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クロス・レヴュー 2024年5月号

「クロス・レヴューはミュージック・マガジンの重心を支える背骨みたいな存在だ。この雑誌は毎月発売されるレコードを幅広く取り上げ、できるだけ厳しく批評し、しかもその批評性を持続していくことで音楽の長い流れをしっかりと捉えるのを役目と心得ているが、その役目を集中的に象徴してきたのがクロス・レヴューの欄なのだと思う」――中村とうよう

ミュージック・マガジン増刊『クロス・レヴュー 1981-1989』に掲載された序文から

『ミュージック・マガジン』誌上で1981年から続く、注目アルバム7枚について毎月4人が批評して10点満点で採点するコーナー、“クロス・レヴュー”のWEB公開を始めます。評者それぞれの聴き方の違いを楽しんでいただくもので、アルバムの絶対評価を示すものではありません。より充実した音楽生活を送っていただくきっかけの一つにしていただければ幸いです。

今月の評者は以下の4名です。

木津毅
1984年生まれ。インディ・ロックやポップスを中心に執筆。
塚原立志
1961年生まれ。愛知県在住。介護老人保健施設運営。自然と歴史を愛するウルトラ・ランナー。地域では男女共同参画普及員。得意分野はワールド・ミュージックとフリー・ジャズと郷土史。
原雅明
ジャズを書く機会が多いがジャズ評論家ではない単なる物書き。ringsレーベルのプロデューサー、選曲家。
伊賀丈晃(本誌編集部)
1994年生まれ。2018年ミュージック・マガジン入社、22年から弊誌編集部所属。一番聞いているのはヒップホップです。


※それぞれの評文についた○内の数字が点数です。(10点満点)

Les Amazones D'Afrique "Musow Danse"

Real World

西アフリカ諸国の人気女性シンガーたちが集結したスーパーグループの3作目。今回のプロデュースはジャックナイフ・リー(U2、R.E.M.など)

木津毅
 アフリカの女性をエンパワーメントするというグループの目的が明確であるために、サウンドもある種の明快さで貫かれていて爽快に聴ける。プロデューサーがヴェテランのジャックナイフ・リーというのに驚いたが、アフロ・ポップとクラブ・ミュージックの手法をソツなくミックスしている。逆に言うと、もっと破壊的に実験的なトラックやさらにラディカルなメッセージも聴いてみたい。

塚原立志
 17年のデビュー盤は一度聴いて島流しに。元メンバー、ロキア・コネのソロ作は本作と同様、ジャックナイフ・リーがプロデュース、シンセとプログラミングを担当。歌を台無しにしていた。本作もご多分に漏れず。最後まで聴き通すには忍耐力がいる。もっとも当人たちは開き直り、白人プロデューサーの手のひらの上で楽しそうに歌っているが…。80年代末のマホテラ・クイーンズを連想した。

原雅明
 力強いメッセージとそれを増幅するプロダクション。前作はコンゴトロニクスを手掛けたドクター・Lことリアム・ファレルが、本作はジャックナイフ・リーがプロデュースしたが、その音楽性に大きな変化はない。ポリフォニックなメロディもダビーなベースも高域を強調したシンセもしばしば過剰に感じる。6、7曲目あたりのヴォーカルのハーモニーを聴かせる曲は時代性と合致していると思う。

伊賀丈晃(本誌編集部)
 ジャックナイフ・リーのプロデュースによる音像が妙に“グローバル風”で、西アフリカ各地の豊かなサウンドを標準化してしまっている感もあるが、これが全世界で広く聴かれるべき作品であることと、全体を貫く芯を形作っているとすると腑に落ちる。注目すべきは使用されている言語の多さであり、随所で聴かれる多声ハーモニーであろう。そこから“連帯”という重要な主題が浮かび上がる。

粉川心『touch the subconscious』

ブリリアント・ワークス BRWS006

jizueの元メンバーでもあるドラマー/即興独奏家による4年ぶりの2ndソロ・アルバム。石若駿、Shing02、山本精一、和久井沙良などがゲスト参加

木津毅
 エレクトロニック・ミュージックの実験要素をふんだんに取りこんだドラマーによる作品で、四半世紀前頃のポスト・ロックやIDM/エレクトロニカが隆盛していた時期のテンションが最前線に踊り出たような感覚を孕んでいるのに痛快さを覚える。楽曲ごとに異なる緊張感があるのはセッション音楽ならではの美点。とくにGOMAと共演したドローン・サウンドの静かな迫力に息を呑んだ。⑧

