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クロス・レヴュー 2023年12月号

「クロス・レヴューはミュージック・マガジンの重心を支える背骨みたいな存在だ。この雑誌は毎月発売されるレコードを幅広く取り上げ、できるだけ厳しく批評し、しかもその批評性を持続していくことで音楽の長い流れをしっかりと捉えるのを役目と心得ているが、その役目を集中的に象徴してきたのがクロス・レヴューの欄なのだと思う」――中村とうよう

ミュージック・マガジン増刊『クロス・レヴュー 1981-1989』に掲載された序文から

『ミュージック・マガジン』誌上で1981年から続く、注目アルバム7枚について毎月4人が批評して10点満点で採点するコーナー、“クロス・レヴュー”のWEB公開を始めます。評者それぞれの聴き方の違いを楽しんでいただくもので、アルバムの絶対評価を示すものではありません。より充実した音楽生活を送っていただくきっかけの一つにしていただければ幸いです。

今月の評者は以下の4名です。

大鷹俊一
北海道生まれのビートルズ・リアルタイム世代。ミュージック・マガジンを経て音楽関係の書き手をやってます。
小林祥晴
1979年生まれ。イギリスのインディ・ロックやクラブ・ミュージック、そしてその中間に位置する音楽について書くのが一番得意です。
小松香里
フリーランスの編集者/ライターとして、音楽・映画・アート関連の記事を中心に幅広く携わる。
矢川俊介(本誌編集部)
1976年生まれ。柏市出身、中野区在住。2001年、ミュージック・マガジンに入社。2023年4月号から本誌編集長。


※それぞれの評文についた○内の数字が点数です。(10点満点)

James Blake "Playing Robots Into Heaven"

Polydor

8月には来日公演も行なった英ロンドンのプロデューサー/シンガー・ソングライターによる、ダンス・ミュージックに“原点回帰”した2年ぶり・通算6枚目のアルバム

大鷹俊一
 前半のダンスものなどを聞き流していると原点回帰と言われるのもわかるが、アルバム全体としてとらえると、そういう要素を含めて奥行きが深い。エレクトロニクス、シンセを大胆に駆使するにしてもセッション的なニュアンスを巧みに取り入れているし、音像へのこだわりも、ナチュラルに複雑化していてスケール感が付いてきてていいのだが、全体に過剰感があって聴き疲れしてくる。

小林祥晴
 こんなに生き生きとしたジェイムス・ブレイクは聴いたことがない。「極上の歌を書く」という自身に課してきたハードルをアルバム単位では初めて撤廃し、一番得意とするビート・メイキングに振り切ったことで、純粋に楽しみながらアルバムを作れたことが伝わってくる。唸るモジュラー、大胆なサンプリングとカットアップ。皆が聴きたかった異形のプロデューサーとしての彼がここにいる。

小松香里
 2年ぶり6枚目のアルバム。ジェイムス・ブレイクの代名詞であるローなビートが効いた不穏なダンス・ミュージックも、魂が震えるようなヴォーカリゼーションで美しいメロディを歌う楽曲も収められている。一方で、例えば6曲目、アナログな手触りのピコピコしたテクノに野性味あふれるラップが乗るような実験性ある楽曲もあり、方向性は様々。無邪気な開放感に溢れている。

矢川俊介(本誌編集部)
 彼のライヴを観るたびに、ラディカルな音の選択とビートのセンス、そこから浮かび上がってくる歌声や生音の共存に打ちのめされ、"こういうポップ・アルバムを作って欲しい"と願う。先行で ‘Tell Me’ を聴いて、今作にその期待が高まったものの、全体としては模索の途中にある、実験的なビートへの回帰/接近のように思った。その探求の先にたどり着く景色を見届けたい。

The Drums "Jonny"

Anti-

中心人物のジョナサン・ピアースが過去のトラウマと向き合って制作した、米NYのインディー・ロック・アクトによる6作目。本誌11月号にインタヴュー掲載

大鷹俊一
 
前々作あたりからはっきりとジョナサン・ピアースのソロ・プロジェクトとなっているわけだが、基本的には彼好みのサーフ・ロック・タイプのポップ・サウンドが全面展開する点は変わらず。幼い頃のトラウマからの克服を課題としたアプローチなので甘酸っぱいメロディとの親和性は極めて高いが、さて、それだけでアルバム一枚のサイズを楽しませられているかというと疑問は残る。

