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Mくんの私に書かせなさい(古道2/2)

1/2はこちらから↓


焦らないで一回読み直しません?
大丈夫ですか?

いいんですね?
それなら始めますよ



私の両親は大学から遠くに住んでいましたし、私自身、大学生にもなって両親が卒業式に来るのは恥ずかしい感覚がありましたので、卒業式には来ませんでした。この辺の感覚は家庭によって異なると思いますし、どっちが正しいとか間違ってるとかという問題ではないかと思います。ちなみに入学式も私一人で出ました。中学校からそうだったかもです。

ヘラルドの両親が招いてくれたのは大学の近くのファミレスで、「こういう金持ちもこんなとこ来るんだなぁ」と率直に思いました。普段着で気兼ねなく行けたので、気持ちとしては楽でした。ちょっとだけがっかりしたのはここだけの秘密です。

ヘラルドたちは先に席についていて、私は遅れた格好になりました。
ヘラルドのお父さんは、背が高く痩せ型のほっそりとしたおじさん。
お母さんはとってもダイナマイトでデンジャラスで、わがままボディのおば様でした。

お母さんは日本語がほとんど話せないようで、自己紹介が終わると、会話はもっぱらヘラルドとお父さんと私の3人だけでした。
お母さんはフライドポテトを食べてました。
山盛りのフライドポテトをわし掴みで食べる人を見たのは後にも先にもこのときだけです。

息子が世話になったとか、海外生活が長いと日本の気取らない店が恋しくなるだとか、そんな他愛のない雑談をしながら食事を食べ終わりました。

私たちはデザートを頼もうかと話し合い、ヘラルド母はおかわりのサーロインステーキを注文するか悩んでいるあたりで、ヘラルドのお父さんが切り出してきました。

「今日Mくんさんをお呼びしたのは、お礼したいことと、お伝えしたいことがあったからなんです」

まぁ何かしら重要な要件がなければ卒業式の前日に友人の両親に食事に招かれることはなかろうと思ってましたから、これは予想していました。
もしかして、ヘラルド父の会社で働かないかという話だったらどうしよう、海外勤務なら英語圏がいいなぁ、内定辞退間に合うかなぁとか期待しながら、なんのことでしょうかと答えました。
「以前ヘラルドを助けていただいた、心霊現象のことです」

正直言って期待外れですし、私もその記憶はすっかり忘れてしまっていました。あまり記憶力が良くないほうなので。

でも大切なことはちゃんと覚えていますよ!

ヘラルドのお父さんが話してくれたのは、ヘラルドと家族3人でかつて暮らしていた、南米のとある国で数年前体験した出来事でした。

ヘラルドが15歳の頃、家族で休暇に山あいにある別荘へ泊まりに行きました。そこでヘラルドとヘラルドのお父さんはサイクリングにでかけました。

山あいの高所にあるということもあって涼しく、サイクリングにはもってこいの日だったそうです。ちなみにヘラルドが乗っていたのは、例の自転車でした。
サイクリングの途中、腰掛けるのに手頃な大きさの岩が転がっている木陰を見つけたので、そこで二人は休憩を取ることにしました。
ヘラルドのお父さんが自転車を停めて岩に腰かけて水筒を開けようとしたところで、うっかり手を滑らせて水筒を落としてしまいました。
2リットルくらい入る大きめの水筒だったのですが、水筒はそのまま地面に転がっていた30cmほどの岩に当たり、その岩は2つに割れてしまいました。

水筒の中のアイスティーが岩にかかると、なにやらうっすら文字が浮かび上がってきました。
ヘラルドのお父さんはその国の言葉を話せますが、読み書きは苦手でした。しかもその文字はかすれていて読みにくく、読み取れません。
母国語としての理解度があるヘラルドに読んでもらうことにしました。ヘラルドもなかなか読めませんでしたが、
なんども目を凝らして
「Carmencita (カルメンシータ)」
とポツリ。
ヘラルドが読み上げた言葉は聞き覚えがありますが、意味がわかりませんでした。

お父さんがヘラルドにどういう意味か尋ねると、「女の人の名前だよ」。

ここで二人は、自分たちが割った岩がお墓だったことに気づきました。とてつもなく罰当たりなことをしてしまったので、その場で誠心誠意お詫びの言葉を伝え、早々にその場をあとにしました。

恐々とした帰り道でしたが、帰りの道中でトラブルの類はなく、無事に別荘まで帰り着きました。ヘラルドのお母さんは二日酔いでぐったりしていたそうで、この件を話す機会はしばらく訪れなかったそうです。

