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クロス・レヴュー 2024年6月号

「クロス・レヴューはミュージック・マガジンの重心を支える背骨みたいな存在だ。この雑誌は毎月発売されるレコードを幅広く取り上げ、できるだけ厳しく批評し、しかもその批評性を持続していくことで音楽の長い流れをしっかりと捉えるのを役目と心得ているが、その役目を集中的に象徴してきたのがクロス・レヴューの欄なのだと思う」――中村とうよう

ミュージック・マガジン増刊『クロス・レヴュー 1981-1989』に掲載された序文から

『ミュージック・マガジン』誌上で1981年から続く、注目アルバム7枚について毎月4人が批評して10点満点で採点するコーナー、“クロス・レヴュー”のWEB公開を始めます。評者それぞれの聴き方の違いを楽しんでいただくもので、アルバムの絶対評価を示すものではありません。より充実した音楽生活を送っていただくきっかけの一つにしていただければ幸いです。

今月の評者は以下の4名です。

天井潤之介
1976年生まれ。東京出身。仕事では海外のインディ・ロックについて書くことが多いです。
かこいゆみこ
1958年生まれ。フリーランスの音楽ライター歴30年以上。ジャンル不問で少し変わったモノに惹かれます。
林剛
R&B/ソウルをメインとする音楽ジャーナリスト。刺激的な音楽に囲まれて毎日が楽しいです。
渡辺裕也(本誌編集部)
1983年生まれ。福島県出身。ライターとして音楽関連の文章を雑誌/Webメディア等に寄稿。2021年9月からミュージック・マガジン編集部に参加。


※それぞれの評文についた○内の数字が点数です。(10点満点)

アナ・ルア・カイアーノ『ヴォウ・フィカール・ネステ・クァトラード』

Ana Lua Caiano "Vou Ficar Neste Quadrado"
ライス〔オフィス・サンビーニャ〕 INR3252

4月号の特集「ポルトガル音楽とエレクトロ・シーン」でも取り上げられた、ポルトガル・リスボンのフォークトロニカ・アーティストのデビュー作

天井潤之介
 土着的なマナーをサウンドの実験によってモダンな表現に落とし込む。ビョークやロザリアに通じる大志を感じるし、ただ両名ほどグローバルな感性が成熟してないゆえに留められた粗野な手触りが彼女の魅力だと思う。電子音楽とインダストリアルと伝統民謡の交わりが生む“雑味”が刺激的。プリンシペを通じてリスボンの活況は聞いていたが、その広がる先に彼女のような存在もいるのだろう。

かこいゆみこ
 ポルトガルの伝統音楽とエレクトロニクスを融合した音楽性で注目を集める若き才能の1作目。彼女が取り上げるのはポルトガルの田舎に息づく民謡で、力強い歌声やパーカッションの使い方も相俟って、実に骨太で野性的な迫力に満ちている。ビョークの影響は色濃いが、クラブ・ミュージックの要素は希薄。活況を呈するリスボンの音楽シーンの中でも未知の可能性を感じさせる逸材だ。

林剛
 初めて知った。ファドとは別種だというポルトガル民謡についても知識ゼロだったが、それとエレクトロニクスの融合という謳い文句通りの音像でたたみかけるカッティング・エッジなセンスに才気を感じた。一気呵成の28分。リリックの内容は理解できなかったものの、歌声自体が主張していて急進的な人だと分かる。ハーモニーも巧みだ。が、巧みすぎて無機質で平板に感じられる瞬間もあった。

渡辺裕也(本誌編集部)
 打楽器のリズムやヴォーカル・メロディの譜割りは、ポルトガル伝統音楽の匂いを確かに感じさせる。一方、重低音が効いた現代的なサウンド・プロダクションは欧米のメインストリーム・ポップと比べても遜色のない仕上がりで、ボトムが太くてミニマルなトラック上でクールな存在感を放つ歌声には、ビリー・アイリッシュやロザリアといったアーティストとの同時代性も感じとれる。

ジャスティス『ハイパードラマ』

Justice "Hyperdrama"
ヴァージンLAS〔ユニバーサル〕 UICB1025

フレンチ・エレクトロを代表するユニットによる、約8年ぶりの新作。シングル曲にはケヴィン・パーカー(テーム・インパラ)も参加

天井潤之介
 イタロ・ディスコとヘヴィ・メタルをキメラ化した往時のマキシマリズムを端々に感じることができる。その大胆不敵さはハイパーホップもそそのかした彼らの美学だったが、今作の充実度の高さはデビュー作以来と言えるかも。スタジアム・ロックの重量感、ミゲルを迎えたフレンチ・タッチ、アナログ・シンセのフリークアウト。すべてのパーツが有機的に絡み合い、壮大な没入感を演出している。