小林祥晴
 幼少期の壮絶なトラウマに向き合った作品とのことで身構えたが、表面的には軽やかなインディ・ポップ。前作で後退していた初期ビーチ・ボーイズ路線の音は復活。もちろんジョイ・ディヴィジョンやスミスの仄暗い美しさもある。歌詞に目を通すと胸を締めつけられるが、この重たいテーマをポップ・ソングに昇華するためにこそ、サーフ・ポップの楽天性を再び召喚する必要があったのだろう。⑦

小松香里
 コロナ禍で活動がままならない時期にジョナサン・ピアースが幼少期の自分と向き合ったことで生まれた内省的な作品。心をかきむしる甘酸っぱいヴォーカリゼーションと、ネガの真逆を行くような軽快なビートは健在だが、ハイパーポップが入ってくる等、ピアースの混乱を表わしているよう。幼き日の自分に話しかけるようなアプローチが随所にあり、トラウマを成仏させようとする意志を感じる。

矢川俊介(本誌編集部)
 どういう冗談?と思ったお尻ジャケットの痛ましい意味を知って、ストレートで無邪気に思えたこのギター・ポップの響き方が変わった。繰り返し聴くと癖になるメロディとギター・リフに、生きる困難さが滲み出ているかのよう。3曲目ほかに登場するエレクトロ・ビートと生楽器の絡みなど、耳を引く進化もおもしろいし、過去の自分(=Jonny)に向けたタイトル/曲にも前向きな意思を感じる。

エヂ・モッタ『ビハインド・ザ・ティー・クロニクルズ』

Pヴァイン PCD25368

近年のAOR路線の作品が注目を集めている、ブラジルの”ポップ・マエストロ”が5年ぶりに発表した新作。11月号に記事も掲載

大鷹俊一
 殆ど聞くことのないブラジリアンAORだけに新鮮に楽しめたのは確かなのだが、構成やサウンド・アプローチはどれにも既視感が濃厚に働くのも事実。もちろん細かいコード・ワークやミックスの手法は洗練されていて、とても今っぽいのはわかるものの、それだけでのめり込むほどの手練れさは感じない。良い悪いというのじゃなく、やはり趣味の違いとしか言いようがないな。

小林祥晴
 今回はジャケットの威圧感が凄い、ブラジル発のAOR愛好家。濃密なスティーリー・ダン愛はいつもどおり。だが本作は、4、10曲目などでミュージカル音楽にも造詣が深いことを披露。7曲目はカントリー〜ブルーズの小品。他にも気になる参照点を挙げるとキリがない。無類のレコード収集家であるモッタの果てしない引き出しの多さと緻密な音の作り込みには、ジャケ同様の凄みを感じる。

小松香里
 ブラジリアン・グルーヴ・マスターの5年ぶりの新作。プラハのフィルハーモニック・オーケストラによる華やかなストリングス・ナンバーから始まり、荘厳なピアノ・ナンバーまで。これまでの楽曲にあった軽やかなアシッド・ジャズやノリの良いファンクといった要素はなくなり、とにかくリッチでゴージャスで丹念に作られた印象を受ける。敬愛するスティーリー・ダンにますます接近。

矢川俊介(本誌編集部)
 どんなに画面が動いても構図が乱れないウェス・アンダーソンの映画のように、どこを切っても完璧な演奏とアレンジ。重ねられるストリングスやコーラス、各楽器のプレイやリズムの精密さ、ミックスへの異常なこだわり。この音楽がどれほどの完成度であるか、聴くほどに思い知る。しかし、私はウェスの映画が得意ではないのだ。この音楽の構図の向こうにあるものを聴き取れたとは言い難い。

大比良瑞希『HOWLING LOVE』

RED〔ソニー〕 UXCL308

自作曲に加えて多彩なプロデューサー/アーティストとのコラボレーションを多く収めた1年半ぶりの4作目。11月号にインタヴュー掲載

大鷹俊一
 カラッとした歌声と爪弾くエレキ・ギターのアンサンブルが極めて心地よいし、スカートの澤部渡やカーネーションの直枝政広を始めとしたアーティストたちとのコラボもじつに滑らかでスイスイと聴き進められる。とはいえこれだけ多彩な人たちが集まっているわりには広がりという点で物足りなさも感じ、一色のイメージしか浮かんでこない。アルバムとしての展開をもっと作れたのでは。

