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クロス・レヴュー 2024年1月号

「クロス・レヴューはミュージック・マガジンの重心を支える背骨みたいな存在だ。この雑誌は毎月発売されるレコードを幅広く取り上げ、できるだけ厳しく批評し、しかもその批評性を持続していくことで音楽の長い流れをしっかりと捉えるのを役目と心得ているが、その役目を集中的に象徴してきたのがクロス・レヴューの欄なのだと思う」――中村とうよう

ミュージック・マガジン増刊『クロス・レヴュー 1981-1989』に掲載された序文から

『ミュージック・マガジン』誌上で1981年から続く、注目アルバム7枚について毎月4人が批評して10点満点で採点するコーナー、“クロス・レヴュー”のWEB公開を始めます。評者それぞれの聴き方の違いを楽しんでいただくもので、アルバムの絶対評価を示すものではありません。より充実した音楽生活を送っていただくきっかけの一つにしていただければ幸いです。

今月の評者は以下の4名です。

池上尚志
1971年生まれ、ライター。最近は日本の80年代に注力してます。
高橋健太郎
1956年生まれ。本誌読者歴50年、執筆歴40年を超えました。
矢野利裕
1983年生まれ。作家、DJ。文芸批評や音楽批評を中心に執筆活動をしています。
伊賀丈晃(本誌編集部)
1994年、青森県出身。2022年末から弊誌編集部所属。23年はヒップホップの特集を2回(9月号、12月号)できたのが感慨深かったです。


※それぞれの評文についた○内の数字が点数です。(10点満点)

アナ・フランゴ・エレトリコ『ミ・シャマ・ヂ・ガト・キ・エウ・ソウ・スア』

Ana Frango Elétrico "Me Chama De Gato Que Eu Sou Sua"
シンク!〔ディスクユニオン〕THCD634

近年は数々のブラジル音楽の重要作にもプロデュースなどで関わっている、リオ新世代を代表するシンガー・ソングライターの“クィアの愛”をテーマにした新作。

池上尚志
 今やブラジルの音楽は、ドメスティックなようでいて世界標準の一角を成すようになったと感じるが、それを象徴するような作品。ディスコ〜ブギーの流れ汲んだ曲で始まり、 80's的な音作りであったり、さまざまなものを詰め込みながらも垢抜けた感覚でまとめ上げ、ボトムの軽やかさなど、その中にブラジルらしさが息づいているところが素晴らしい。エヂ・モッタなどとは逆のスタンス。

高橋健太郎
 冒頭のエレクトロ・ブギーには正直ずっこけた。前作はサウダージな伝統とパンキーな無茶ぶりの衝突感が最高のオルタナMPBだったのだが、今回は狙い過ぎではないだろうか。2曲目以降、前作の魅力を引き継ぐ曲も出てくるが、目玉企画だろうディスコ路線の曲はステレオタイプに過ぎる。グルーヴも腰高。この種の音楽に合わせた、もっとキャッチーな声の作り方があるとも思う。

矢野利裕
 冒頭の「Electric Fish」やラスト「Dr. Sade Tudo」の印象などから、一見70年代後半〜80年代のブギーやディスコのノリを取り入れたアルバムに感じられます。しかし実質的には、前作からさらにソウル・フィーリングを追求しつつ、ほんのりエキゾ色をも加えた作品で、オーガスト・ダーネル的なサウンド。その意味では、1曲目より4曲目や7曲目のほうが本流であり魅力的。

伊賀丈晃(本誌編集部)
 後掲の民謡クルセイダーズと並んで、ローカルな音楽がグローバルに聴かれることについて考えさせられる。ブラジルのローカルなサウンド以外も果敢に取り入れるこの姿勢は民クルとは逆だが、同じくらい全世界で聴かれるべき作品になっていると思う。これを「脱色」ととるか「成長」ととるかで評価が分かれそうだが、ブラジル音楽の熱心なリスナーとは言えない私は大歓迎。踊っちゃう。