塚原立志
 相手から送られてきた即興録音に自分の即興をかぶせて送り返す。99年に英国のデレク・ベイリーとオランダのハン・ベニンクとが初めて試み、“ポスト・インプロヴィゼーション”と名づけた。「特別な霊性を宿し…強いエネルギーを放っている人」たちとコラボした本作もこの手法がとられたとみる。直感的な自然発生性が感じとれる一方で、衝動を抑えたクールな態度で貫かれているためだ。

原雅明
 「cosmic circle」という曲は石若駿と橋本現輝を加えたドラマー3人(+勝井祐二)による演奏だけど、拍を埋めていっても無駄な重なりなどなく、ガチャガチャもしていない。何より音楽的だ。マックス・ローチのウン・ブームを思い出しもした。3人の演奏の様子は、MVを見て少し具体的に想像できた。他の曲のゲスト・プレイヤーとの演奏もそれぞれに聴き応えがある。

伊賀丈晃(本誌編集部)
 “鉄でできたクジラ”というShingo02によるフレーズが登場する2曲目はまさに“インダストリアル”な響き。“濃霧”というタイトルがつけられた4曲目はアンビエンスたっぷりのプレイ。かように、ゲスト陣を引き込んでか引き込まれてか、様々な音響を駆使して作品世界が広がっていくのが聴いていて楽しい。その意味ではドラマー3人による“音の宇宙”がめくるめく展開する3曲目が白眉。

ジュリアン・ラージ『スピーク・トゥ・ミー』

Julian Lage "Speak To Me"
ブルーノート〔ユニバーサル〕 UCCQ1198

現代ジャズ界の最重要ギター・プレイヤーの一人。今回はジョー・ヘンリーをプロデューサーに迎え、ルーツ・ミュージックを掘り下げた1枚。4月号に記事も掲載

木津毅
 近年多層的な広がりを見せるアメリカーナにおいて、作り手の解釈をどのように込めるかが重要だと考えている。ラージは本作でコンセプト以上に卓越したギターの演奏に託してアメリカの多様さ、広大さを描き出す。精巧でありながら独特のゆるさもあり、ルーツに対する自由な再訪を実践する態度がとにかく気持ちいい。気ままさのなかに、現在のアメリカに対する鋭利な批評性が宿っている。

塚原立志
 天才ジャズ・ギタリストの新作は、クラシック・ギターの素養に加え、フォーク、カントリー、ブルース、ロック、ジョン・ケージの前衛音楽など米国の多様な音楽遺産を網羅した壮大な内容。緻密なアレンジと超絶技巧からなる楽曲にスキはなく、マニアの知的好奇心をくすぐること疑いなし。反面、土臭さ、色っぽさ、不良っぽさはカケラもない。音そのものは心地よいので、いっそ眠るのも手だ。

原雅明
 これまでのトリオのアルバムでのアメリカーナの探求とシャープでエッジの立った音像は、典型的なジャズ・ギターの世界を刷新するものだったが、ジョー・ヘンリーのプロデュースは、そのギターを物語性のある世界に向かわせた。インストながら歌も想起させるような世界であり、ジャズ的な即興性を損なうことなく作曲された音楽との融合がよりスムーズにハイ・レヴェルで図られている。

伊賀丈晃(本誌編集部)
 ギタリスト、作曲家、アレンジャー、音楽研究家…これらの一つの分野をとっても、この作品に結実するには相当の研鑽が必要なはず。それなのにそれを(主に)一人で、という…。でもだからこそ、直観と経験と知識が直結しているかのようなある種の明瞭さが出ているのかも。個人の趣味的に、ギター・インスト作品は集中して聴き通すのが難しいのだが、これほど饒舌であれば話は別。

Mannequin Pussy "I Got Heaven"

