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音の測定と評価法

とりあえず図の挿入などは諦めてざっと文を書きます。適宜コンテンツ追加,不適切表現の編集をしていきますので寛大な心でご覧いただきたく。。。

近年大規模フェス以外でも音圧レベルの測定や評価が広く浸透してきています。特にSmaart v.9の普及や,入手しやすいサウンドキャリブレータの登場/普及により,本格的な多点での音圧モニタリングが容易に行えるようになりました。この記事では音環境を測定するといった視点から基本的な事項を記述します。より詳細を知りたい方は各種計測器メーカー様のホームページをご覧ください。また機器設計詳細については一次資料である各種規格をご参照ください。

音圧

ここでいう音圧とは"静止大気圧(1気圧=$${1013~\mathrm{hPa}}$$)からの差分"といった物理的なものです。人間の聴覚はとてもよく発達しており,可聴音圧は$${2 \times 10^{-5} ~\mathrm{Pa}}$$ から$${20 ~\mathrm{Pa}}$$までと実に広いレンジです。最小と最大で$${10^{6}}$$程度の広い範囲がありそのままでは扱いづらいため,常用対数をとってレベル表現にします。これは以下の式で計算が可能です。

$$
\begin{array}{}L_{p} &=& 10 \log_{10}\frac{P^{2}}{P^{2}_{0}}\\
\\
&=& 20 \log_{10}\frac{P}{P_{0}}
\end{array}{}
$$

ここで$${P_{0}}$$は最小可聴音圧($${2 \times 10^{-5} ~\mathrm{Pa}}$$),$${P}$$は実測した音圧の実効値です。この計算で得られる値が(何も重み付けのない)音圧レベルであり物理的な音圧と直接対応します。たとえばサウンドキャリブレータでの校正は音圧レベル$${94~\mathrm{dB}}$$で行いますが,これはほぼ$${1~\mathrm{Pa}}$$に相当します。(是非計算してみてください)

ここからの話全てで注意すべきは,音圧レベルや音圧レベルを利用した指標値を計算したからといって環境全てを理解できたことにはならないということです。あくまで現実で起きている現象の一部をある地点で観測できただけです。そこからどのような解釈をし,どのような意思決定をするかが重要であり,それこそがエンジニアが行うべきことです。とはいえこれによって定量的な比較が可能になるため,なくてはならないものといって差し障りはないでしょう。

周波数重み付け

先ほどの章で音圧レベルの求め方を記述したので,次は周波数重み付けについてです。注意すべきはここからは解釈しやすいよう/実用的な指標になるようにデータを変形して分析する段階です。

A特性

おそらく一番有名な周波数重み付けはA特性による重み付けでしょう。これはJIS C 1509-1:2017,IEC 61672-1:2013にて規格化されています。この曲線は非常に有名な等ラウドネス曲線(ISO 226-2023)のおおよそ逆の特性を描くようなカーブになっており,人間の聴覚特性を簡易的に模擬しています。ここで簡易的と記したのは,等ラウドネス曲線を見ればわかるように,$${40~\mathrm{phon}}$$と$${80~\mathrm{phon}}$$ではカーブの概形は近いようで異なります。A特性は小さい音への適用を目的とされていましたが,その後の研究で主観的な音のうるささを評価するには大きい音でもA特性を用いる方が当てはまりが良いとわかりました。これに関してはさまざまな議論があり得ますが,ライブサウンドではうるささを評価するのみでなく,安全面での評価も必要なため,A特性を絶対的な指標とすることは望ましくないと考えられます。とはいえ一般に広く普及している重み付けですし,勘所を見つければ実用に足るものでしょう。


ISO226:2023にて規格化されている等ラウドネス曲線。
10phonの値はデータ不足のため規格の表記に合わせて点線表記としました。
IEC61672-1:2013にて規格化されているA特性カーブとC特性カーブ

A特性を音圧レベルに適用したものはA特性音圧レベル,または騒音レベルと呼称し$${L_{\mathrm{A}}}$$と表記します。A特性カーブの概形を見れば,明らかにサブウーファ帯域に関して過小と言えるような評価になり得ます。つまりA特性音圧レベルはライブサウンドにおいては安全側の評価にならないためそのことを留意する必要があります。高い音圧レベルの評価に使いたい場合,後述するC特性も併用して監視することが望ましいと筆者は考えています。