なんとも後味の悪い休暇でしたが、その後は特に何もなく休暇を終え、それから1週間ほどして、ヘラルドの父はオフィスに出勤しました。
昼食の際に、現地人の社員と休暇中の出来事の話題になりましたので、ヘラルドのお父さんは例の岩の話をしました。
するとその社員はとても驚いた様子で、そもそも岩のお墓というものはその国ではあまり見かけないものであること、だとしたら古いお墓なのかもしれないということを教えてくれました。
しかしもし仮にお墓だったとしたらあまり良くないことだから、親族の霊媒師に相談してみるか?と提案してきてくれました。
ヘラルドのお父さんも気分的にスッキリしたい思いがあったので、翌週その地域に出張の予定を入れ、霊媒師とその社員の3人で現地を訪れることにしました。

霊媒師の方は民族衣装に身を包んだ老婆、というわけではなく、小綺麗な細身の40代くらいの女性だったそうです。その社員の運転で現地へ向かい、2、3時間ほどで到着しました。

腰を掛けるのにちょうどよさそうな岩のある木陰には、やはりたくさんの岩が転がっていました。しかし、割ってしまった岩だけ、なぜか見当たりません。風などでどこかへ転がってしまったのかと辺りを探しますが、やはり見つかりません。しかし霊媒師さんが霊視を始めると、奇妙なことがわかりました。

確かにその岩は数日前までここにあったようだ。
しかしどうやらその岩は、いまヘラルドの家にあると。

なぜヘラルドの家にあるのか。聞けば、その女性の名前を読み上げてしまったヘラルドに、その女性の霊が乗り移ってしまったようです。その霊媒師さんが言うには、その霊は昔この地で起きた水害で亡くなった霊で、何らかの理由で岩に封じ込められていたとのことでした。そして残念ながら、強い霊なので、だましだまし付き合っていき、うまく折り合いをつけるしかないとのことでした。

このあたりから私も本当に怖くなってきました。
あの夜、ヘラルドの部屋で見た夢は、もしかしたらその女性が命を失う瞬間だったのではないかと。

ヘラルドのために詳しくは書けませんが、彼はそれから少しずつ学校を休むようになり、両親に無理やり学校に連れて行かれたある日、授業中に学校の窓ガラスを何枚も割って暴れてしまいました。なんでそんなことをしてしまったのか、理由は本人もよくわからないそうです。

銃社会の国でしたので、学校の警備員も銃を持っていたそうなのですが、銃を向けられた経験をしたのはあの時だけだとヘラルドが笑いながら教えてくれましたが、私にはあまり笑えませんでした。

ヘラルドの腕には大きな傷跡があるのですが、以前それについて聞いたとき、彼は「昔やんちゃした」と言っていました。まさか銃を向けられるほどの「やんちゃ」だとは想像もつきませんでした。
ガラスに腕を突っ込みまくったんですね。

精神を病んでしまったヘラルドはそれから1年ほど、現地の病院に収容されてしまいました。
今ではようやく霊と折り合いが付きましたが、それでも川の近くや霊の集まる場所は近寄らない方がいい、という状態が続いているそうです。

ではなぜ、ヘラルドのアパートに霊が現れたのか。

ヘラルドの家の近くに川があることはお伝えしましたが、実は昔その川は違う場所を流れていました。
どこを流れていたのかというと、ヘラルドの家の前の道路が川だったのです。
街の開発によって川の場所が変わることは珍しいことではなく、しかも埋め立てられた後の川は誰の土地でもないわけですから、そのまま道になることも多いそうです。

そしてヘラルドの家の向いの雑木林には昔、その川の神様を祭る神社があったそうです。神社は空襲で燃えて、神主さんを勤めていた家の方もその空襲で亡くなって以降、その自治体が所有する土地になっていましたが、利用されずに雑木林になっていると。

そこまで話したヘラルドのお父さんは、すっかり冷たくなっているであろうコーヒーを一気に飲み干しました。

それからひと呼吸、ふた呼吸ほど置いて
「あの夜ヘラルドと一緒に霊を目撃したMくんさんも危ない。あと5年はその霊がついてきます」

正直私は何を言われているのかわからないほどびっくりして、手の震えが止まらなくなりました。あまりの動揺ぶりに、向かいに座っていたヘラルドのお母さんがわざわざ私の隣まで来てくれて、背中をさすってくれました。

しばらくさすってくれましたが私の震えは止まらず、見かねたヘラルドのお母さんはジャンボパフェを注文し、そのパフェをむさぼるように食らい始めました。左手での背中をさすりながら。

ヘラルドのお母さんはこのファミレスだけで5,000kcalくらい摂取したのではないでしょうか。

そんな心優しくも自由気ままなヘラルドのお母さんを見てなんだか安心し、ようやく落ち着くことができました。するとヘラルドのお父さんがアドバイスしてくれました。

「本当に申し訳ないと思っているが、この霊は自分と同じ年の頃の男の子のことを追い回す。生前愛していた男性がそのくらいの年齢だったんだろうね」

「だから、あと5年くらい経ったら、この話を誰かにしてください。そうすることでCarmencitaがこの話を聞いた人のところに行ってくれますから」

気付いてしまいましたか?
皆さんには本当に申し訳ないことをしました。

その土地の歴史を知ることは、自分の身を守ることにもなるのです。

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