YOASOBIの『大正浪漫』について

今回はYOASOBIの『大正浪漫』についての考察。この曲は『夜遊びコンテストvol.2』で大賞を取ったNATSUMIさんの『大正ロマンス』から作られたもの。時空を超えた二人の恋物語に涙なくしては語れない作品。

この作品の概要を簡単に。物語のきっかけは大正時代に生きる千代子さんが書いた100年先の世界を想像した箇条書きの紙。ふと席を離れた隙に、その紙は消えてなくなり、100年後の時代を生きる時翔君の元に届けられる。ここから別の時代に生きる二人の文通が始まり、いつしかお互い想いを寄せるようになる二人に、残酷なとある歴史的出来事が襲い掛かる・・・と、そんな感じの物語だ。物語のラストは涙なくしては語れない結末が待っているが、YOASOBIのこの歌と共に考察していく。

1番の最初の歌詞は、突然に時翔君の元に届いた千代子さんからの箇条書きの紙だ。原作ではこの時点では誰に宛てたものでもなく、どういう運命のいたずらか時空を超えて彼の元に届いたものだ。誰の書いたものか不審に思いつつも時翔君はその100年前からの疑問に対して答えてあげる事にする。こうして二人の文通が始まるのだ。

千代子さんの箇条書きの内容とは、100年先の東京の街並みや文明について想像したものだ。未来はどんな世界になっているのだろう、誰もが一度は想像したであろうごく普通の気持ちでもある。現実には誰も知る由もない事なのに、千代子さんの元には思いがけず時翔君からの返事が返ってくる。『僕の時代には今~』から時翔君が千代子さんに宛てて返信した様子を窺い知ることができる。

この物語の舞台は、時翔君が2023年の15歳、千代子さんは1923年の15歳、それぞれ東京の地。年齢に関しては、原作での手紙のやりとりで『僕たちもあと5年たったら大人だね』との表現があり、中学生だった事でもあり確定。この物語がなぜ少し先の未来の2023年が軸なのかは、後々大きな意味を持ってくるが、今はまだ伏せておく。

原作では二人の具体的な手紙のやりとりで話が進んでいくが、歌詞の方ではそこはあえて描かず、だんだん二人が親密になっていく様だけに留めている。YOASOBIの歌詞は基本的にいつもこういう手法を用いていて、MVでそれを補完してくれるパターンが多い。一番の歌詞の最後にはついにお互いが好きであるという感情を持ち、両思いとなるもまだ相手の気持ちは知らぬまま。一目でいいから会いたいとお互いに伝えあう中、千代子ちゃんが思い切って好きである事を時翔君に告げる。千代子ちゃんの気持ちを知って舞い上がる中、彼は残酷な事実を知る事となる。

『ふいに思い出したのは~』からの歌詞が残酷な歴史的出来事。前述した、この物語の舞台が2023年である事に深い意味を持つ。時翔君は夕食後にぼんやり見ていたニュースでその事を知る。『関東大震災の日から、明日で100年を迎えます』とのアナウンサーの声に言葉を失う。真っ先に頭に浮かぶのは100年前の時代に生きる千代子さんの事。それを知らせるべく急いで筆を取る時翔君。歌詞にある『どうか奇跡よ起きて』とは、震災の起きる前に千代子さんにこの手紙が届いて欲しいとの焦る気持ち。なぜ奇跡を願うのかと言えば、この二人の手紙のやり取りは手紙を書いてから10日後に届く事が今までの経験上わかっていたからなのだ。奇跡でも起きない限り間に合わない事を彼はわかっていて、それでも書かずにはいられなかったのだ。

歌詞の次の場面からは、その後千代子さんからの手紙が届かなくなった事でおそらく千代子さんは震災で亡くなったのであろうと思う、時翔君の心情を物語っている。いくつか季節が過ぎ、それでも待ち続けていた事も。自らも手紙を書いてみたものの届かなかった事は原作の方でも確認できる。そして、千代子さんが見たがっていた100年先の未来に生きている自分が、千代子さんの生きる時代の未来を知る事ができたはずの自分が、なぜ先に震災の事に気付いて千代子さんに知らせてあげなかったのかと自分を責め続けていた。だが、私でさえ9月1日が関東大震災の起こった日であり防災の日になっていると知ってはいても、それが1923年とは知らなかったのだから彼が知らなくても無理もない事である。

しかし、話はここから一転する。意外な場面で思いもよらぬ所から千代子さんからの手紙を手にする事となる。既に震災の事実を知った日からは1年近くが経っていて、高校生となっていた時翔君は知り合ったクラスの友達の家に遊びに行っていた。そこで友達のおじいちゃんに自分の事を紹介される。帰り際、そのおじいちゃんから渡された一枚の手紙。それが千代子さんからの手紙だった。実はこのおじいちゃんは千代子さんの息子さんだった。きっと、時翔という変わった名前のお陰で気付いてもらえたのだろう。