ブラック・プーマズ『クロニクルズ・オブ・ア・ダイアモンド』

Black Pumas "Chronicles Of A Diamond"
ATO〔ビッグ・ナッシング〕ATO0654CDJ

米テキサスのサイケデリック・ソウル・ユニットによる、グラミー賞にもノミネートされたデビュー作に続くセカンド・アルバム。

池上尚志
 
サイケデリック・ソウル。もはやソウルという言葉は民族的なものから切り離されて、レトロな表現の一つとして使われているように思う。一方でサイケデリックは、ざらついたギターの音を表わしているのだろう。その裏にあるドロリとしたものを取り出すと、そこから匂い立つのはファンクだ。こういう音楽が評価されているのは、シーンが人間的な音に回帰しようと舵を切った証だろうか。

高橋健太郎
 エイドリアン・ケサダの昨年のソロは大好きだった。あれはサイケ・ラテン歌謡だったが、本作はサイケ・レトロR&B。ヴィンテージ楽器多用のぶっといサウンドは彼らしいが、なぜかあまり乗れない。原因は相棒のエリック・バートンのヴォーカルだな。うねうねしたロング・トーンを振り回し過ぎる。ただ、このクドさがハマる抜群の1曲があれば、ころっと評価が変わるかもしれない。

矢野利裕
 大きくはヴィンテージ・ソウルに位置づけられますが、サイケデリック・ソウルと謳われているように、特徴的なのはやはりサイケなファズ・ギターで、ザ・テンプテーションズ 'Psychedelic Shack' なんかを思い出しました。ジミ・ヘンドリクスを淵源としてプリンス、ジェイムス・ブラッド・ウルマー、レニー・クラヴィッツなどに連なるブラック系ギター・サウンドの系譜の最新型と言えます。

伊賀丈晃(本誌編集部)
 前面に出てくるギターを含め、各楽器のサウンドはヴィンテージ志向ながらも、全体的なプロダクション(特にドラムス)に受ける印象が妙に現代的というか真っ当にロック的で、そこのミスマッチ感に乗れなかった。モダンに振り切るならもっと尖った実験が聴きたかった。そうじゃないと現代で“サイケデリック”なサウンドには感じられないのでは。ライヴで見れば印象がだいぶ違うのかも。

細井徳太郎『魚_魚』

スペースシャワー PECF2381

SMTKなどでも活動するギタリスト/シンガー・ソングライターの初のソロ・フル・アルバム。12月号にはインタヴューも掲載

池上尚志
 ギタリストとして多くの個性的なアーティストたちと共演を重ねてきて、じゃあお前はどうするんだと言われた時の答えがこれだとするならば、このサウンドのどこを核と捉えるべきなのか。仕上がりは想像以上にポップで、ここを着地点として目指したのか、または作品に落とし込む段階でこぼれ落ちてしまったものがあるのかどうか。この二つのレイヤーが逆転したらどうなるかが気になった。

高橋健太郎
 ソングライターとして、ギタリストとして、即興演者として、やりたいことを詰め込んでいて、かつ精鋭たちとの生演奏主体で作られているので、情報量が恐ろしく多い。そのせいで歌に集中できない曲もあったりするが、面白いのはそれが若き才人のデビュー・アルバムだからというよりは、60年代的なアングラ志向ゆえに思えてくるところ。ギターも伝統をよくふまえている。

矢野利裕
 フォーク、ロック、ノイズなど1枚のアルバムのなかで多彩なサウンドが詰め込まれています。才能に溢れています。聴き終わったあと吐痙唾舐汰伽藍沙箱を思い出しました。'Just The Two Of Us' のようにエレガントな「定刻が過ぎて」、七尾旅人が参加した「ロキのうた」で鳴らされるサックスが好きでした。大友良英参加の「息をして」も良いですね。ただ正直物足りなさも感じてしまいました。

伊賀丈晃(本誌編集部)
 即興演奏/歌モノ/アンダーグラウンド/ポップス、これらの間にあると思われている境界線には実は可塑性があること、それを“鮮やかな魔法”のような軽やかな実践で聴かせる作品。大友良英を招いた「息をして」の怒りと希望に胸を打たれると同時に、アルバムの最後の最後に忍ばされた“楽しかった”の一言にホッとする。やっぱり結局、楽しい音楽が一番雄弁に語るのだ。

Lamp『一夜のペーソス』

ボタニカル・ハウス(配信)

