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クロス・レヴュー 2023年10月号

 「クロス・レヴューはミュージック・マガジンの重心を支える背骨みたいな存在だ。この雑誌は毎月発売されるレコードを幅広く取り上げ、できるだけ厳しく批評し、しかもその批評性を持続していくことで音楽の長い流れをしっかりと捉えるのを役目と心得ているが、その役目を集中的に象徴してきたのがクロス・レヴューの欄なのだと思う」――中村とうよう

ミュージック・マガジン増刊『クロス・レヴュー 1981-1989』に掲載された序文から

 『ミュージック・マガジン』誌上で1981年から続く、注目アルバム7枚について毎月4人が批評して10点満点で採点するコーナー、“クロス・レヴュー”のWEB公開を始めます。評者それぞれの聴き方の違いを楽しんでいただくもので、アルバムの絶対評価を示すものではありません。より充実した音楽生活を送っていただくきっかけの一つにしていただければ幸いです。

今月の評者は以下の4名です。

井草七海
いぐさ・なみ、1991年生まれ、東京都出身。Webサイト「TURN」の編集・ライターを経て現在もサラリーマンの傍らディスク・レヴューなどの執筆をぼちぼち継続中。主にインディー・ロック/フォーク、シンガー・ソングライター、特に女性アーティストが多め。
佐藤英輔
1958年生まれ。出版社を経て、86年よりフリーランスに。変なものとグルーヴが好き。https://eisukesato.exblog.jp/ 
島晃一
映画・音楽ライター、DJ。最近では毎月複数本の映画評を執筆。渋谷TheRoomで、Soul Matters supported by THE BUSKERを主宰。
渡辺裕也(本誌編集部)
1983年生まれ。福島県出身。ライターとして音楽関連の文章を雑誌/Webメディア等に寄稿。2021年9月からミュージック・マガジン編集部に参加。


※それぞれの評文についた○内の数字が点数です。(10点満点)

ジョン・バティステ『ワールド・ミュージック・レディオ』

ヴァーヴ〔ユニバーサル〕 UCCV1197

前作『ウィー・アー』でグラミー賞を獲得し、ディズニー映画の音楽も手掛けるなど幅広く活動するジャズ〜R&Bミュージシャンの、世界各国からゲストを招いた新作。9月号にインタヴュー掲載

井草七海
 ニューオーリンズ・ジャズを軸にヒップホップ、レゲエ、ブルーズと広義のブラック・ミュージックを包括するどころか、NewJeansまで取り込んでまるっとシームレスに収めてしまう才覚ははまるで手品。BLMへの連帯や前作でのジャズのラディカルな解体もありつつ、他方ディズニー映画やモデル的な活躍から、どうもコマーシャル感は拭えないが、その軽さも武器かと納得せざるを得ない。

佐藤英輔
 このニューオーリンズ出身のピアニストを最初に見たのは、13年前のカサンドラ・ウィルソンの来日公演だった。変人臭を出していたが、後に自作自演歌手的な方向へいくとは。グラミーのメインのアルバム賞を獲得した前作に続く新作は様々なゲストも迎え、より広い世界をあっけらかんと出す。前作よりピアノ音も入れつつ、大衆音楽に寄り添ってこそ今のジャズマンであるという意思を出す。

島晃一
 映画『ソウルフル・ワールド』でアカデミー賞作曲賞、前作で最優秀アルバムを含むグラミー賞最多5部門を受賞。さらに期待が高まる中でリリースされた最新作は、タイトルの通り、各国で活躍するスターをフィーチャーし、多様なジャンルを独創的に構築したまさに大作に。2、3曲目をはじめ、それぞれ曲調が違うにも関わらず、映画のエンドロールを強くイメージさせるのも素晴らしい。

渡辺裕也(本誌編集部)
 国境と歴史をまたいだジャンル越境的なポップスとして、非常によく出来た作品だ。どの曲も耳あたりがマイルドなので、60分強の長尺でもスルッと聴ける。サウンド自体にこれといった目新しさは感じないし、ラジオ番組を模したコンセプチュアルな構成もありきたりではあるけど、そこに難癖をつけるのも野暮というか、やっぱりこの人はエンターテイナーなんだなと再認識した次第。

