YOASOBIの『あの夢をなぞって』について

YOASOBIの2作目のシングル『あの夢をなぞって』についての考察。

この曲をMVと共に初めて視聴した時の感想は、夏祭りでの高校生の男女の告白シーンを描いた青春の一シーンを切り取った歌ぐらいの認識だった。もちろん、ザックリと説明すればその通りとも言えなくはないが、実際に原作を読んでみるとそんな簡単には済まない壮大なスケールの物語がそこにはあった。

この曲の原作小説は『夢の雫と星の花』。小説を要約すると、神社の巫女の家系である彼女と、別の神社の神主の家系である彼氏の話。それぞれの家系で予知夢を見る事ができるという事。そしてその予知夢が外れた(もしくは改変した)場合にはその能力が喪失するという事。

そして、彼女が花火大会で大きな花火が上がる瞬間に彼から『好きだよ』と告白される予知夢で物語は始まる。これはこの歌の冒頭も全く同じ景色だ。ところが、彼の方は彼の方で、同じシチュエーションで彼女から告白される予知夢を過去に見ている。また、物語の途中で彼氏はこの彼女が予知夢を見ている情景そのものを自分の予知夢で見る事となる。

そうなると、この二人の見た予知夢は同じシーンでそれぞれ相手から告白されるという矛盾が起きてしまう。大きな花火は1発のみ。この矛盾を解消するため、彼氏は大玉の花火を2発打ち上げてもらうよう奔走する。そんな中で、両家には1000年もの昔に先祖が恋仲となった縁があった事、しかし彼女の家系は婿を取らねばならず、泣く泣く別れを選んだ過去なども発覚する。

また、この彼氏の方は他にも予知夢を見ていて、花火大会が中止になる予知を見てしまう。花火大会の中止を阻止すれば予知が外れ能力を失う。但し、花火大会を開催させて彼女の予知を現実にすれば彼女の能力は失われる事はなくなる。いずれにせよ彼氏は相反する予知夢を見て能力喪失することが確定してしまったので、花火大会中止を阻止し、告白して二人が結ばれる未来を選ぶ事となる。

花火大会の際、大玉花火は彼氏の奔走で2発上がる事になった。でもその事を彼女は知らない。最後の花火(実際には1発目)が上がった際、告白してもらえなかった彼女は予知夢が外れたと思い、それでも彼氏に向かって好きだと告白する。自分の能力を失う事を覚悟で。だがしかし、花火はもう1発あり、その花火が上がった際に彼氏も彼女に告白する。これで彼女の予知夢は成立し、その能力は維持される事となる。

要約と言ってもここまで長くなる原作の物語で、この歌の歌詞に出てこない部分はこれでもかなり省いてのものだ。この要約を踏まえた上で、この歌の歌詞の考察をしてみる。

1番の歌詞は、彼女が見た予知夢から始まり、それを意識したが故に彼の事を意識してしまった情景、そして夢の通り二人で花火大会という場面まで辿り着いた様が描かれている。サビの『どうか変わらないで』というのは、予知夢通りに進んで夢の内容と変わらないで欲しい彼女の気持ちを表している。能力を失いたくない思いと、彼と両想いになりたい両方の思いが込められているものと考えられる。

ここから後の歌詞はクライマックスに向けての情景がひたすら繰り返される。なかなか時間が進んでいかない感じは告白されるまでのドキドキ感が時間が止まっている感じを表しているようにも感じる。また、実際の原作においては大きい花火は2発上がることになり、しかしそれを知らない彼女は彼からの告白をひたすらに待っっている。一方の彼氏は彼女からの告白の後に自分が告白して彼女の予知夢を成立させるべく彼女の告白を待っている。お互いが待っているこの時間にたくさんの歌詞とメロディーを割いたのはこの場面を大きくクローズアップしたい狙いだろうか。

彼女が1発目の花火で告白されないと悟り、予知夢が外れたと思いつつも自分の気持ちを伝え、実際にはその後に2発目の花火で彼からも告白し予知夢は成就する。歌詞にはそのやりとりが明記されているわけではないが、MVではきちんとそれが補完されている。これは原作を読んでいればこその楽しみだ。

実は歌詞にはなくてMVにある表現がもう1つある。それは間奏の部分のアニメーション。子供の頃、台風の日に彼女が川に落ちそうになる予知夢を見て彼が助けるシーンだ。小説内では比較的文字数を割いて描かれたシーンではあるが、曲となった際に割愛された部分がMVでチラッと垣間見えるのは原作を読んでいればこその楽しみだ。

この曲の歌詞で『二つの未来が今重なり合う』とあるが、これはもちろんこの物語の二人のことを指すのだが、もう1つ1000年前に結ばれなかった両家の先祖の思いが子孫を通じて結ばれたことも表しているのではと私は考える。そう考えると実にスケールの大きな話だなと思う。この原作を知ってからこの歌に思いを馳せると実に深い歌だと思わせてくれる。

この曲のメロディーとしては、『夜に駆ける』に比べれば難易度は低く、覚えやすい部分に入るように思う。ただ、実際にikuraちゃんの歌っているのを聴くと、サビの部分でどこで息継ぎしてるの?っていうぐらいな歌い方をしている。『不安になっ v てしまうけどきっとAh~今を抜けて明日の先へ』の所はvの所で息継ぎの後、明日の先へまで一息に歌っているので、これに気付かないで同じように歌うと酸欠になる。他の歌もそうだけど、彼女の息遣いまで聴いて歌い方を真似してみるのもまた興味深い。

最後に。ラストの『Ah~夜の中で君と二人』の部分で一瞬無音になり、花火の音が鳴るかのような演出が入っている。インスト音源を聴くとよりわかりやすいので、興味のある方は聴いてみて欲しい。この歌ならではの粋な演出である。

#YOASOBI #あの夢をなぞって

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