あしやまメソッドについての雑感

はじめに

先日、あしやまひろこ氏@hiroko_TB が、「わいせつ物の公開前の事前確認手段」なるものをXで公開していました。
後述するように、私見としては効果について懐疑的ですが、前例のないことをやること自体に価値があると思いますし、自分の理解を超えた結果となることは(これまでの人生経験からも)普通にあり得ると思うので、応援していきたいと思っています。
要するに個人的なスタンスとしては、いいぞもっとやれ(どう転んでも面白いので)という感じです。

1.手続の流れと法的根拠

簡単に整理すると以下⑴〜⑻のような流れのようです。
⑴ わいせつ物の頒布等に関する契約書を作成する
⑵ 公証人にその契約書への認証(私署証書の認証)を依頼する
※私署証書の認証とは私文書の成立の真正を公証人が証明してくれる手続のことです。あの書類は無効だ!とか後から言われるのを防げたりします。手数料は2500円~です。
∵公証人法1条3号、52条、公証人手数料令第9条、第34条1項
⑶ 公証人が認証をしてよいか調査する
※公証人は正当な理由がない限り認証を拒否できませんが、証書に記載された行為の内容に違法性があるような場合は拒否できます。そしてその違法性について疑いが生じた場合には調査義務があります。ただし公証人は証拠収集権限を持たない上、当事者に証拠提出義務はないことから、弱い審査権限、形式的審査などと言われています。
∵公証人法3条、公証人法26条、同法施行規則13条1項、最高裁判例(最1小判平成9.9.4)
⑷ わいせつ物であること等を理由に公証人が私署証書の認証を拒否する
証書に記載された行為が刑罰法規に違反することを理由に認証拒否ができます。拒否した場合、当事者から請求があれば理由書を交付しなければなりません。
∵公証人法26条、規則12条
⑸ 公証人が拒否したことに対して、法務局または地方法務局長に異議申し立てをする
※公証人は法務大臣の監督下にあるため、当事者は、法務局または地方法務局長に対して、公証人の事務取扱についての異議を述べることができます。認証拒否は異議申立事由にあたります。つまり、正当な理由がないのに私署認証の作成を拒否された!といってより上の人たちに異議申立ができる制度が用意されているわけです。
∵公証人法74条、78条1項
⑹ 公証人が拒否したことに問題はなかったか、法務局または地方法務局長が判断をする
⑺ ⑹の判断として「認証拒否に問題はなかった」とされた場合、今度は法務大臣に⑸と同じ異議申し立てができる
∵公証人法74条、78条2項
⑻ さらに法務大臣も「認証拒否に問題はなかった」と判断した場合、それに対する行政訴訟を提起する。
※⑸から⑺をすっ飛ばして⑷に対していきなり行政訴訟することもできます。じゃあ具体的にどの類型の訴訟を提起すべきかですが、これは非常に難しい話になりそうなので無視します。
あとは国賠訴訟もあり得ます。ただ具体的にどのような損害が発生したといえるのかは難しいですね。公正証書の事例だと、公証人が違法な公正証書を作成したことを理由とする国賠訴訟の判例があります。

2.効果

では次に効果についてです。
この手続を通してどのような効果が得られるのか。
まず顛末としては以下のように場合わけができそうです。

1 公証人が適法と判断し認証をする
2 公証人が違法と判断し認証を拒否する
2.1 2への異議申立の結果、法務局または地方法務局長が公証人の認証拒否を「違法又は不当」とする
2.2 2への異議申立の結果、法務局または地方法務局長が公証人の認証拒否を「問題なし」とする
2.2.1 2.2への異議申立の結果、法務大臣が公証人の認証拒否を「違法又は不当」とする
2.2.2 2.2への異議申立の結果、法務大臣が公証人の認証拒否を「問題なし」とする