ファビアーノ・ド・ナシメント『Das Nuvens』

リーヴィング〔プランチャ〕 ARTPL198

今年、アルトゥール・ヴェロカイとの共演作も発表した、ブラジル出身で米LAを拠点に活動するギタリストが、マシューデイヴィッド主宰のレーベルからリリースしたインスト作品

井草七海
 LAシーンを牽引するブラジル出身の多弦奏者の新作はあのリーヴィングから。倍音をたっぷり孕んだギターの響き自体をトラック的に捉え、楽曲の「ムード」として処理するバランスが◎で、特にボトムの締まったクラブライクなビートとサウダージ溢れる2曲目が秀逸。ギターという楽器の響きの豊かさも再発見できた。後半の瞑想的なナンバーはバック・トラックの主張が若干過剰な感も。

佐藤英輔
 カリフォルニアから、生まれ育ったブラジルに郷愁す。ストーンズ・スロウ流れのレーベルから作品群を出している多趣味ギタリスト、その新作はブラジル人ギタリストのダニエル・サンティアゴと協調。近作と違いほぼクラシック語彙を用いない、静エレクトロ路線をいっており、そこに生ギター音を活かすインスト作だ。ちとリズム音がダサ目? 古い言葉を用いるなら、ニュー・エイジ音楽ぽい。

島晃一
 アルトゥール・ヴェロカイと共演した前作から約半年ぶりの今作では、ダニエル・サンチアゴが全面的に参加。タイトル曲は『風の谷のナウシカ』などのアニメの空や森にインスパイアされたそうだ。5曲目をはじめ、近作に比べグルーヴィーかつエレクトロの要素が強いが、これまで以上に幽玄な印象を受ける。ブラジル音楽とアンビエントなどが融合し、豊かな情景を思い浮かばせる傑作。

渡辺裕也(本誌編集部)
 マシューデイヴィッド主宰のリーヴィングに移籍後初のリリース。ファビアーノの特定のジャンルに縛られない音楽性とインテリジェントな佇まいは、確かに同レーベルのイメージにピッタリだ。プログラミングによるミニマルなトラックと生ギターの静謐な爪弾きが有機的に溶け合った音像はとても緻密で、聴くほどに発見がある。ずっと眺めていても飽きないガラス細工のようなインスト集だ。

PJハーヴェイ『アイ・インサイド・ジ・オールド・イヤー・ダイイング』

パルチザン〔ビッグ・ナッシング〕 PTKF30322J

1992年デビュー、イギリスを代表するシンガー・ソングライターの一人による、7年ぶり通算10作目のアルバム。ジョン・パリッシュ、フラッドがプロデュース

井草七海
 難解な歌詞は故郷の方言を使った自身の詩集からの引用というが、意味がとれずとも、フィールド・レコーディングの音、調子っぱずれな電子音、不定形なギターやドラム、絞り出し時に絡みつく(UKらしくスポークン・ワードに接近した)歌唱のゴツゴツした質感は、彼女の幼少時代と思しき原風景を「掘り起こす」感覚を味わわせてくれる。その無骨ささえエレガントなのが、やっぱり良い。

佐藤英輔
 腹をばっさりと掻っ捌いて、素のワタシを出す。スティーヴ・アルビニ制作の93年作『リッド・オブ・ミー』に代表されるように、彼女はぼくにとってブルース・ウーマン的な体質を感じさせる英国人ロッカーだ。本作のプロデュースは、95年作他で絡んできているフラッドとジョン・パリッシュ。裏声多用の柔らかさ(それは得難い詩情を導く)を介しつつ、十全に自分語りをする様はやはり魅力的。

島晃一
 実に7年ぶり10枚目のアルバム。プロデュースは長年コラボしてきたジョン・パリッシュとフラッドが務めた。制作にあたり、ニーナ・シモンやボブ・ディランの曲を振り返っていたそうだが、過去にも増して内省的な内容で、全体的にロッキッシュな要素が薄く、アコギの音が目立つトラッド・フォークに聞こえる。中でも、5曲目や7曲目のアンビエントでメランコリックな曲が耳に残る。⑦

渡辺裕也(本誌編集部)
 PJハーヴェイ本人が書いた詩集を基にした作品で、その内容は過去2作と比べるとかなり抽象性が高く、なかなか掴みどころがない。ただ、イギリスの歴史を題材としている点においては『レット・イングランド・シェイク』以降の流れを明確に踏まえた作品でもあるので、これから聴き込むほどに本作の印象は変わっていくはず。彼女がここに込めた物語とメッセージをもっと理解したい。⑧