C特性

JIS C 1509-1:2017,IEC 61672-1:2013にて規格化されており,主に大きい音の評価を目的として制定された周波数重み付けの規格です。図のように基本的には低周波数と高周波数の感度が少々下がっている程度で,主要帯域はほとんどフラットになっています。先述のようにC特性は大きい音の聴感上の評価を目的に制定されましたが,現在では騒音の評価ではA特性の使用が一般的になっています。
しかしライブサウンドにおいては,C特性を聴覚保護的な評価指標として併用するのが望ましいと考えています。(A特性はうるささの評価には適していますが,聴覚保護の根拠になるかは危ういと思います)

時間重み付け(時定数回路)

瞬時音圧を監視すると,変動が非常に激しく読み取りが難しくなってしまうため,指数化平均によって変動を緩やかにします。この緩やかさは1次のLPFの時定数によって決定します。こちらもIEC61672-1:2013によって詳細に規定されています。

Fast

時間重み付けFastは,時定数目標値125ms (8Hz LPF相当)です。後述するSlowよりも素早く立ち上がり立ちさがる特性を目標に設計されており,これは耳の時間応答に似せて作られているとのことです。Fast特性はインパルス的な衝撃音のピークを正確に計測はできませんが,比較的速く追従できる性能を持っているため,広く騒音測定に利用されています。ライブサウンドでもこちらである程度瞬間的なピークに近い値などを監視することが望ましいと思います。

Slow

時間重み付けSlowは,時定数目標値1s (1Hz LPF相当)です。Fast特性よりも時間的にかなり緩い応答をします。そのため速い音圧変化に関しては追従せず,かなり緩やかなグラフを描きます。通常騒音測定ではあまり利用されることは少なくなっており,新幹線騒音の測定などに限られているようです。ライブサウンドにおいても前述の特性から利用は懐疑的にならざるを得ません。

時間平均

騒音に関して評価を行いたい場合,時間的に変化が小さい定常騒音は評価が容易ですが,時間的に変動している変動騒音を評価する手法として,エネルギに着目してその統計的な振る舞いを考えます。
ライブサウンドにおいては特に曲間/曲内での音の大きさの違いが考えられるため,時間平均した評価などは非常に有用であると言えます。

等価騒音レベルLAeq

変動する音をある時間観測した場合,その音の総エネルギが観測時間$${T}$$全体に一様に分布しているとした場合の騒音レベル(A特性音圧レベル)を等価騒音レベル$${L_{\mathrm{Aeq},~T}}$$と言います。時間的に変動する音を評価する際に有用であり,観測時間もユーザーで任意に決めることができます(例えば1分,15分,ショー全体時間など)。

等価騒音レベルの定義式は次のようになっています。ここで$${T}$$は観測時間,$${N}$$は観測時間において離散的に観測する回数です。

$$
\begin{array}{}
L_{\mathrm{Aeq},~T} &=& 10 \log_{10} (\frac{1}{T} \int_{0}^{T}10^{L(t)/10}\mathrm{d}t)\\
\\
&\approx& 10 \log_{10}(\frac{1}{N}\sum_{n=1}^{N}10^{L_{n}/10})
\end{array}{}
$$

厳密な定義は変動騒音を積分して観測時間で平均することになっており,市販されている積分平均騒音計を用いる場合特に気にせず利用可能です。ただし観測時間に対して十分密なサンプリングが行えれば,騒音計によって一定時間間隔で観測した瞬時値からパワー平均によって求めることも可能です。

音のエネルギー平均値とラウドネスやうるささには相関があることが明らかになっており,会場内外問わず音響暴露,騒音のモニタリング指標の一つとして非常に有用であると考えられます。WHOから2022年3月に発表された文書(英語原版はこちら,株式会社須山歯研様による和訳版はこちら)では,音圧レベル制限の上限を$${L_{\mathrm{Aeq},~15\mathrm{min}} = 100~\mathrm{dB}}$$としています。ライブサウンドに適用する指標として,観測時間,上限レベルともにこの値は非常に妥当であり,今後スタンダードになっていくものと思われます。

時間率騒音レベル

変動騒音に対して統計的な評価をする場合,平均以外にも累積度数で評価する考え方があります。つまり騒音レベルで累積度数曲線を描き,全体の何%にその騒音レベルが位置しているかを考えます。
たとえば$${L_{\mathrm{A50}}}$$は,累積度数曲線において50%(つまり中央値)に対応する値です。観測時間においてそのレベルより小さいレベル,大きいレベルが現れる確率が50%であるという意味です。
$${L_{\mathrm{A5}}}$$は,累積度数曲線において95%(つまり上位5%,最大より少し小さい値)に対応する値です。観測時間においてそのレベルより大きいレベルが現れる確率が5%であるという意味です。
$${L_{\mathrm{A95}}}$$は,累積度数曲線において5%(つまり下位5%,最小より少し大きい値)に対応する値です。観測時間においてそのレベルより大きいレベルが現れる確率が95%であるという意味で,ほとんどの時間この値以上が観測されるということです。