それぞれみていきます。

⑴ 公証人が適法と判断し認証をした場合(上記1)
公証人は拒否事由がない(=法的に問題なし)と判断したわけです。
「わいせつ物」の頒布に関する私署証書の認証を依頼したのであれば、これによって公証人が刑法175条の「わいせつ物」にあたらないと判断したことを確認できます。
これによって考えられるメリットとしては、①その物を頒布しても刑事責任を問われない(=公証人の判断が警察や検察、裁判所を拘束する)こと、②仮に逮捕や起訴されてもわいせつ性に関する故意が阻却されること、などでしょうか。
①については、公証人がなんと言おうが警察や検察は気にする必要はありませんし、しないでしょう。裁判所も同様です。公正証書遺言ですら裁判で無効になることが珍しくないのがいい例ですね。そもそも公証人の判断がひっくり返る可能性がある(公証人の判断が誤っている可能性がある)という前提で異議申し立ての制度とかが設けられているわけです。
ただ公証人が攻めたギリギリの判断をするとは思えないので(わいせつ物頒布等に関する私署証書に認証をすれば懲戒になり得るため)、公証人がOKするレベルのものって、警察や検察からすれば無視一択のその辺に落ちてるエロ画像未満のものかと思います(公証人によるのでしょうが)。なので実質的には公証人がOK判断出せば逮捕や起訴される可能性は限りなくゼロに近いといえるのではないのでしょうか。
つまり法的な意味はないけれど、実質的には逮捕や起訴がされる可能性が限りなく低そうなことが確認できるという意味がある、とは言えそうです。
②については、起訴された場合に、「公証人がOKと言ったんだからわいせつ物ではないと信じていた!だから故意がない!」と主張するわけですが、公証人がOK判断をしたからといって必ず故意がないと認定されるわけではないでしょう。わいせつ物頒布等に関する故意としては、その物がわいせつ性を有するという社会的意味・性質を認識していることが必要となります。ただこれは厳格に要求されるわけではなく、一般人がエロいなと感じる程度の描写があることを認識があれば十分だとされています。関連する判例にいわゆる「黒い雪事件」と呼ばれる超有名な事件がありますが、こちらは、映倫の歴史や映倫制度の趣旨、映倫制度に対する社会的評価や関係者の認識などを考慮し、映倫の審査を通過すれば社会的に許容されるものであって、当然わいせつ物にあたるわけはない、という認識が当事者にあったことを認定し、無罪としました。一方、あしやまメソッドを利用する人の場合、公証人がOK判断をしたとしてもそれが絶対的なものではないという認識があるのではないかと思います。つまり、「公証人はOKと言ったけどこれはわいせつ物かもしれないなあ」という認識が当事者に残りそうなわけです。刑法上の故意は、このような「かもしれない」で認められます。なので結局故意を阻却するかというと、他の事情なども総合的に考慮しないとわからず、公証人がOK判断をしたことは一つの事情になるに過ぎないでしょうね。

⑵ 法務局または地方法務局長が公証人の認証拒否を「違法又は不当」と判断した場合の効果(上記2.1)
この場合は何について違法又は不当と判断したのかが問題になりそうです。
判断結果(=公証人が認証すべきなのに拒否したこと)を違法不当と判断すれば、OKを出した主体が公証人から法務局または地方法務局長に変わる以外は⑴と同じ感じですね。
判断過程(=公証人がきちんと調査せず漫然と拒否したこと)を違法不当と判断すると、ちゃんと拒否事由にあたるかもう一回きちんと判断しろよ、という意味で拒否が違法不当と判断されるわけです。そうすると改めて公証人が調査をして認証をするか拒否するか判断するわけで、まあ振出しに戻るわけですね。

⑶ 2.2への異議申立の結果、法務大臣が公証人の認証拒否を「違法又は不当」と判断した場合の効果(上記2.2.1)
上記⑵とほぼ同じ感じです。ただ判断結果(=公証人が認証すべきなのに拒否したこと)を違法不当と認めたのだとすると、少し事情は変わりそうです。法務大臣が問題なしと判断したのだから、これはわいせつ物にあたるはずないだろう、と当事者としては信じるでしょう。また、警察や検察としても、当事者に故意はなさそうだな、と考えると思います。つまり起訴された場合に故意が認められない蓋然性が高くなりそう、なおかつそのことから警察や検察は逮捕や起訴には踏み切りづらくなる、という効果がありそうです。
ちなみに以下の通り組織としては検察は法務大臣の管轄にあります。しかしだからといって法務大臣の判断と異なる判断を検察ができないということはないです。法務大臣はしょっちゅう変わりますしね。もちろん法務大臣を検察が起訴することもできます。元法相ですが、河合さんは起訴されてましたね。