Epitaph

米ペンシルヴァニア出身の4人組パンク~インディ・ロック・バンドの通算4作目。4月号にインタヴューも掲載

木津毅
 ここのところ盛り上がる90年代オルタナティヴ・ロックのリヴァイヴァルも、そこにどのような解釈が含まれているかが重要だ。ハードコア・パンク・シーン出身のマネキン・プッシーは個人の女性の声がクィアと女性たちによるポリフォニックなものになりうることを、パンクの伝統を尊重しながら表現しているのが現代的。その自覚がより明確になり、サウンドも拡大した飛躍作である。

塚原立志
 歪ませた轟音ギター。炸裂するドラム。唸るベース。強烈なシャウトとスクリーム。と、ハードコア・パンクは一転して浮遊感のある甘いメロディになる。それは心の中の怒りと優しさの両面を表わしている。たとえば 'Of Her'。母親の役割、ケアする役割を女性に押しつけてきた社会に対し爆音で抗議すると共に、犠牲を強いられた母親たちへの感謝を伝える。そんな問題意識の高さも魅力である。

原雅明
 轟音ギターの背後にもオーソドックスなメロディとハーモニーが見え隠れする。パンクとパワー・ポップの間を上手く行き来しているような音だ。作曲にも関わったプロデューサーのジョン・コングルトンによる適度なトリートメントが効いているのか、録音物としてはよくデザインされているが、当たり障りがない。AIを使ったと批判されていた彼女らのMVとどこか重なるイメージだ。

伊賀丈晃(本誌編集部)
 半ば“伝統的”とも思えるようなオルタナ~インディ・ロック的要素と爆発的ハードコア・サウンド。キリスト教的モチーフと解放を渇望する衝動。これらの一見すると破綻や矛盾をきたしそうなピースたちが、不思議なことにまとまりもあって純度も高い、しかもポップな1枚に組みあがっている点にこのバンドのすごみがある。孤高の遠吠えのような2曲目、とびぬけてヘヴィな6曲目が最高。

ファビアナ・パラディーノ『ファビアナ・パラディーノ』

Fabiana Palladino "Fabiana Palladino"
ポール・インスティテュート〔ビート〕 PAULINST0023CDJP

ピノ・パラディーノを父親にもつシンガー・ソングライター/マルチ奏者のデビュー・フル・アルバム。4月号にインタヴューも掲載

木津毅
 これも80年代R&Bの現代的な解釈で、サウンドのフォルムとしてよく出来てはいるのだが、メロディやアレンジやプロダクションで曲ごとにそれぞれ既視感があるというか、どこか表面的な印象が否めない。本人の弁では内省的な作品ということだそうで、きらびやかなシンセ・サウンドとメランコリーの対比が聴きどころでありつつ、もう少し生々しいエモーションを感じたかった気が。

塚原立志
 手作りによるシンプルでレトロなエレクトロ中心のバック・トラックと、R&Bに影響された甘く切ない歌の取り合わせ。80年代のMTVブームの中、飽きるほど聞こえてきた英国ニュー・ウェイヴ/エレクトロ・ポップを意識した音づくりに時の流れを感じた。当時と違うのは孤独で不安な気持ちをつづったスロー・ナンバー中心であること。この点ではブルー・アイド・ソウルのイメージに近い。

原雅明
 父のピノや兄のロッコらの参加とジェイ・ポールのプロデュースによる、80年代のシンセ・ポップやハイブリッドなソウルを基盤にした丁寧なプロダクションは、とにかく非の打ちどころがない。現代的にアップデートされた部分も流石と思わせるのだが、それに勝るだけの何かをヴォーカルには感じられなかった。ただ、レトロに振り切ってない「In The Fire」という曲では魅力を感じた。

伊賀丈晃(本誌編集部)
 リード曲の6曲目を聴いて、ストレートな70~80'sサウンド回帰ものだと思っていたのだが、アルバムを通して聴くとその感は希薄で、電子打楽器音の使用がときにストレンジな印象すら与える。トリップ・ホップ的ダークさもある。決して新しいサウンドではないが、懐かしさ一辺倒でもない。そこはかとなくちらつくプリンスの影は、プロデュースも務めたジェイ・ポールによるものか。

soraya『soraya』

B.J.L. X AWDR/LR2 〔スペースシャワー〕 DDCB13056

ジャズをバックボーンに持つミュージシャン二人=壷坂健登と石川紅奈によるポップス・ユニットのデビュー作。4月号にインタヴューも掲載

木津毅
 心地いいポップスのなかに高度な音楽性に支えられた冒険を忍ばせていることに志の高さがある。ただし聴き手を挑発することはなく、あくまで穏やかで温か、かつ幻想的な世界を描き出すことに注力している。柔らかい歌とファンタジックな歌詞によって立ち上がる情景に自分は引っかかるところを感じず、打ち解けられない気持ちになるのだが、この優しい世界では見当違いな態度なのだろう。