小林祥晴
 3曲目ではトラップが顔を出し、6曲目ではUKガラージのビートが敷かれている。洒脱なシティ・ポップとJポップの隙間を縫うサウンドを得意とする大比良は、今作で多彩な共作者とともに意欲的な音の冒険をしている。愛がテーマという歌詞は、揺れ動く恋愛感情から自尊心や家族愛にまで広がる。歌とギターには既に何でも乗りこなす個性と実力がある。言葉がもう一歩踏み込めると面白い。

小松香里
 澤部渡(スカート)、CHICO CARLITO、butaji、直枝政広(カーネーション)等が参加し、一気に引き出しを広げた。特に中村泰輔プロデュースの楽曲は大比良のスモーキーでビターな歌声の艶やかさがより発揮されていてハッとさせられる。1曲1曲新たな表情が芽吹いているが、だからこそアコースティック・ギターと大比良の歌だけで構成されたラスト曲のまっさらさが余計、響く。

矢川俊介(本誌編集部)
 コラボの多様さや豪華さが特筆される新作だが、それらを完全に自分の表現として昇華する彼女の個の強さにこそ驚く。それは発するだけで切なさと説得力を放つ歌声の力も大きいだろう。そこから聞こえてくる個人としての彼女の言葉には誰もが自身を投影してしまうような部分があって、それを尖鋭性と、ポピュラリティを両立させながら響かせる。ポップスとしての最良の形のひとつ。

ポニーのヒサミツ『ほうむめいど・かうぼうい』

テトラ

前田卓朗のソロ・プロジェクトによる、自身のルーツであるはっぴいえんど『風街ろまん』、細野晴臣『HOSONO HOUSE』に向き合ったという1枚。11月号にインタヴュー掲載

大鷹俊一
 自家製カウボーイによる旅日記というわけか。「さよなら感染対策」で始まるあたり、この時代ならではだが音楽性ははっぴいえんどに始まりカントリー・ロックやスワンプ風味が穏やかに香り、メロディも親しみやすいものばかりなので聴き心地は好い。旅がすべて思いのままではないのは誰もが体験済みだけに、そこらの不安定な要素や戸惑い、迷いみたいなものがもっと浮かんできてほしかった。

小林祥晴
 本作から何より伝わるのは、大好きな音楽への真っ直ぐな愛情。カントリーやスワンプ・ロックを和気藹々と鳴らし、敬愛する細野晴臣とはっぴいえんどの引用も躊躇なくやってのける。西東京のインディ人脈に支えられた演奏は豊潤。そして「ほうむめいど」感のある素朴な音質は、小さな日常を歌う歌詞の世界に符合する。コロナに対する人々のリアルな距離感を定着させた1曲目の歌詞が見事。

小松香里
 みずからの根本である『風街ろまん』と『HOSONO HOUSE』と向き合って全編リモートで制作。サウンドだけでなく、歌詞にもはっぴいえんどの影響が色濃い。同時に「さよなら感染対策」という曲名をはじめ、時事ネタがナチュラルに盛り込まれ、何度もニヤリとさせられる。カントリーとスワンプ・ロックの黄金律もふんだんに聞こえ、リスペクトとオリジナリティが絶妙に両立している。

矢川俊介(本誌編集部)
 本人が作品ごとにテーマを公言するほど、音の参照元は明らかだし、類似点を指摘しておもしろがったりすることも楽しみの一つなのだが、1曲ごとのアレンジのアイデアは実に豊かで、メロディも人懐っこくて完成度が高い。だが一方で、演奏やピッチの時折の不安定さも含めたこの手づくり感にこそ、本人の奥ゆかしさと不器用さがにじみ出ていて、音楽としての愛おしさを感じる。

オリヴィア・ロドリゴ『ガッツ』

ユニバーサル UICF1137

21年のデビュー作『サワー』でグラミー3部門を受賞するなど一躍スターとなった、03年生まれのシンガー・ソングライターの2作目。11月号には関連特集「Y2Kリヴァイヴァルを考える」も掲載

