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クロス・レヴュー 2024年4月号

「クロス・レヴューはミュージック・マガジンの重心を支える背骨みたいな存在だ。この雑誌は毎月発売されるレコードを幅広く取り上げ、できるだけ厳しく批評し、しかもその批評性を持続していくことで音楽の長い流れをしっかりと捉えるのを役目と心得ているが、その役目を集中的に象徴してきたのがクロス・レヴューの欄なのだと思う」――中村とうよう

ミュージック・マガジン増刊『クロス・レヴュー 1981-1989』に掲載された序文から

『ミュージック・マガジン』誌上で1981年から続く、注目アルバム7枚について毎月4人が批評して10点満点で採点するコーナー、“クロス・レヴュー”のWEB公開を始めます。評者それぞれの聴き方の違いを楽しんでいただくもので、アルバムの絶対評価を示すものではありません。より充実した音楽生活を送っていただくきっかけの一つにしていただければ幸いです。

今月の評者は以下の4名です。

大石始
地域と風土をテーマとする文筆家。日本を含むアジア全般を中心にあれこれ書いてます。
河地依子
1959年生まれ、ライター歴42年。今はもっぱらソウルとファンクですが、10年くらい前までは本誌ラップ/ヒップホップのアルバム・レヴューと年間ベストを担当していました。
長谷川町蔵
東京都町田市出身。ヒップホップを好んでいますが、1968年生まれなので他にも色々聴いています。
矢川俊介(本誌編集部)
1976年生まれ。柏市出身、中野区在住。2001年、ミュージック・マガジンに入社。2023年4月号から本誌編集長。


※それぞれの評文についた○内の数字が点数です。(10点満点)

アマーロ・フレイタス『イーエーイーエー』

Amaro Freitas "Y'Y"
ユニミュージック〔ディスクユニオン〕UNCD082

ブラジル・ペルナンブコ州出身のジャズ・ピアニストが、アマゾン流域の都市=マナウスでの経験にインスパイアされて制作した新作。3月号にインタヴューも掲載

大石始
 先月号の原雅明さんの記事を読みながら聴いた。「脱植民地化されたブラジリアン・ジャズ」というテーマは個人的にそそられるものがあったが、マナウスから広がるアマゾンの混沌とした世界にヒントが求められていることが興味深い。シーケンスのようなフレーズを弾いたりとプレイも多彩。「Asa Branca」の旋律が蜃気楼のように立ち上がる「Sonho Ancestral」に溜息が漏れた。⑨

河地依子
 00年にブラジル先住民族のコミュニティを訪れた経験がベースにあるそうで、自然や精霊の底知れなさや神秘性などとの一体化に注力したように思う。曲によって本人のピアノにフルート、ドラムス、ハープ、ギター、ベースなどが加わり、精神性の高いインプロヴィゼーションの応酬が牽引して形を変えながら進行。最後の曲はジャズの枠組で同じことをやっているので、その仕組みがわかりやすい。

長谷川町蔵
 すぐに思い出したのは、エグベルト・ジスモンチ。コアなリスナーを唸らせながら、クラブ系音楽のファンの耳にも訴えかけて楽しませてしまう、深いけどポップなアルバムだ。ただしリヴァーブが効いたクリーンなミックスが気になる。悪い意味でニュー・エイジ・ミュージックのように聞こえてしまうのだ。曲作りや演奏と同じくらいアフター・プロダクションにもこだわって欲しかった。⑦

矢川俊介(本誌編集部)
 先行曲「Encantados」を聴いて、これは各演奏者のインタープレイが火花を散らす、とんでもないアルバムになる、と期待していたので、前半のプリペアード・ピアノによる静かで探求的な内容に驚いた。一つ一つの音の響きに向き合い、アマーロが挑む音楽への切実さと、この試みが後半に結実していく重みを感じる。本作のサブテキストとして本誌先月号のアマーロのインタヴューは必読。

