転生したら「女神様」のパシりだった件 その十三
最初に開いたのは、姫草のグッズ通販のサイトだった。
残りの二台のパソコンが、様々な数字を出している。
IDを割り出して、そこから「ユーザーページ」に潜り込む。姫草しか見れないページだ。
「これで売り上げが分かった。次は、っと」
オニオンと呼ばれるツールを使って、ダークウェブに入る。ネットの下層に存在する、IPなどの足がつかない場所だ。違法ドラッグやポルノなどが売られている。支払いは仮想通貨で、これも痕跡を残さないためだ。IPアドレスはもちろん、変えてある。
そこから、どこで入手したのか、姫草の持つあらゆる口座に入る。
口座だけでも数十はある。
そこから金の流れを追う。
地域新興会やニート応援プログラム。
商工会議場、メーカーからのキックバック。
小さい政治団体まであった。
入金されている金は、すぐに別の口座に移されて、マネーロンダリングされている。
「結構な額ですね」
「明らかに不正な金だね。さてはて」
と言いつつ、佐伯は嬉しそうだ。
「不正な入金は税務署へ報告。そして、国庫へ返還、と」
「うわあ」
と私は声を上げた。
えげつない。
これではハックされたと訴え出る事も出来ないし、入金先に返してくれとも言えない。
ディスプレイには、ものすごいスピードでウィンドウが開いてゆき、その中を極小の文字が流れて行く。
「熱っ!史生さん、そこの扇子でパソコン達、あおいで!
CPUが熱膨張で!」
パソコンだけではない。
タブレットもスマホも、すごく熱くなっている。
それをバタバタと扇子であおぐという、アナログな対処法をしながら、私は熱冷ましのシートを出して、パソコンやスマホの裏に貼り付けた。
「ナイスアシスト。架空か幽霊会社だらけだな。こりゃ、やりやすい」
佐伯は、グフフと笑った。
姫草は稼ぎの2/3を、そうした「名前しか存在しない会社・団体」に流している。
グッズの売り上げも少なめに計上して、税金逃れをしていたのだろう。
週末の真夜中のハッキングも知らず、姫草は高いびきをかいているか、炎上しているSNSに、怒り心頭の反論でもアップしているのだろうか。
佐伯の瞳がさらに輝いた。
「そのスマホ二台持ってて、アクセス。むう。全集中……ネットの呼吸……壱の型」
「月の光に導かれ♪」
「歌が違う」
「最近の漫画は分からないです。
どうしたって!消せない過去も届かない地位も♪」
「……知ってるじゃない」
私はスマホの二台からひたすら出てくるサイトへアクセスし、佐伯はひたすら何かを打ち込んでいる。
そんなこんなで、数時間。単純作業が多くて疲れるからテンションを下げないために歌う。
二人して、真夜中まで天使みたいにアニソンを歌いながら、怪しい作業に没頭した。
佐伯は手を止めて、ため息をついた。
「お疲れさま。金の流れは今日はここまで」
「『今日は』?」
ネクタイを緩めながら、佐伯は答えた。
「こういうのは『徹底的にやってはイケナイ』。少しは相手に、余力を残しておくか、現状を維持出来るようにしないと。でないと、ハッキングされた、すわ警察!と騒ぐだろ?それで、余計に信者からむしろうとしたり、無茶苦茶する」
孫子の「兵法」だ。
どんだけ場数を踏んでいるのだ、この男は。
「疲れたぁ。俺、もう、寝ます」
「私も。おやすみなさい」
私は自分の部屋に戻った。
疲れて、泥のように寝入ってしまった。
銀行が稼働していない土日、姫草は、MLMの会社名を変えて、社長も別の人間にして、新しく立ち上げると、スピ御殿で取り巻きにしていた。
そして、惨劇の月曜日。
ホラー映画もかくやの絶叫を発しながら、姫草はあちこちに電話している。
「先生、どうか?」
「こ、口座が!残高がっ!」
パニックになっている。
これでは、元・信者からの訴訟に対抗出来ないとボヤいている。
税務署も来た。
火事のせいで経理に関する書類が消失したとフォローしたのは佐伯である。
役者だ。
かくして、スピ御殿は売りに出される事になった。
しかし、姫草は懲りない。
自分で商売をしようという人間は得てして、そういうものかもしれない。
「新しい世代のためのビジネス」
と銘打って、再び大々的に、クラウドファンディングをした。が、やはり額が大きくて、誰も出資しない。ベンチャーキャピタルも近寄って来ない。そもそも、ベンチャーキャピタルは、虚業を嫌う。
訴訟するという元・信者達には、損失分の金額を払うと佐伯が交渉し、裁判は免れた。
さらに、捨てる神あれば、拾う神あり。
姫草は椿寺に泣きついた。
結果、今までの高額お布施のお礼として、椿寺の一角に置いて貰える事になった。
そして、最後の日。
信者達のほとんどは、島から居なくなっていた。
私と夫がフェリーに乗ると
「俺はまだ、残務整理があるから」
と佐伯は見送ってくれた。
「お手伝いのお駄賃」
と、結構な厚みのある封筒を渡された。
受け取れないと言うと
「口止め料、でもあるよ」
と笑んだ。
この時も見えた。
目の下にそれぞれ、三つの小さな口。
合計六つ。
逆光ですぐに見えなくなり、次にはいつもの佐伯だった。
「佐伯さん、いろいろ、ありがとうございました」
「こっちも、あなたが密偵してくれたんで助かった」
ここまで聞いて、直感で分かった。
姫草の過去をリークしたのは、他でもない、椿寺の人間だろう。
そして、佐伯は多分、椿寺に雇われている。
これ以上、島を荒らされないように。
半農半漁でも豊かな自然の島。
そこに東京の資本が来たら、資源が枯れるまで食い尽くすだろう。一時期は豊かになっても、その後は何も残らなくなる。
「私も姫草と同じだったんです」
そう言うと、佐伯は意外そうな表情をした。
私はカルト三世だ。
祖父母の代から家族が神道系の宗教にハマッていて、両親はボロボロ。
中学を卒業すると、奨学金をかき集めて、遠縁に保証人になってもらい、学校の寮に入った。その後はバイトを掛け持ちして、高等専門学校に行き資格を取った。
苦学している時に、夫が私に手を差し伸べてくれた。
いろんな人に助けてもらった。そして運が良かった。
だから、足掻いても足掻いても、上に行けないと深層心理で嘆く姫草の気持ちが、少しは分かる。
「そうか。けど……あなたは強いな」
「夫のおかげです」
夫は私の隣で微笑んでいた。
銅鑼が鳴り、船が桟橋を離れ始める。
互いにテープを握って、私は佐伯に手を振った。
そうして、夏祭りの前に、私と夫は、島から出た。
埠頭の真ん中で、佐伯は遠くから手を振り続けてくれた。
続く
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