https://www.moj.go.jp/KIDS/info/kensatu/

⑷ 2.2への異議申立の結果、法務大臣が公証人の認証拒否を「問題なし」と判断した場合の効果(上記2.2.2)
つまり公証人も法務局または地方法務局長も法務大臣も、これに認証するのはいかんでしょ、と判断したわけです。それを無視して頒布等を強行したからといって、わいせつ物頒布で起訴される可能性が高くなることはないでしょうが、仮に起訴された場合にわいせつ性についての故意を争うことは相当困難になるでしょうね。


結局、私見としては、どのような顛末になるにせよ、特にメリットはないのではないかと思ってしまいます。⑴に記載したように、公証人がOK判断出せば逮捕や起訴される可能性が限りなくゼロに近いことを確認できそうというメリットはありますが、前述の通り公証人( or 法務局や法務大臣)がOK判断出すレベルのものって、誰が見てもわいせつ物にあたらなさそうなレベルのものだと思われるので、果たしてそれにお墨付きをもらうメリットはあるのか?と思います。時間も費用も掛かりますし、テクニカルですし。ちなみにあしやまさんがこの手続で実質的な違憲審査ができる(刑法175条が憲法21条に反することを主張する?)といったツイートをされていましたが、あまりわからなかったので誰かおしえてください。

3.他の手段

⑴行政不服審査法の審査請求を行う
公証人法上の異議申立による他に、行政不服審査法の審査請求と再審査請求でも同じことができるかも?と思いました。そもそもできるかはわかりません。メリットデメリットもわかりません。思い付きです。

⑵もしかしたらあしやまメソッドを700円でできるかもしれない
公証人の取り扱う事務として、確定日付の付与というのがあります。1件700円でできます(公証人手数料令37条)。これはざっくりいうと、ある書類がその日付に存在していたことを客観的に証明してくれるというものです。そしてこれについても、日本公証人連合会によれば、「内容の違法な文書、無効な法律行為を記載した文書であることが明らかなものは、確定日付を付与することはできません。」とのことです。https://www.koshonin.gr.jp/notary/ow10#:~:text=Q1.%20
この法的根拠が何なのかわかりませんが(公証人法26条ではなさそう)、まあとりあえず実務的には拒否されるみたいです。拒否されればあとは同じように公証人法78条に基づいて異議申立なんかができるわけです。そうすると結局この700円の確定日付付与でも同じ手続を踏めるのではないのかなと思いました。これも思い付きです。

4.最後に

ネガティブなことをたくさん書きましたが、最初にも書いたように、個人的なスタンスとしては、非常に面白く価値のある行動だと思っているので、応援していきたい気持ちです。自分の想像を超えた結果が出てほしいです。
今回のあしやま氏の活動(?)をきっかけに、わいせつ物関連の表現行為やその他の行為に関して、ビジネスにおけるNALやグレーゾーン解消制度、特許侵害に関する特許庁の判定制度のような、より使いやすくわかりやすい判断制度ができると理想的なのではないかと思っています。

5.余談

公証人の給料すごいですね。公証人の年間手数料収入額(令和4年)は全国平均3194万円、東京大阪では4384万円らしいです。ここから必要経費が引かれるらしいですが、それでも全国平均で年収2000万円くらいはありそう。
 https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/meeting/wg/2310_02startup/240227/startup_ref01.pdf 

公証人の前職内訳も上で公開されていますが、元検事が最多で206名、次いで判事136名らしいです。ちなみに同期の検察官と裁判官曰く公証人になるのはめちゃくちゃ狭き門らしいです。公証人の数を増やした方が国民のためになりそうですが、手数料収入を維持するために人数は増やしたくないんでしょうな。

おわり。

参考

・日本公証人連合会編「公証人法」(ぎょうせい)
・岩本信正「条解公証人法」(朋文社)
・西村曜子「公証人の責任についての一考察」(札幌大学 学術情報リポジトリ)




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