手紙には、千代子さんが震災から生きながらえた事(歌詞中のあの日を越えてはこの事)、数週間後に焼失した家に戻ったら時翔君からの手紙を見つけた事(10日後に届く事でで被災からは逃れた模様)、手紙は書いたけどもう未来には届かなかった事が書かれていた。そして、千代子さんの時代を生きて行く中で時翔君に以前に聞いていた世界の洗濯機や、エアコンにも出会えた事、そして今はもう病に伏せていて余命いくばくもない事、さらには届くかはわからないこの手紙を自分の息子に託した事が綴られていた。歌詞の中ではわずか数行ではあるが、実はここにはこんなたくさんの背景が詰まっている。やはり原作を知らなくしてはこの曲の本当の感動はわからないのだと思う。『最後の恋文』なのは、千代子さんが死期を悟って願いを込めて最期に書いたからであり、『八千代を越えても握りしめ』なのは、息子さんを通じて年月を経て手渡しで届いたからなのだと思う。『八千代』は多くの月日を意味するし、また千代子さんの名前にも掛かる言葉で歌詞を綴るのはとてもAyaseさんらしい。

そしてここでさらに原作の考察を。千代子さんが手紙を書いたのは80歳目前だったので文通当時の65年後の1988年。そこから時翔君の手に渡る2024年まで実に36年の月日。千代子さんの息子さんであるこのおじいちゃんは、いわば遺言でもある千代子さんの想いを36年にも渡って守り続けてきたのだ。さすがは千代子さんの息子さんである。

また、これは私の勝手な推測ではあるが、時翔君との別れを経験した後、千代子さんはごく普通に親のいいつけで誰かと結婚したのだろうし(当時恋愛結婚は稀だったはず)、その後第二次世界大戦で夫と死別という経験もした可能性もあるだろう。戦後の大変な時期を生き抜くのはとても大変だった中、復興していく中で時翔君から聞いた未来に出会えた事は千代子さんにとって大きな心の支えになっていたと思う。手紙を託せる息子さんに恵まれ、80歳に届こうかという人生を送れた事からも幸せな人生を送れたんだと思う。そんな人生の最期に、届くかはわからなくともそれでも時翔君への手紙を遺した千代子さんの気持ちを思うと胸が一杯になる。

千代子さんは手紙の最後を、『時翔くん、私たち未来のどこかで会えるよね。楽しみにしています。』で結んでいる。歌詞の最後の『僕が僕の時代に見るその全てをいつか伝えに行くよ』は、この千代子さんの最後の約束に対する時翔君の返事。千代子さんが自分の時代を生きた証を伝えてくれたように、時翔君もまた、自分の今後の人生を謳歌していつか千代子さんにその話を伝えに行くと心に決めたのだ。

二人の恋愛は元々叶う物ではない事はお互い自覚していただろうし、しかし突然の別れがくることは予想だにしていなかっただろう。それでもお互いの気持ちは通じ合い、二人にとって素敵な最高の思い出となった事は間違いないのだろう。

ここまで原作と歌詞を中心に考察してきたが、MVも含めて考察していこうと思う。この曲の歌詞は、全て時翔君の目線で描かれており、千代子さんの存在は『君』としてしか出てこない。原作を読んでいれば二人のやり取りの情景が浮かぶが、MVではその部分を上手く映像で補完している。袴姿で登場する千代子さんは、いわゆるThe大正時代のはいからさんそのものである。色鮮やかな背景もハイカラを意識しての物だろう。また、二人の文通のきっかけとなった100年後の未来に存在する洗濯機などの文明の利器も出てくる。但し、面白いのは現代の洗濯機などではなく、あくまでも後に千代子さんが自分で目にしたであろう昔の機種である点である。

映像の中では二人の時代が交互に映し出され、互いの手紙を読んでいる姿が映し出される。背景の町並みや時計の文字盤や傘が時代に合わせ描き分けられているのも興味深い。そして1番の最後の部分、一目でも会いたいと互いが思ったシーンでは、画面を分割して別々の時代ではあるものの隣同士並ぶシーンが現れる。違う時代を生きる二人、決して出会う事の無い二人だけどお互いを想い合う気持ちに変わりはなく、MVの構成上とは言え、こうして二人を並べてくれた事にとても感動した、私の一番好きなシーンだ。

続く関東大震災のシーンから、絶望する時翔君のシーンには胸が痛むものの、震災後のがれきの中で手紙を見つける千代子さんのシーンが描かれている。歌詞には表されていない部分がこうして補完してくれるのは、YOASOBIを原作と歌とMVで楽しむ真骨頂でもある。千代子さんからの最後の恋文は千代子さんの若い時のままの姿で届けられているが、原作の膨大な背景を描くには無理があるし、時翔君には15歳の千代子さんのイメージでいるのだからこれで間違っていないのだろう。MVのラストシーンは時翔君と千代子ちゃんが抱き合うシーンで締めているが、千代子ちゃんからの最後の恋文を受け取ってその思いを知った時翔君が、いつかの未来に二人が出会える事を願っての想像なのだろうと私は解釈した。

この楽曲のリリース後、MVもすぐにリリースされ、原作も加筆され『大正浪漫』として再び日の目を見る事となった。私も本日入手してこれから大正浪漫の世界に浸りたいと思う。この楽曲に出会えた人は、是非一度は原作を読んでその世界を堪能して欲しい。

#YOASOBI #大正浪漫

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