キム・ゴードン『ザ・コレクティヴ』

Kim Gordon "The Collective"
マタドール〔ビート〕 OLE2029CDJP

元ソニック・ユースのメンバー/ヴィジュアル・アーティストによる約4年ぶりのセカンド・ソロ・アルバム。3月号にインタヴューも掲載

大石始
 
アマーロ・フレイタスの後に聴くとリズムの単調さが際立つが、その単調さとは世界の姿を映し取ったものでもあるのだろうし、その意味では「都市の民族音楽」のようにも聞こえる。隙間の多いジャスティン・ライゼンの音作りのためか、どことなくダブ的な心地よさがあり、キムのラップも聴き続けているうちに耳に馴染んでくる。ノイジーであるけれど、妙な静けさもある音楽だ。

河地依子
 ソニック・ユースは聴いてこなかったし、元来メロディー要素が希薄でノイジーなスタイルは苦手なので、各曲のタイトルからは示唆的な内容も想像できるものの、今ひとつ踏み込めず。不機嫌そうに旅支度のリストを読み上げる1曲目には、何かの取扱説明書の朗読で人を泣かせられるかという試みを思い出したが、この曲の目的は何だろうか。それとは別に70歳と知り、衰えぬ情熱と意欲に感服。

長谷川町蔵
 1曲目のイントロのトラップ・ビートで“カッコいい”と身を乗り出したけど、そのあと出てくるラップの古臭さにズッコけた。ベック「ルーザー」の頃からラップの解釈がアップデートされていないのはどうかと思う。リル・ヨッティの大傑作 "Let's Start Here." を手がけたジャスティン・ライゼンが関わっているだけあってサウンドの質は高いけど、とにかく1曲目の印象が悪すぎ。それでも→

矢川俊介(本誌編集部)
 あのキム・ゴードンが70歳を迎えていることも驚きだが、その音の実験性にまた面喰らう。それはノイジー、暴力性といった言葉ではまったく足りない、しかしもちろんそれらも内包した不穏でラディカルな音像で、そこに非常に緻密なサウンド配置と、思考を尽くしたアイデアを同時に聴き取ることができる。聴くのに体力は必要だが、何度も聴いてると沼のような中毒性にも気づく。⑦

ノラ・ジョーンズ『ヴィジョンズ』

Norah Jones "Visions"
ブルーノート〔ユニバーサル〕 UCCQ1197

3月号の表紙を飾ったシンガー(インタヴューも掲載)による4年ぶりの新作。プロデュースを務めたのはビッグ・クラウン・レコードの主宰者でもあるリオン・マイケルズ

大石始
 まるでビッグ・クラウンの作品群のようなヴィンテージ・ソウル。そこにノラの歌声が乗るわけだから悪いはずがない。そう思いながら資料を見ると、ビッグ・クラウンの主宰者であるリオン・マイケルズのプロデュース作であった。チカーノ・ソウルに通じる親密でサイズ感の小さな音楽。コンセプトでガチガチのものもいいけれど、フィーリング重視のこういう音楽も常に鳴っていてほしい。

河地依子
 天使か妖精かという心地よい歌声も、現代風に簡素な組み立てのバックも、すべてがさり気ない各曲にすっかり肩の力が抜けて夢かうつつか状態。でもソウル風やカントリー風などアレンジも練り上げられているし、歌も隅々までコントロールが行き届いているのがわかるので、何故こんなにさり気なくいられるのか不思議。11曲目の冒頭では、しわがれた低音声にハッと我に返るが、その心は?

長谷川町蔵
 歌(というか声)と曲はいつも通り素晴らしいのだけど、本作の聴きものはウータン・クランのトリビュート作を発表したこともあるエル・マイケルズ・アフェアーのリオン・マイケルズによるプロダクション。適度にルーズなグルーヴでDIY感を醸し出しながら、スパイスの効いたフレーズで随所を引き締めるバランスが絶品だ。だからレトロではあるものの、ヴィンテージには聞こえない。

矢川俊介(本誌編集部)
 しばらくノラ・ジョーンズから離れていたリスナーも聴くべき快作だろう。若くして自制が効かないほどメガ・ヒットしてしまった苦悩のようなものを、彼女のその後の活動に勝手に見ていたこともあったが、今作にはそんなことも超越した余裕、達観ゆえの飾らなさを感じて、それがナチュラルに楽曲に結実したのかもしれない。好みを言えば、もっとピアノを弾いて欲しいんだけれど。