KIRINJI『Steppin' Out』

シンコキン SCKN0001

自身で立ち上げた新レーベル=シンコキンからの第1弾となる新作。韓国のセソニョン(SE SO NEON)のメンバーが参加する曲も。9月号にインタヴュー掲載

井草七海
 AORポップな楽曲が中心で、ジャンルレスに攻めた直近数作以前に戻ったような印象。とはいえモダンながらノスタルジックな質感が光るセソニョン参加の5曲目、8曲目のリズム隊と打ち込みのみのダンス・チューンなどではポップの楽しさと奥深さを新鮮に感じさせてくれて、流石。疎外された都市の若者に視線を送る7曲目は、東京出身の筆者的にもリアルな「都会的」ナンバーだ。

佐藤英輔
 緩い声質のヴォーカルがちょっとなあ。とは、当初は過去作と同様に思った。だが、今回じっくりと聞いていくうちに、洋楽の耳にも違和感のない曲作りやアレンジに感心しつつ、だいぶ気にならなくなったのは確か。歌詞も痒くないしね。奏者クレジットを見ると、プリ/ポスト・プロダクションがいかにここに聞かれるものに昇華されたかも想像できて楽しい。良い塩梅のタイムレス感、あり。

島晃一
 21年から堀込高樹のソロ・プロジェクトとして活動するKIRINJIの通算16作目であり、自身が立ち上げた新レーベルの第1弾となるアルバム。思わず口ずさみたくなるメロディ、そしてグルーヴィーな1曲目と9曲目を聴いた瞬間に、ドライヴでかけたくなってしまった。韓国のロック・バンド、セソニョンが参加した5曲目の心地よいメロウネスも素晴らしい。新たな門出にふさわしい作品。

渡辺裕也(本誌編集部)
 シンコキン(新古今)というレーベル名はまさにKIRINJIの音楽そのもの。そして今作も、ルーツ音楽やAORに準ずる洗練されたソングライティングと現代的なプロダクションを掛け合わせた、それこそ“今”のポップスとしか言いようのない仕上がりだ。全9曲で40分を切るコンパクトな構成も手に取りやすく、これからKIRINJIを聴き始める人には真っ先に本作をオススメしたい。

Limited Express (has gone?)『Tell Your Story』

レスザンTV CH169

デビュー20周年を迎える京都出身、現在は東京を拠点とするオルタナティヴ・パンク・バンドの通算7作目。9月号にインタヴュー掲載

井草七海
 ラディカルなメッセージや社会への不満をより直接的に反映しつつも、言葉の意味と音韻自体とを行き来するワーディングが面白く、また声のニュアンスも多彩なYUKARIの存在感が圧巻。暴走特急的なスピードで押し切るかと思いきや、音像にも奥行きを与えるサックスの即興性や、6曲目のシャッフルも意外性があり、飽きさせない。コンガを絡めた8曲目のトーキング・ヘッズ風が好み。

佐藤英輔
 初期はツァディクやメモリー・ラボから作品を出したパンキッシュなオルタナ・バンドの新作だが、結成20年か。一本気なようで多様なアイデアや語彙が自在に入り込み、どばどば溢れ出ていく様は壮絶。音に内在する生理的な激しさや緊張が過剰すぎて、ヤワなぼくは頻繁に手を出すとは思えない。だが、この噴出感溢れる音はリスペクトするべきものと、ぼくの本能が言っている。

島晃一
 独自の存在感を放つ日本のオルタナティヴ・パンク・バンドによる、サックスのこまどり加入後としては初となるフル・アルバム。収録曲の1曲1曲に、それぞれ別個のアートワークが作られていることに象徴されている通り、曲ごとに全く違う表情を見せる。それでいてアルバムとしての統一感もある。個人的には、8曲目の、パーカッシヴなファンク・サウンドからの展開の読めなさが印象的。

渡辺裕也(本誌編集部)
 冒頭で連打されるスネアの鳴りがまず最高。で、そこから先はドラムとベースのコンビネーションがずっと気持ちよいので、もうそれだけで何回も繰り返し聴きたくなる。速くてうるさい音楽はいつだって必要だ。ヴォーカルのYUKARIさんに注目が集まりがちだけど、このバンドはとにかくメンバー全員のキャラが立っていて、今作はそれが録音にもはっきり表れていて楽しい。