かこいゆみこ
 ディストーションの効いたノイジーなエレクトロ「ジェネレーター」の不穏なカッコ良さがいかにも彼等らしい。テクノ、ファンク、ディスコと異なるビートを際立たせながら同居させる手並みは流石。全体的には流麗かつ危険な香りも漂うディスコという印象で、テーム・インパラやサンダーキャット等、多彩なゲストが甘美なヴォーカルで盛り上げる。大空間のダンスフロアで聴きたい音だ。

林剛
 コーチェラの配信を少し観てダフト・パンクを思い出した後に接した久々の新作。ハードコア・テクノを軸に、洒落たベース・ラインを伴う往時のディスコなどとの合体を狙った多彩でポップなエレクトロが連なる展開は、いわば最新型の“ヨーロッパ特急”。ミゲルを迎えたクールな近未来型R&B、サンダーキャット客演の終末感漂うガバと、二人ともに甘美な裏声を放つ終盤2曲が艶やかで上質。

渡辺裕也(本誌編集部)
 数多のフォロワーを生んだ1stアルバムを彷彿させる力作。ただ、今作では彼らの代名詞である歪んだシンセ・ベースの過剰さよりも、甘いメロディと音色が醸し出すエレガンスの方が際立っている。アラン・ブラクスに捧げた5曲目が象徴するように、これは自身の歩みとシーンの歴史を再訪してみせることで、彼らが00年代に切り開いたフレンチ・タッチの真髄を再提示する1枚なのだろう。

クレア・ラウジー『センチメント』

Claire Rousay "Sentiment"
スリル・ジョッキー〔ヘッズ〕 HEADZ263

LAのエクスペリメンタル・ミュージック・シーンの重要人物がスリル・ジョッキーに移籍してリリースした最新作

天井潤之介
 スロウコアの新たな担い手。コデイン初来日の余韻が冷めやらぬ耳には特にそう感じる。彼女が標榜する“エモ・アンビエント”のエモとはそもそも、スロウコア同様に80年代ハードコアの反動として登場した内省的な音楽スタイルであったこと。彼女のクワイエットな音楽はそんな記憶を思い起こさせてくれるようだ。ジェンダーの揺らぎを表現するようなオートチューンの繊細なタッチも素晴らしい。

かこいゆみこ
 告白めいたポエトリー・リーディングで始まる1曲目から完全に世界に引き込まれてしまった。アンビエント/音響作家として知られるトランスジェンダー女性の新作は、驚くほど率直に自分の感情を伝えてくる。淡々としたヴォーカルとギター、弦楽器、ドローンが織りなす音響は遙か遠くから聞こえてくる木霊のようで、現実と夢想を行き来する孤独な魂の自己セラピーの趣がある。

林剛
 不思議なもので、若干の距離感を覚えつつも、“フランク・オーシャン以降”などと言われるインディ・ロック的なR&Bと変わらぬ感覚で聴けてしまった。特にオートチューン加工のヴォーカル曲では様々な境界線が取り払われ、どこに属すわけでもないアンビエントで幻想的なムードに現在彼女が住むLAの空気を強く感じた。形骸化した実験性から緩やかに逸脱しようとした引き算の実験感覚。

渡辺裕也(本誌編集部)
 エクスペリメンタル/アンビエントの作家として高く評価されてきたクレア・ラウジーが、簡潔なポップ・ソングへと振り切った意欲作。フィールド・レコーディングにドローンとアコギの爪弾きを重ねたトラック上で、低体温のオートチューン・ヴォイスが静謐な歌を紡ぎ続ける全10曲(日本盤は+2曲)。アートワークさながら、ベッドルームでまどろみながら聴くのに最適な一枚かも。

