優しいだけじゃ見逃してしまうもの。

恋人をディズニーランドに連れていった。
2ヶ月遅れの誕生日祝いだった。

2ヶ月遅れになったとはいえ、とくべつドラマチックな理由があったわけではない。誕生日前日に行った音楽フェスで2人して疲れ果ててしまい、予定が延期になっただけの話だ。

そして今日、二人で予定を合わせて、僕たちはあの日行けなかったディズニーランドに行った。

舞浜駅についてディズニーランドの入園手続きを済ませると、さっそくハニーハントのファストパスをとる。人が少なかったピーターパンのアトラクションを見つけて、なんとなく並ぶ。僕たちはピーターパンが2度ほどしか出てこなかったことにぶつくさ文句をいいながら、恋人が兼ねてから食べたがっていたブレークファストを目指して歩く。しかし、着くとお店はすでにランチタイムになっていて、ふたりで顔を見合わせる。僕はパイナップルとベーコンのピザが食べたいと言った。

そんなふうにして始まった僕らのディズニーデートは、閉園22時を過ぎるまでしっかり続いた。僕が書きたいのは、その中で起きた、ほんの一瞬の、ほんとにささいな出来事のこと。

14時半ごろ、僕たちはスペースマウンテンのファストパスを取りに、トゥモローランドエリアを歩いていた。発券機が見えてきたとき、キャストさんたちがぞろぞろと集まって、何かを始めそうな素振りを見せていた。少し眺めていると、彼らは4人×2列で道を作り、その間をお客さんに通らせてはハイタッチを始めた。

僕たちはそれを横目で見ながら、「いいねぇ、楽しそうだね」と言った。恋人もその賑わいを見つめながら、「そうだねぇ」と笑った。そして僕たちは、キャストとお客さんが盛り上がるその横を通り過ぎた。

僕はほんとうは、ハイタッチがしたかった。絶対楽しいと思った。でも、素通りした。それは、恋人がやりたくないだろうと思ったからだ。恋人は、人前で目立つことがあまり好きではない。遠巻きに見守る人も多い中、その輪に飛び込んでハイタッチまでするだなんて、彼女にとってはきっと抵抗があるだろうと思った。

普段から僕は、そうやって自分のやりたいことを我慢したりすることが、よくある。相手がやりたいと言ったことにはたいてい付き合うけれど(なんでも面白そうと思えちゃう単純な脳みそをしてるので)、自分がやりたいと言ったことを恋人がやりたくないといえば、無理して付き合わせることもないと、相手の気持ちを優先することが多かった。

だけど、なぜだか今日の僕は、気づくと彼女の手を引いていた。久しぶりのディズニーランドで浮かれていたのか、我慢することに少し反抗してみたかったのか。勝手に身体が動いていたのでほんとうのところは自分でもよくわからないのだけど、とにかく僕は、彼らのそばを通り過ぎたあと、恋人の左手首を握っていた。

その細い手首を引いた瞬間、グッと反対側に戻ろうとする力を感じた。彼女が抵抗したがっている。一瞬、躊躇う。手首を引くなんて大胆なことは滅多にしないし、はっきりと「いやです…!」の気持ちが返ってきたのだから、やっぱり無理に付き合わせないほうがいいかなと、躊躇った。

でも結局、コンマ数秒葛藤したあと、僕はその手をそのまま引いた。一瞬働いた反対側への力、それに気づかぬフリをして、僕は彼女の手首を握ったまま駆け出す。

すると、僕の恋人は手の力をスッと抜いた。彼女は、僕と一緒に駆けてきた。

7歩くらい。それくらい駆けて、僕たちはキャストさんたちの中に飛び込んだ。僕は彼女の手を放し、両手でハイタッチをしながらキャストの間を走り抜ける。楽しくて、笑顔になる。最後のキャストさんはミッキーの大きな手をつけていて、ハイタッチをすると指がふにゃんと曲がった。駆け抜け終えると、僕は恋人を振り返った。どんな表情をしているか、とても気になった。

彼女は笑顔だった。

僕に負けず劣らずの、それは格別に、もう本当にいい笑顔で、彼女はキャストの間を駆け抜けてきた。あっという間にハイタッチを終え、その先で待つ僕の元へ辿り着く。少し興奮したようすで、彼女は僕の手を握る。僕もまた、何事もなかったかのように彼女の手を握り返し、スペースマウンテンの、ファストパス券売機を目指してスタスタと歩きだした。僕も彼女も、今起きた出来事のことについて、とくべつ何かを話したりはしなかった。

だけど僕は内心、相当うれしかった。思い切って手を引いて、少しドキドキしたこと。一瞬躊躇ったあと、彼女がついてきてくれたこと。予想もしなかった、笑顔の彼女。全部が、とくべつうれしかった。時間にすればたかだか数秒、距離でいえばたかだか数メートルの間で起きた出来事が、僕にはとにかくうれしかった。

23時に家に着き、化粧を落としてシャワーを浴びると、彼女はすとんと眠りについた。僕はというと、寝息を立てる彼女の隣りで、この文章を書いている。

僕は、「優しい」だけの自分を卒業しようと思う。

気を遣いすぎるのはよくないとか、我慢なんてダサいかそういうことじゃなく、「『優しい』だけじゃ見逃してしまうものがある」こと。そこに気づけたから、「優しい」に甘んじている自分を卒業しようと思う。

気を遣うこと、譲ること、相手の意思を尊重できることは、長所でもあると思う。だけど、思い切って手を引いてみなきゃ見ることのできなかった、恋人の表情だってあるのだ。自分が勇気と責任を持って引っ張ることで始まる、素敵なことだってあるのだ。

優しいだけじゃ見逃してしまうもの。なんだかいろいろ見つかりそうな気がするので、しばらく考えてみたいと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?