塚原立志
 楽園願望の歌詞も、オリエンタルなエキゾ趣味も、ヴァン・ダイク・パークス直系のバウンスするグルーヴも細野晴臣トロピカル3部作そのままだ。ピアノやリズム・ボックスを使った童謡調は矢野顕子。ピュアでアンニュイなムードは大貫妙子。ときどき荒井由実とコムアイ。全体を貫くのは、ジャズ畑の二人らしく、ミルトン・ナシメントらの70年代ブラジリアン・フュージョンだったりする。

原雅明
 装いはポップスながら、ジャズがベースにあることが要所要所で分かる、洗練されたミュージシャンたちによるクオリティの高い演奏だ。ちょっと気怠さのあるヴォーカルには、惹き付ける力も感じる。丁寧に歌われているし、ディテイルにこまやかな配慮がされている演奏であり、録音だとも思う。ただ、歌が時に意味性を外れていき、言葉以上の響きを生むような瞬間までは感じられなかった。

伊賀丈晃(本誌編集部)
 “メジャー感”という言葉が音圧の高さと華美なアレンジを指すようになって久しいが、sorayaはある種それとは逆行する方法で、極めて“メジャー”っぽいサウンドを確立している。地に足の着いたアレンジ、演奏、歌詞ながらインディー志向ではなくてまっすぐで開かれたポップスを、というのはスキルに裏打ちされたセンスがあって初めて成立する芸当。てのひらの上で大事にしたい音楽。

フェイ・ウェブスター『アンダードレスト・アット・ザ・シンフォニー』

Faye Webster "Underdressed At The Symphony"
シークレトリー・カナディアン〔ビッグ・ナッシング〕 SC491JCD

米アトランタ出身のシンガー・ソングライター。ネルス・クライン(ウィルコ)に加えて、中学校からの友人であるリル・ヨッティの参加も話題に

木津毅
 ウィルコのネルス・クラインが参加し、相変わらずいい音のギターを聴かせているが、彼らのディスコグラフィでいえば『スカイ・ブルー・スカイ』のような、柔らかさとレイドバック感がある一枚。ある意味では保守的ということでもあるのだが、安定した環境でソングライティングを磨くことに集中したのだろう。歌の抑揚や発声もよくコントロールされており、若くして成熟味を醸している。

塚原立志
 フォーク、カントリーを背景に持つアトランタ在住のインディ・ポップ・シンガー5作目。美しく儚げなメロディと、ダブル・トラックによる気だるく憂いを帯びた少女っぽいウィスパー・ヴォイス。ブロッサム・ディアリーを思わせる。浮遊感あふれる甘いスティール・ギターとの取り合わせがまたいい。音数を抑えたギター、ピアノ、ドラムス、フルート、ストリングスなどの使い方も申し分ない。

原雅明
 "Car Therapy Sessions" での彼女の歌とトレイ・ポラードのオーケストラ・アレンジとの相性がとても良くて、昨今のシンガー・ソングライターの中では特に気になる存在だったが、本作では再び自分のバンドに戻ってきた。とはいえ、ストリングスも良い塩梅で使われていて、ゆったりとした展開の曲は特に良い。そこに「いつも辞めたいと考えている」と淡々と歌うのも。

伊賀丈晃(本誌編集部)
 カントリーの要素を取り入れたベッドルーム・ポップ、という基本路線は変わらず。柔和で心地よいトーンが全体を貫くゆえに、ドキッとさせるようなアレンジの2曲目や4曲目、ユーモラスな歌詞の5、8曲目に惹かれる。逆に5分を超える“長尺”の1、6曲目では執拗なほどに同じレーズが繰り返し歌われ、少し辟易。だったら10曲で20分とか、そういう潔さがあってもよかったかも。

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