計算例などを載せる

その他

観測時間の考え方

統計的な手法を用いる場合,観測時間は長すぎても短すぎても適切ではありません。

観測時間が短すぎる場合,短期的な統計量は局所的なデータとなる可能性が高く,意味をなしません。
例えば10秒の等価騒音レベル$${L_{\mathrm{Aeq},~10\mathrm{sec}}}$$を見たところで,曲のどの部分を観測したかによって大きく値が変わる可能性があります。

観測時間が長すぎる場合は,統計量としての振る舞いによって,オペレートの自由度が大きく失われてしまう可能性があります。
例えば2時間の本番時間での等価騒音レベル$${L_{\mathrm{Aeq},~2\mathrm{hour}}}$$のみで音圧レベル制限を考える場合,本番の初めの方で設定した制限値を超えてしまうと,ショーの盛り上がりと関係なく出力する音圧レベルを下げざるを得なくなってしまう可能性があります。逆にショー前半で控えめに音を出しておき,ショー後半で人体に有害なレベルで音圧レベルを上げることも平均値から見ると正当化されてしまいます。

これらは少し極端な例ですが,統計量を考える場合,観測時間を適切に設定することや複数の指標を組み合わせることが重要となります。
その意味でWHOの提言する$${L_{\mathrm{Aeq},~15\mathrm{min}}}$$という観測時間は,曲やMC間の平均を考える場合には適切な平均時間だと言えます。
さらに曲内での平均を考えたい場合,$${L_{\mathrm{Aeq},~1\mathrm{min}}}$$を考えたり,併せておおよそのピーク値として$${L_{\mathrm{A,~fast}}}$$,本番全体時間を観測時間とした最終的な評価指標としての$${L_{\mathrm{Aeq}}}$$や$${L_{\mathrm{Ceq}}}$$を用いた監視などが考えられます。

Lden

この手法はISO 1996‐1:2016にて定義されており,形式は少々異なりますが航空機騒音の評価などにも採用されています。等価騒音レベルなどとの違いは,エネルギベースかつ時刻に応じた評価手法である点です。航空機騒音の評価の場合複数日の平均を取ることがありますが,ここでは単一の日に関しての評価とします。
定義式は次のようになります。

$$
L_{\mathrm{den}} = 10\log_{10}\left[ \frac{1}{24} \left\{\sum_{i}^{12}10^{(L_{\mathrm{day},~i})/10} + \sum_{j}^{4}10^{(L_{\mathrm{evening},~j} ~+ 5)/10} \sum_{k}^{8}10^{(L_{\mathrm{night},~k} ~+ 10)/10} \right\} \right]
$$

ここで$${L_{\mathrm{day},~i}}$$は7:00から19:00までの時間帯における$${i}$$番目の音圧レベル,$${L_{\mathrm{evening},~j}}$$は19:00から22:00までの時間帯における$${j}$$番目の音圧レベル,$${L_{\mathrm{night},~k}}$$は22:00から7:00までの時間帯における$${k}$$番目の音圧レベルです。
音圧レベルにあたる部分は等価騒音レベルや騒音レベルでも良いと思われます。
この式のミソは,夕刻の音圧レベルに対して$${5~\mathrm{dB}}$$,深夜の音圧レベルに対して$${10~\mathrm{dB}}$$の重み付け(ペナルティ)がついている点です。つまり実測値よりも夕刻や深夜では大きな値が平均されます。周辺環境への騒音のモニタリング手法として,人間が活動している昼間時刻よりも夕刻,深夜はよりペナルティがついている点は一見合理的にも思えます。
しかし,この指標をライブサウンドの騒音評価へ直接適用すると,例えば昼間から夕刻に変わる19:00前後で$${5~\mathrm{dB}}$$も評価基準が変わるため,当然その程度スピーカから出力する音圧レベルを下げなければいけません。このように時間に応じて急激に値が変わるため,指標を鵜呑みにするとショーのクオリティを低下させかねません。さらに昼間,夕刻,深夜などの定義は非常に恣意的であり,時間区間の分け方が適切でない場合も多くあるでしょう。

参考

  • 橘 秀樹,矢野博夫「環境騒音・建築騒音の測定」,コロナ社,2004.

  • JIS Z 8731:2019「環境騒音の表示・測定方法」

  • 騒音に係る環境基準の評価マニュアル(環境省)

  • Technical Document AESTD1007.1.20-05, Understanding and managing sound exposure and noise pollution at outdoor events, May 2020


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