RYUSENKEI『イリュージョン』

アルファ〔ソニー〕 MHCL3082

クニモンド瀧口のソロ・プロジェクトが新ヴォーカル=Sincereを迎えて、新生アルファミュージックから発表した新作。5月号にインタヴューも掲載

天井潤之介
 デザインされた演奏の滑らかな耳馴染みに魅力を覚える。一つひとつの楽器の音色が粒立ちながらも有機的にまとまり、確かな“意匠”のようなものが作品を通して立ち上がる。歌詞には硬質なメッセージ性も窺えるが、ヴォーカリストの軽やかだが芯のある歌声がメロディーとの響きに余韻を持たせている。いわゆる“シティ・ポップ”とは縁の薄い自分だが、抑制と洗練の絶妙な匙加減に惹かれた。

かこいゆみこ
 ク二モンド瀧口が作る美しくもメロウな楽曲には、往年のシティ・ポップがもたらす高揚感よりも少しメランコリックなニュアンスを感じる。それはアルファミュージックの総帥、村井邦彦の世界にも通じる感覚だ。リチャード・バックの同名小説にインスパイアされたという今作。透明感溢れるフレッシュなシンシアのヴォーカルが、成熟した新時代のシティ・ポップにマッチしている。

林剛
 新生アルファ第1弾はこれ以外ありえないと思わせる、伝説感のある新作。基本は“流線形”時代のまま、現在シティ・ポップと称される音楽をリアルタイムで浴びたクニモンド瀧口が若手含む演奏者たちとオマージュ込みで洒脱にまとめ上げている。固定メンバーとなったシンシアの澄ましたようで丸みを帯びた声も涼風を運ぶ。音楽批評という行為が野暮に思える心地好さだが、“物申す”曲も。

渡辺裕也(本誌編集部)
 高度経済成長期の都市を舞台としたファンタジー、あるいはノスタルジアを描いたリゾート・ミュージックとして、もはや様式美すら感じる完成度の高さ。ところが不意に耳をつくリリックの鋭さに、じつはこれが現代社会が抱える不安を題材とした作品だと気づかされる。耳馴染みの良さとは裏腹に、シティ・ポップをあくまでもアクチュアルな音楽として2024年に鳴らそうとする気迫を感じた。

St. Vincent "All Born Screaming"

Total Pleasure

21世紀を代表するギタリスト/シンガー・ソングライターの一人が、初となるセルフ・プロデュースで制作した最新作。5月号にインタヴューも掲載

天井潤之介
 70年代ロックのオールド趣味に寄った前作の反動か、随所を飾るグランジ風のギターやインダストリアルな音の手触りが耳に愉しい。ザッパや80年代NYの前衛の薫陶を賜る彼女の面目躍如を感じられ、デイヴ・グロールら手数多彩なドラマーの起用も功を奏している。作品トータルでは硬軟様々なアイデアが詰め込まれた内容と言え、カメレオン作家たる彼女の多面的な個性を堪能できる一枚。

かこいゆみこ
 7作目にして初のセルフ・プロデュース作。自身のルーツであり核心である90年代オルタナティヴ・ロックを本気で追求したいという気迫が滲む内容だ。デイヴ・グロールやマーク・ジュリアナなど、ゲストの人選にもそれが窺える。ただ楽曲は意外にヴァラエティに富んでおり、3曲目や5曲目のような硬質でハードなロックも良いが、最後を締め括るタイトル曲のダビーなスケール感が見事。

林剛
 初のセルフ・プロデュース作だという。が、そもそも個が立つマルチな才人なので、ジャック・アントノフと組んだ作品との明確な違いを自分は説明できない。オケヒットの効いた80's風ポップ・ファンク「ビッグ・タイム・ナッシング」は古典に対する愛情という意味では前作に通じているが、カオティックな音の端々から主張が溢れ出ているのは単独制作ゆえか。ダビーでホーリーな後半が秀逸。

渡辺裕也(本誌編集部)
 21世紀最強のギタリストとして彼女を崇めてきた立場からすると、これが聴きたかった!と快哉を叫びたくなる一枚だ。インダストリアルな処理と屈強なドラマーたちの熱演に支えられ、ひび割れんばかりのファズ・ギターを何の躊躇もなく鳴らす様が、最高にエキサイティング。音楽性がコロコロ変わるアーティストだけど、個人的には今回のようにラウド&ヘヴィな作風が一番ハマってると思う。