Spotifyでは230万以上の月間リスナーがいるなど、昨今は海外での評価も著しい日本のバンドが5年ぶりに発表した通算9枚目のアルバム。

池上尚志
 単独では5年ぶりのアルバムにも関わらずデジタルのみのリリースなのは、最近発表されたSpotifyの海外からのアクセス・ランキングに入っていたことが示すように、いまや彼らのターゲットは日本国内だけではないということなのかもしれない。マイペースに作品をリリースし、サウンドはさらに繊細に、楽器の配置や空間まで計算し尽くされたものになっている。そろそろ日本代表の域。

高橋健太郎
 これは驚いた。楽器や声のパンニングやマスターの質感が現代の常識からかなり遠い。コンセプト・アルバム的構成ゆえに、単曲でみればポップな曲が埋もれている感も。ゴージャスな録音をしたのに、あえて地味に仕上げた? Lampってこんなだっけ?と過去作を聴き返し、激変した音像と、変わらない音楽性+人間味を確認したら、ようやく波長が合ってきた。そんな経緯で、赤丸急上昇中の→

矢野利裕
 「帰り道」の開始10秒が素晴らしくて、何回もくり返して聴きました。この10秒で名曲だと思いました。その後、次第にシンプルだけど温かみのあるドラムがとても良いと思ってきました。他には「ラスト・ダンス」「ミスティ・タウン」のドラムが良くて、いずれもドラムは永田真毅さんでした。永田さんの、林立夫に少しクエストラヴのエッセンスを加えたようなドラミングが素敵でした。

伊賀丈晃(本誌編集部)
 冷めきったマグカップ、思い出せない花の名前、真夜中の優しい雨、傷口にアロエをあてた冷たさ、絵画の中に縁取られた古い記憶…こうしたいわゆる“エモい”フレーズが次々に飛び込んでくるが、海を越えた国外のリスナーの脳内にも間違いなく同じような光景が浮かんでいるだろうと思える映像喚起力の高さにとにかく舌を巻く。こんな物思いに耽る一夜が、今も世界のどこかで更けていく。⑨

民謡クルセイダーズ『日本民謡珍道中』

ユニバーサル UCCJ9248

23年はドキュメンタリー映画『ブリング・ミンヨー・バック!』も全国公開された、東京・福生を拠点とするバンドによる6年ぶりの新作。12月号にはインタヴューも掲載

池上尚志
 リズム感覚が民謡とは別モノになっている以上、民謡的な祝祭感は消えてしまっている。お囃子なりコブシなりをあくまでネタ的な面白さとして響かせるのが民クルのスタイルなのだと思う。つまり、旋律の面白さだ。ここに邦楽特有のアタマ拍のアクセントが加わったらどうなるのかと想像するが、それは彼らのコンセプトとは違うのだろう。実験性の強い「佐渡おけさ」に可能性を見た。

高橋健太郎
 民謡を洋楽的なバンド・サウンドに乗せるというのは、20世紀にはあまり成功例がなかったと思う。それが今はこんな風にすっと聴ける。世界各地の音楽に学んだグルーヴ探求の賜物だろう。ヒネリはあるが無理はなく、見事に日本民謡を世界音楽として聴かせるアルバムだ。演奏、アレンジの隅々まで、吟味されたセンスを感じる。ライヴとは別物の、録音物としての意識もクール。

矢野利裕
 ノーチェ・クバーナらラテン歌謡の命脈を継ぐ彼らの功績は疑うべくもないのですが、とはいえ個人的には周囲ほど夢中になりきれていないのが本音です。マイティ・スパロウの曲名を想起させる本作でも同様です。「貝殻節」(坂田明/DJ KRUSHも演っていますね)のサルサ・アレンジはポップで良いですね。ベースが重くうねりながら反復する「ハイヤ節」も良いです。点数やや厳しめに。

伊賀丈晃(本誌編集部)
 23年に公開された映画からも伝わってきたが、ローカリズムと別のローカリズムを接続して昇華するというのがこのバンドの強みであり、実に現代的な点である。メジャーに移っても制作スタイル・拠点が不変なのも素晴らしい。ライヴの現場で鍛え上げたセンスなのか、イントロの展開がどれもかっこいい。特に「ハイヤ節」のピンク・フロイドばりのオルガンとベースの絡みに痺れた。