三浦大知『OVER』

ソニック・グルーブ〔エイベックス〕 AVCD98157

『球体』以来6年ぶりとなる、全10曲の新曲を収録したニュー・アルバム。3〜4月にかけてアリーナ・ツアーも開催される

大石始
 XGの諸作品でも腕を振るうXANSEIとショーン・ボウのプロデュースによる「全開」などではグローバル・ポップの最新モードにフォーカスしつつ、メイン・ディッシュはあくまでも主役の歌。緩急自在の歌唱にはキャリアの長さと彼が積み上げてきたものを実感させられる。Jポップの領域からはみ出しそうではみ出さない絶妙な匙加減にもまた、制作陣の狙いと苦慮も垣間見える。

河地依子
 フォルダー時代からのファンなれど、大人になってソロで発表してきた曲の数々はどこか通好みっぽ過ぎて歯がゆい思いだった。でも本作はアーティスティックな姿勢と娯楽性の折り合いがついたような感じで、待ってました!と感慨もひとしお。本人の歌のうまさは言わずもがなだし、KREVAとの両者一歩も引かないコラボ、Furui Rihoとの美声同士のデュエットも含め、全編聴き応え十分。

長谷川町蔵
 前作『球体』は当時のJポップとしてはかなり先鋭的なプロダクションが施されたアルバムだったと思う。本作はそこでの成果を受け継ぎながら、もう少し外向きの仕上がりを狙ったのだろうけど、空間を埋め尽くすビートやEDM調シンセが主役のしなやかなヴォーカルと必ずしもマッチしていない。音と音の隙間を活かした楽曲が集められた後半が気持ちよく聴けるだけに残念。

矢川俊介(本誌編集部)
 日本のR&Bはここまで来た!と言いたくなる。難易度の高いフレージングに敢えて挑み、完璧に歌い切るヴォーカリストとしての技術にも唸らされるが、そのサウンドの尖鋭性と音の選択のセンス、ヴァラエティの豊富さに曲ごとに胸が躍る。さらに彼にはダンス・パフォーマーとしての魅力がもう一人分あって、このディープなサウンドで全国各地の大ホールを揺らすのだからおそろしい。

柴田聡子『Your Favorite Things』

AWDR/LR2〔スペースシャワー〕 DDCB12121

岡田拓郎を共同プロデューサーに迎え、新バンド・メンバーとともに制作された“変化”の一枚。3月号にインタヴューも掲載

大石始
 冒頭曲の導入がいい。すっと聴き手の横に寄り添い、気づくと柴田の世界へと引き込まれている。そんな声と音である。以前とは別人のように柔らかな歌唱だが、力強さはむしろ増しているようにも感じられる。声と言葉とフロウの関係が絶妙で、こんな歌は柴田にしか歌えないだろう。抑制が効いていてさまざまなアイデアが詰まった岡田拓郎の音作りも素晴らしく、絶賛の言葉しか出てこない。

河地依子
 可愛く穏やかながら芯のある歌声が主導する開放感が得難い魅力。資料に "BLACK MUSIC ERA" とあると思ったら、ディアンジェロぽい曲があったり、演奏にソウルやファンクの要素が組み込まれていたり。過去作を聴いたらもっとアコースティックだったが、前作には同様の要素が散見され、今回はさらに一歩進んだバンド・サウンド。各曲の奥行きと彩りが増し、リズムも前に出て楽しい。

長谷川町蔵
 昨今の日本におけるシティ・ポップ・オマージュ仕草には食傷気味で、そろそろ次の段階に進むべきだと思っている。だってオリジネイターたちは決して懐古趣味でああいう音楽を作っていたわけではないのだし。だから世界の流れと共振した今作の方向性は支持したい。本人のキャリアにおいてもジャイアント・ステップなのではないだろうか。Gファンクっぽい「白い椅子」が気にいった。

矢川俊介(本誌編集部)
 先行曲の「白い椅子」を一聴した時点では、柴田聡子が到達したこの音楽は、逆説的に彼女の持っていた異形性を失ってしまったのではという気がしていた。全曲を聴き込んだら、それは大きな間違いだった。これはソングライターとしてもシンガーとしても飛躍的に彼女の可能性を広げながら、そこに強烈な個性が溶け込んでいる、どこにもない音楽。サウンドには岡田拓郎が大きな存在感を示す。

South Penguin『South Penguin』

スペースシャワー(配信)