リサシンソン『365日革命』

サ・ヴァ?〔ハヤブサランディングス〕 HYCA8055

スペイン・バレンシアで結成された、“パンキー・ポップ”を標榜する女性二人組ユニットのデビュー・アルバム。9月号にインタヴュー掲載

井草七海
 大文字のポップ・パンクで、三十路の筆者がいま聴くには厳しいものがあるかと思いきや案外そうでもなかったのが驚き。自分が青春時代のゼロ年代によく聴いていたという思い出補正も認めるものの、サウンド・メイクがパワー重視ではなく(しかしローファイすぎず)ドリーム・ポップや80年代MTV風の甘々な残響感を指向しているのが新鮮だ。メロディも全曲シンプルにいいが、若干飽きも。

佐藤英輔
 スペインはバレンシアの、バンド派生の女性二人組。いろんなガールズ・ポップ調曲が並ぶ。カウントで始まるポップ・バンク曲が一番好きか。快活なのはいいんだけど、どれも当たり前な感じに聞こえてしまう。音だけでは、同地に住む若い女性の新生活観は伝えてくれないナ。まあ、当人たちもじじいを念頭に音楽を作っていないだろうし…。スペイン語で歌われているので、1点追加。

島晃一
 4ピース・バンドとしてスタートし、現在はデュオで活動するインディー・ポップ・パンク・グループが、スペインのインディ・シーン名門、エレファントから放ったデビュー・アルバムの日本盤。80〜90年代のガールズ・インディー・ポップを彷彿させるサウンドと耳触りのいいヴォーカルは、少し切なさも感じさせ、ノスタルジックな魅力に溢れている。特に6曲目、9曲目が白眉だ。

渡辺裕也(本誌編集部)
 近年のポップ・パンク人気は単なるリヴァイヴァルではなく、ミソジニーが蔓延ってきた同ジャンルの男性優位なイメージを塗り替える、一種の革命だと思う。そして間違いなくリサシンソンもその一翼を担う存在であり、そのメッセージの鋭さは曲がポップであるほどに際立つ。ニュー・ウェイヴを通過したサウンドと溌剌とした歌から、個人的には日本のZELDAなども連想した。

ロミー『ミッド・エアー』

ヤング〔ビート〕 YO320CDJP

クィア・コミュニティとしてのダンスフロアに捧げられた、ザ・エックス・エックスのメンバーのファースト・ソロ・アルバム

井草七海
 バンドでのボソボソした中音域の歌唱を裏切り、高音域でハッキリとメロディを歌っているのに驚いたが、そこにこそ同性愛者である彼女自身をオープンにできていることも感じられ、実にエモーショナルだ。全編通してニュー・ウェイヴ(たまにディスコ)風味の直球ハウスで、ピアノが切ない冒頭から、終盤に向かって開放感を押し広げていくプロデュースのフレッド・アゲインとの相性が抜群。

佐藤英輔
 硬軟を抱える四つ打ちサウンドに、電気的ふくらし粉を介したヴォーカルが様々な形で載せられる。ロミー嬢が所属するザ・エックス・エックスの愛好者でもないし、当初は醒めた感じで聞いていた。でも、どんどん好意的な所感を抱くようになっちゃった。個あるタレントに周辺制作者がかしずき、結果としてロックやダンスの上に今様高揚ポップスが開かれ、輝く。起承転結の作り方が上手い。

島晃一
 ザ・エックス・エックスのメンバーであり、シンガー、ソングライター、DJのロミーによるソロ・デビュー・アルバム。過去のダンス・クラシックスを参照しただけでなく、自身の人生、感情を強く反映させたからか、ダンスフロアの高揚感と共に切なさが同居する。とりわけ、バンドメイトのジェイミー・XXがプロデュースしたディスコティックな10曲目は、その両方の魅力に溢れている。

渡辺裕也(本誌編集部)
 多幸感、逃避、悲しみ、そしてメランコリーの間にあるスイート・スポット――ロミーが今作で狙ったのはそこだというが、まさにそれはダンス・ミュージックでしか表現できないフィーリングだと思う。フレンチ・ハウスとユーロ・ディスコを下地とした、このひたすら高揚感に満ちたレコードを部屋で聴いてると、真夜中のダンスフロアが恋しくなる。あれほど素晴らしい空間は他にないんだから。

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