴァーするアーティストがジャンル、世代がバラけているのがいい。ケヴィン・アブストラクトとティーゾ・タッチダウンがまず気になったが、去年から絶好調のマイリー・サイラスが弾けていて◎。

志田歩
 40年も前のことだったというのが信じられない。トーキング・ヘッズだけでなくトム・トム・クラブの曲もしっかりカヴァーされてて、しかも当時の何か新しいものって感じがちゃんと伝わってくる。ザ・ナショナルの「ヘヴン」が、楽曲のスタンダードな魅力を引き出しているのが新鮮だった。ただこの企画自体は楽しめたが、あまり仰々しく意味合いを述べるような気にはならなかった。

油納将志
 1曲目のマイリー・サイラスによる、サビまでこないと「サイコ・キラー」とは気付かないペット・ショップ・ボーイズなアレンジが最高。それぞれが思い思いにアレンジするトリビュート作の魅力が最大限に広がっている。ここには収録されなかったが、同タイミングでリリースされたセイ・シー・シーの「スリッパリー・ピープル」のカヴァーもすばらしいので、ぜひ聴いてみてほしい。

伊賀丈晃(本誌編集部)
 映画『ストップ・メイキング・センス』をA24が再上映する、と聞いたときに感じた“やられた!”という感覚が、この企画盤にもしっかりある(あざとさも感じつつ)。カヴァーの出来には正直バラつきがあるものの、パラモア、ガール・イン・レッドをはじめ非男性アクトにいいカヴァーが多く、トーキング・ヘッズの“マッチョじゃなさ”が際立つ形に。そういうところが好きだなと再認識した。

以上の「クロス・レヴュー」も掲載されている2024年8月号、好評発売中!

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