大鷹俊一
 これだけの感受性と同時代の音楽が持った諸要素をみごとに収めていることに圧倒される。テイラー・スウィフトの影もあればロード、アヴリル・ラヴィーンといった人たちの姿が一瞬浮かんできたりもするが、そんなものはすぐに消えていく。自身が表現したい世界が猛然とした勢いで奥底から吹き上がってくるからで、多くのロック的なモードが自然な味付けとなっているところも凄い。

小林祥晴
 こんなにギターがガンガン鳴るアルバムが大ヒットするなんて一体いつぶりなのだろうか? ロックが求心力を失い、ラップとポップが全盛となってから久しいが、彼女はそこに地殻変動を起こし得る存在だ。前作よりさらにロック濃度は高め。影響源はエモとポップ・パンクに留まらず、オルタナやフォークの語彙も多用されるようになった。ここでは新しい世代による新しい時代の音が鳴っている。

小松香里
 グランジ、インディー・ロック、ポップ・ロック、ロック・オペラ、パンク・ロック、ラップ・ロック……ここまで多彩で機微のあるロック・アルバムを生み出すとは。どの曲からもロドリゴの感情が鮮明に伝わる。それはつまり、音と歌詞が完璧にマッチしている上に類まれなる表現力があるからだ。酸いも甘いもそのままとじこめてエモーショナルに放たれ、『ガッツ』の名に相応しい生命力だ。

矢川俊介(本誌編集部)
 楽曲は粒ぞろいでキャッチー。詞を読み込むと、繊細さと大胆さ、若さにたちまち引き込まれる。彼女のルックスやファッションも含めて、これが世界的な現象となっていること自体が今の時代を映してくれる。と同時に、聴き込むほどに、あまりのそのリアルさ、眩しさからはるか遠くにいる客観的な自分、言わば "All-Japanese middle-aged man" である自分を突きつけられることになる。

サンファ『ラハイ』

ヤング〔ビート〕 YO312CDJP

数多くの称賛を集めたデビュー作から6年、ついに届けられた2ndアルバム。タイトルはシエラレオネの父方の祖父の名前だという(サンファ自身は移民2世の英国人)。11月号にインタヴュー掲載

大鷹俊一
 祖父から譲られたというミドル・ネームをタイトルに冠したのにふさわしく多面的かつスピリチュアルなアルバムだ。超越性を追求したそうで、母や子供たちなど、何世代の間のつながりや思いを描くスケール感はよく表れているし、プロデューサーのエル・ギンチョを始めとして多彩な共演者たちとの柔軟なミクスチャーにより細かくサウンドの変化を付けていく手際もすべて整っている。

小林祥晴
 前作では自身のルーツである西アフリカのポリリズムを取り入れたが、本作で耳を引くのは英国発祥のドラムンベースを意識したビート。だが、ただ流行に乗ったのではない。英国に暮らす移民2世の彼は、西アフリカ音楽の要素を内包するビートとしてドラムンベースを導入。つまり、二つの国にまたがる自分の出自をビートで繋いでいる。その発想力、視野の広さ、音の作り込み、どれも卓越している。

小松香里
 「超越性」を追求したというセカンド。ピアノを軸に、ジャズ、R&B、ソウル、ジャングル、ヒップホップ、エレクトロ、ルーツである西アフリカの音楽等を混在させた静謐なサウンドは印象的なフックが増え、キャッチーになった。まるで永遠に救済を求めるかのような問いが、ループするビートと共にリピートされる。それは自らだけでなく母と娘にも向かい、ラスト曲で家族の連帯に収束する。

矢川俊介(本誌編集部)
 大成功した1stから6年ぶりの、どうやっても注目が集まる2nd。ループするピアノにドラムンベース的な細かい生ドラムが絡んでくる1曲目で、新しいサウンドへの明確な意思を感じ、もう背筋が伸びる。虚飾をできる限り排した抑制されたアレンジはより研ぎ澄まされ、細部まで気高く響く。しかしあくまで中心にあるのはこの繊細な歌声であることがアルバムを揺るぎないものにしている。

以上の「クロス・レヴュー」も掲載されている12月号、好評発売中!
詳細は下記リンクをご覧ください。

http://musicmagazine.jp/mm/index.html

こちらから購入いただけます。

https://musicmagazine.stores.jp/items/6551a46fae8e9e002b9c8392

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