「自分の顔が嫌いなので、頭をレンジにしてもらった。」第15話

 その内に、梅雨が明けて、本格的に夏が訪れた。
 七月の熱気の中、現在私は九龍財閥の飛行機に乗っている。なんでも、今回は地球防衛軍の新型汎用兵器の実験があるそうで、それを主導している景くんの実家が所有する南シナ海の人工島・大龍に、私は出かける事になった。

 大龍は、リゾート地としての方が有名だ。
 九龍財閥自体が宇宙開発企業として有名なのだが、島全体に宇宙モティーフのテーマパークや高級ホテルがあるのだという。ただ密やかに、地下に対シナゴ関連の対策施設があったらしい。全然知らなかった。私は極秘裏に招かれた形なので、現地ではバトルスーツは着用せずに過ごすように言われている。万が一に備えて腕時計型にして持参はしているが、訓練旅行と行っても私がするのは見学らしい。

 空港に降り立ち、ロビーを出ると、景くんが立っていた。

「ようこそ」
「こんにちは」

 私達の滞在先は、これもまた九龍傘下の高級ホテルであるらしい。黒い高級車に乗り、私と景くんはホテルに向かった。受付などはとっくに終わっていると言われ、荷物も運んであるそうで、私は景くんと二人でホテルの高層階へと向かう。到着した二十七階の部屋に入ると、正面の大きな窓から、丁度海に日が沈む光景が見えた。

「景くんの部屋はどこなの?」
「ここですが?」
「え?」
「なにか?」
「……一緒の部屋なんだ?」
「ええ」

 さも当然という風に頷いた景くんをチラリと見てから、私は客室を見て回った。寝室を開けると、ベッドは大きいが一つきりだった。変に緊張してしまいながら、私は振り返った。

「!」

 すると正面から抱きすくめられた。
 すっぽりと腕を回されて、ドキリとする。

「やっと二人きりになれましたね」
「く、訓練だけどね……!」
「そんなものは名目です。貴女と二人きりになりたくて、ほぼ力業で日程を組んで、防衛軍日本支部を説得したんです。梨野さんと、誰にも邪魔をされずに、二人きりになりたかったんです」
「えっ」
「日本にいると、貴女と二人きりになろうとすると、誰かしらが邪魔をするので。高崎博士とか高崎博士とか高崎博士とか……他にも遠藤陸曹だとか、時々真波司令であったり。私は頭痛がしました」
「さすがにそれは、気のせいじゃ?」
「違います。それもこれも、貴女が私の事をまだ好きになってくれないのが悪いのです。さっさと私に陥落して下さい。私ほど最高の男はいないと思うのですが?」

 景くんの腕に力がこもった。私は両手でその腕の服に触れつつ、つい微苦笑してしまう。
 本当に景くんは、露骨である。私の事を好きだと言ってやまない。

「この島に滞在中は、私と二人で、ゆっくりと羽を伸ばしましょう。ただでさえ貴女はいつも働きづめなのですから」
「そうでもないよ? 最近は、私が出なきゃならないようなシナゴはだいぶ減ったし」
「私は貴女が心配です。ご自分をもっと労って下さい」
「う、うーん」

 自分ではひきこもりに毛の生えたような状態だとしか思わないから、反応に困った。

「まずは食事に行きましょう」
「あ、うん」
「ドレスコードがあるので、用意させておきました」
「えっ、なんかごめんね?」
「いいのです。服を贈るのは、脱がせるためとはよく言いますから」
「初めて聞いたよ」

 私は小さく笑った。
 それから用意して貰ったというドレスを見て、しばし沈黙した。青い色のドレスだ。和柄で、帯みたいな紐がついている。着方があまりよく分からなかったが、試行錯誤した。

「ねぇ、これで着用方法はあってるのかな?」
「そう思いますよ。実によくお似合いです。私の瞳と同じ色のドレスが、貴女の白い肌によく映える」

 本日の景くんは、洒落たスーツ姿だ。
 いつもはもうちょっとラフなジャケットが多いが、本日は一見して高級そうだ。
 姿見の前にいる私の隣に、景くんが立つ。
 身長差がある状態で、肩を抱かれた。