サラマンダ『In Parallel』

Salamanda "In Parallel"
プランチャ ARTPL208

22年の前作 "Ashbalkum" は本誌の「ベスト・アルバム2022」のエレクトロ・ミュージック部門で4位にランク・インした、韓国出身の2人組による新作。

池上尚志
 エレクトロと言いながら柔らかな音響が耳に優しく、アンビエントと言いながらグロッケンのような打楽器系のリズムが心地よい。ヴォーカル曲では女声の質感を活かして素材的にループさせてみたり、人肌に馴染む音だなと感じた。無機質であったり場に溶け込もうとするアンビエントではなく、語りかけてくるものがあるから、耳を傾けてしまう。ミニマルだが音が歌っているのが聞こえる。

高橋健太郎
 エレクトロニカと呼ばれるものを世紀の変わり目頃にたくさん聴き過ぎて、食傷気味になっていた。ゆえに、現在のシーンがどうなっているのか、全然分からないのだが、これは素直に楽しめた。音色・音響的に高品位で、ミニマル性やポリリズムにはアジアとアフリカが香る。声の入った2曲目でアジア人と分かると同時に、違うジャンルでも活躍しそうなポップな作家性を感じた。

矢野利裕
 とくに後半、エキゾチックでスピリチュアルなサウンドに彩られており心地よいです。ヒーリング音楽と言ってしまうと軽薄な響きもありますが、ひとつひとつの音がズレを抱えつつもだんだんと重なっていく感じは正しく瞑想的な効果を持っています。他方、2、4曲目などはテクノに寄っていくところもあります。スティーヴ・ライヒ的な5曲目からアンビエントになっていく展開が良いですね。

伊賀丈晃(本誌編集部)
 とにかく音が綺麗で、“名盤”が持つ気品すら感じる。それはエレクトロながらマレット楽器由来のオーガニックさが全体に通底しているからかも。篳篥ひちりきのような音色が祝祭的に響くラスト曲のように、随所に現れるアジア的エキゾチシズムも面白い。2曲目に顕著なようにポップへの接近が前作との違いだが、いつかその方向でも飛び抜けた作品を作るかも、という雰囲気を感じる。

Tirzah "Trip9Love…???"

Domino

エクスペリメンタルでミステリアスな作風で話題を集めるイギリスのシンガー・ソングライターの新作。12月号には記事も掲載

池上尚志
 現代のシンガー・ソングライターのこういう暗さがどうにも苦手でして。ダウナーで深いエコー感はかつてのジス・モータル・コイルを思い出した。鳴っている音がどこを目指しているのかイマイチ掴みきれなかったり、内省を通り越した暗さに引き摺り込まれそうな気がして気後れしてしまう一方で、以前の作品よりは有機的な音の絡みが見られる分、聴きやすさは増した印象で救われました。

高橋健太郎
 グルーヴしない付点つきのビートに、遅れてきたトリップ・ホップ?と思ってしまうのは、僕がこの種の暗い音楽を欲しなくなっているからか。ほとんどの曲はループ主体で、コード感も希薄。今のプラグインだからできる歪みやリヴァーブの作り込みは凄いが、歌よりもその印象が勝ってしまう。数年前のデビュー作を聴き返したら、そっちの方がR&B的な歌心が感じられ、好きだった。

矢野利裕
 前回に引き続きミカチューことミカ・レヴィとともに作られたトラックは、ほぼ全編にわたってピアノのサンプルをループしたもので、そこにハイハットが強調されたビートが付けられています。結果、USの内省的なラップ・ミュージックとも共振しつつも、ジョニ・ミッチェル~ジェームス・ブレイクのような“ブルー”なシンガー・ソングライターの系譜に位置づいています。

伊賀丈晃(本誌編集部)
 ループを基調とした作品だけに、聴き手に繰り返しの聴取を要求する作品だ。そして繰り返し聴いているうちにだんだん単なるループには聞こえなくなってくるという…。入眠にも目覚ましにも効くし、だんだんとこの作品が生活に侵食してくるような感覚があって、それは案外心地いいものだった。そしてそれはティルザ自身の創作プロセスを追体験しているということなのでは、と勝手に想像する。

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