活動10年目を迎えた、アカツカ(g,vo)率いるプロジェクトの通算3作目となるセルフ・タイトル作。3月号にインタヴューも掲載

大石始
 こちらも岡田拓郎ワークス。デビュー作『Y』を愛聴していたが、それから5年を経て、無駄なものが削ぎ落とされて一段と研ぎ澄まされた印象を受ける。幻想のトロピカルを追い求めた結果、ペンギンが飛び交う極北のサイケデリアへと到達してしまったような感じとでもいおうか。東アジア諸国のインディー・バンドと共通する響きも感じられる。あと、あいかわらずジャケが最高。

河地依子
 前記の柴田聡子の作品も共同プロデュースした岡田拓郎のプロデュース。プログレ、ポップス、ファンク、フュージョンなどヴァラエティに富んで似たような曲がなく、各曲、凝って複雑なのに気構えずに聴けるのは、ふわふわと脱力した歌声が全体を統一して緊張を解いてくれるからか。サポート・メンバーの演奏力も高く、特にメロディアスなフレーズを連発する正確でグルーヴィなベースに脱帽。

長谷川町蔵
 ディスコ〜ブギーな要素以上にシティ・ポップ・オマージュが耳についてしまい、なかなか評価しづらい作品。フェイク感覚を狙っているのは「Teardrop」のような全くテイストが異なる曲(良い曲)が入っていることで分かるのだけど。もし次作でも現在の方向を突き進むのであれば、今作では避けているベタな歌詞作りと歌謡曲的な歌唱に挑戦して「本物」になってみるのはどうかなと思った。

矢川俊介(本誌編集部)
 動くベースとドラムのシャープな絡みや、そこにたゆたうクールなヴォーカル、そこはかとなく漂うユーモアといった、今まで感じてきたこのバンドの傑出した要素がさらに研ぎ澄まされ、極まったと言える新作。この方向性でやれることはやり切ったのでは。だからこそ次作の展開が楽しみ。日本のインディから選出された今月の2枚の両方のプロデュースに岡田拓郎の名前があるのは象徴的。

Kali Uchis "Orquídeas"

Geffen

コロンビア出身、米国を拠点に活動するR&B〜ラテン・ポップ・シンガーによるスペイン語歌唱アルバム。タイトルの"orquídeas"とはコロンビアの国花である蘭のこと

大石始
 マルーマやカロル・Gが世界的スターとなった今、“コロンビア音楽”が表象するものは大きく変容した。コロンビア生まれ、アメリカ育ちのカリ・ウチスの本作もまた、そうした意味での“コロンビア音楽”といえる。一周回って普通のディープ・ハウスみたいに聞こえる曲もあるが、確かに時代の空気をまとった音だ。そこにしっとりとしたボレロが唐突に入ってくるところもおもしろい。

河地依子
 ブーツィ・コリンズ参加の18年のデビュー作で知った人。前3作目は米R&Bの流儀を軸にした静かな曲が多かったが、今回はタイトルが母国コロンビアの国花で歌詞もすべてスペイン語。レゲトンを含め多くの曲でラテン・フレイヴァーを前面に出し、R&B流儀の曲と作り分けるやり方は初作に通じる。情緒的な歌声には精気がみなぎっており、機が熟し望むものが作れたのではと思わせる快作。

長谷川町蔵
 スペイン語圏のスターがインターナショナル・アルバムの合間に発表する母国語アルバムといえば、音楽的にコンサバなものが多かった。でもダンス・ポップ路線を維持したままラテン歌謡色が加わった本作は、むしろ前作よりエッジーでキャッチー。まんまムード歌謡な 'Te Mata' もさることながら、場末のディスコのミラーボールが脳裏に浮かんでくるチルな 'Igual Que Un Ángel' が最高。

矢川俊介(本誌編集部)
 前作の続編的なスペイン語アルバムだが、前作以上にラテンの要素がなめらかにR&Bに溶け込み、最前線のダンス・ミュージックでありながら、ラテン・カルチャーの継承でもあり、そのバランス感覚と実験性に夢中で聴いてしまう。時代に求められているかのようなポップ・ミュージックとしての引力も強烈で、そのポップさが批評的に響く。その究極の形がレゲトンの 'Muñekita' か。

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