「美しい……」
「褒めすぎでは?」
「あ、いえ、私の顔の話です」
「なるほど。それは同じ意見だよ」
「……っ、私は外見を褒められ慣れていますが、貴女に褒められると嬉しいですね」
「そ、そう?」
「梨野さんは、いつもの通りの梨野さんです」
「ちょっとお化粧を直してもいいかな?」
「ご自由に。あまり変化があるとは思いませんが」
「その一言は余計だからね!」
「ありのままの梨野さんが好きだとお伝えしたつもりですが」
「フォローにしか聞こえないよ!」

 そんなやりとりをしてから、私は鏡台の前に座り、ポーチからメイク用品を取り出した。ポーチについているキーホルダーを見て、遠藤さんが不在の遠出はここ数年で初めてだと気がついた。日本にいる遠藤さんや高崎博士、司令にはお土産を買って帰ろうかと考える。訓練旅行だと信じていたし、今もそう思っているが、お土産を買う時間くらいはあるだろう。

「よし、完了」
「その口紅の色は、とても似合っていますね」
「ありがとう!」
「では行きましょうか」

 その後は二人で客室を出た。エレベーターに乗って二十階にあるレストランへと向かうと、景くんを見て責任者が頭を垂れてから、奥の個室に案内してくれた。夜景が尋常でなく美しい一室で、私は唖然として座る前に外を呆然と見た。

「梨野さん、どうぞ」
「あ、はい」

 やはり高級リゾートとして評判の島は違うんだなぁと思いながら、私は席に着いた。
 コースで料理が運ばれてくる。

「ねぇねぇ、景くん」
「なんです?」
「これはフレンチ?」
「――中華ですよ」
「え、そうなの? 中華ってくるくる回すんじゃ無いんだね?」
「勿論回すものもありますよ。ただこちらの店では、形態としてはフレンチが近いかもしれませんね。一流の料理というのは、素材にこだわることが多く、各国いずれの料理も最先端は似通って感じます」
「そういうものなんだ?」
「梨野さんに食べさせたい料理が、たくさんあります」
「私も色々食べたいけど、景くんと一緒に居たら舌が贅沢になっちゃいそう」
「いいではありませんか、ずっとそばにいれば」
「う、うーん」
「餌付けで貴女が手に入るのならば、易いものです」

 くすりと景くんが笑った。私は照れつつ、その夜は料理を味わった。
 食後部屋へと戻り、私は入浴した。
 備え付けのバスルームで、じっくりと腕と脚を伸ばす。普段は基地の狭い浴室なので、なんだかちょっとした温泉に来たような気分にさえなった。乳白色のお湯からはいい匂いがする。

 入浴後、髪を乾かして、バスローブで戻ると、ソファに座った景くんが、テーブルの上のグラスをひっくり返して、私に水を注いでくれた。景くん本人はシャンパンを飲んでいる。

「ありがとう」

 冷えた水が美味しい。

「明日はテーマパークへ行きましょう」
「訓練は?」
「明後日、地下施設の視察を予定しています。明日は貴女と二人きりで過ごす予定です」
「本当に訓練名目の旅行だったの?」
「ええ」
「な、なんだか、嬉しいような、複雑なような……」
「複雑?」
「もしこの期間に、日本にシナゴが出たりしたら……まぁバトルスーツで移動できるけどさぁ」
「そうやって常に気を張っている貴女を休ませたかったのですが――それに多くの人間には、休みを謳歌する権利がある。梨野さん、悪い未来は考えないように。この島にいる間は楽しんで下さい。それが私の希望ですよ」

 優しく笑った景くんを見ていたら、少しドキリとした。ずっと年下の子供だと思っていたのだが、私よりもずっと大人びているように感じられた。

「……明日は、何時に行くの?」
「開演は九時です」
「じゃあ早起きしないとならないね。今日はもう寝よう」
「私はもう少し貴女と話がしたいのですが」
「お話だけならいいよ。でも今日は、ヤれないからね」
「何故です?」
「明日存分に楽しむために! 早起きしなきゃならないし、寝過ごして楽しめなかったら、損というか……景くんの希望、叶わないことになるよね?」

 私は冗談めかして述べると、きょとんとしてから景くんがクスクスと笑った。

「ええ、そうですね。では、仕方がありません。貴女に楽しんでもらうのが目的ですから」

 こうしてこの夜は、ずっと二人で雑談をし、その後は熟睡した。

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