すずめのティアーズ『Sparrow's Arrows Fly so High』

ドヤサ DYS007

日本各地の民謡・俗謡を、世界各地の音楽の要素を取り入れたアレンジで聴かせるユニット。今号の特集「ニッポンのトラディショナル・ポップの現在」にインタヴューも掲載

天井潤之介
 民謡の古い言い回しは日本語なのに歌詞が聴き取れず、ゆえにそこにはワールド・ミュージックたる異国情緒らしき味わいが醸し出される。その郷愁と混濁した不思議な魅力を彼女たちの闊達な演奏と歌は思い出させてくれるよう。そしてそうした感慨が、本作に聞こえる東欧や南米風情の節や音色に対しても同様に喚起させられる不思議。ハイハットがディスコ・ビートを刻む冒頭曲を楽しく聴いた。

かこいゆみこ
 ブルガリアン・ヴォイスを初めて生で聴いた衝撃は今も忘れがたいが、年月を経てこんな出会いがあるとは予想外だった。地声を押し出すバルカン独特の唱法を取り込み、日本各地の民謡や東欧の伝承歌を新たな解釈と超絶的なテクニックで歌いこなす二人組。白眉は2声のハーモニーで内外の民謡を次々に畳みかける「ポリフォニー江州音頭」で、このトランス感とグルーヴは圧巻だ。

林剛
 日本の伝統音楽をベースに、異国音楽の表層的な引用や翻訳ではない咀嚼ぶりと歌(声)の力で圧倒する。背景も音楽性も全く違うがビヨンセの新作と同じベクトルを持つのかも、などと思ってしまった。「かわいがらんせ」「ポリフォニー江州音頭」など、まぎれもなく民謡だが、ディスコやファンクまで(勝手に)感じ取れる。ふたりの凛々しいハーモニーに虜になった。こんな音楽があることに感謝。

渡辺裕也(本誌編集部)
 これは感銘を受けずにいられない。二声による日本民謡の旋律と、小気味よくてヒプノティックな囃子太鼓。そして、ガット・ギターによるボサノヴァ風の優雅な爪弾き。ひとつひとつの要素はどれも耳馴染みがあるものばかりなのに、それらが組み合わさることによって、これほど斬新な音楽が生まれるとは。異文化同士のハイブリッドから生まれた、まさに新種のキメラ・ポップ。

カマシ・ワシントン『フィアレス・ムーヴメント』

Kamasi Washington "Fearless Movement"
ヤング〔ビート〕 YO350CDJP

現代のジャズ・シーンの旗手、LAのサックス奏者が多くのゲストを招いて制作した2枚組最新作。5月号にインタヴューも掲載

天井潤之介
 カマシの良きリスナーとは言えない自分には、多数の歌/声が迎えられた今作はぐっと身近に聞こえる。ただ彼の探求的なサックスや長大な楽曲を腑に落ちて楽しめるようになったのには、管楽器やジャズの影響を意欲的に取り入れた近年の英国ロック・バンドを通じて耳が慣れたせいもあるのかもしれない。アストル・ピアソラのカヴァーにブラック・ミディのアルゼンチン・タンゴ愛が重なった。

かこいゆみこ
 2枚組の大作だが、今回も全く長さを感じさせない。エチオピア音楽とゴスペル音楽をミックスしたという1曲目から、アストル・ピアソラをドラムンベース風の疾走感溢れる曲に仕立てたラストまで、濃密なアイデアとエネルギーに満ちたアルバムだ。多彩な参加アーティストを見事にコントロールするプロデュース力に改めて感服。曲ごとに新たな扉が開くようなスリルと生命力に溢れた傑作。

林剛
 壮大なスケール感は不変。ここでカマシが言うダンスとは“リズムに乗る”ことなのだと解釈。これほどゆったりと“乗れる”とは。地元仲間を含むジャズ、ヒップホップ、R&Bの新旧ゲストが過剰に際立つことなく主役のサックスを躍動させる。DJバトルキャットとも縁深いザップ 'Computer Love'のディープな解釈にも唸った。広い世界を見せつつ、LAコミュニティのご近所感も伝える。

渡辺裕也(本誌編集部)
 概念としての“ダンス”がテーマとのことだが、そもそもカマシの作品は押し並べてダンサブルであり、その意味で、私にとって彼の音楽を聴くことは、ロックンロールやヒップホップやエレクトロニック・ミュージックを聴くのと感覚的には何も変わらない。壮大でハイコンテクストだが、常に敷居は低く、垣根がない。何者も拒まない。そうした印象は今作でもやはり揺らがなかった。素晴らしい。

以上の「クロス・レヴュー」も掲載されている2024年6月号、好評発売中!

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