「自分の顔が嫌いなので、頭をレンジにしてもらった。」第13話
月曜日、私は休憩することにした。
連日出かけるのは、私にはハードルが高い。そう考えながらベッドでダラダラしていると、コンコンとノックの音がした。慌てて上半身を起こして、レンジの頭になる。
「はい」
「失礼します」
返事をしたのとほぼ同時に、景くんが入ってきた。
本日もイケメンであるが、口元は笑顔なのに、目が笑っていない。
「梨野さん」
「ん?」
「――昨日は、どちらへ?」
「ああ、高崎博士と紫陽花を見てきたよ」
「……そうですか。私という者がありながら、そうですか……」
ふてくされた声音の景くんが、私へと歩み寄ってきた。そしてじっと私のレンジの頭部を覗き込んだ。実物の顔は胸元にあるので、私は外界を認識する機能でそれを目撃した。イケメンのどアップが、バトルスーツの内部に映し出された形だ。
「私は、私以外の男性と貴方が二人きりで行動するのが、正直嫌です」
「そうは言われても、私の護衛は遠藤さんだし、今後も男の人と二人で行動することはあるよ」
実際、明日は映画に行く計画を立てていて、護衛は遠藤さんだ。
「仕事とプライベートは別です。遠藤さんでも嫌なくらいなのに、高崎博士と……そういう……とにかく、嫌です」
バン、っと、両手で景くんが私の肩を叩いた。
唖然としていると、そのまま揺さぶられた。
「梨野さんが行きたいところがあるなら、どこにでも私が連れて行きます」
「う、うん?」
「紫陽花が見たいのなら、植えさせます!」
「あ、あの――」
なにか言おうと試みたのだが、その時にはそのまま押し倒されて、今度は顔の左右にドンッと手をつかれていた。狭い寝台のシーツがくしゃりと歪む。
「梨野さん、私だけを見て下さい」
そのままじっと景くんがレンジを覗き込んだ。そして――何と思ったのか開けた。
「……」
「……」
「……本物の頭部は、中にあるわけではないのですね」
「うん、そこは加熱が可能なただのレンジ部分だよ」
「貴女の顔を見て話がしたいのですが」
「カボチャだよ?」
「構いません。目を見て話したいのです。バトルスーツから着替えて下さい」
有無を言わせぬ言葉に、私は本日のジャージの柄を考えた。幸い今日は、首元までジッパーでしめる典型的なジャージであり、ジャージ姿になっても逆セクハラには当たらないだろう。と、言うことで、景くんの気迫に押されたので、私はバトルスーツを腕輪型にし、私服姿になった。すっぽんである。
「……ごめん、多分この前よりカボチャだね」
「今は造形の話はどうでもいいのです。貴女が私以外とデートをしたのが許せない式にいらないと話しているのです!」
「そんな事言われても……」
「高崎博士が好きなのですか?」
「恋愛的な意味では、好きでは無いよ」
「安心しました。では、早く私を好きになって下さい」
じっと今度こそ私の目を見て景くんが言う。彼の濃い青の瞳に、私が映り込んでいるようだ。私のような年上の女に、こんなにも熱心になるとは……と、半分ほど景くんの将来が心配になり、半分ほど私は照れくさくなった。
「景くんはさ、子供の遺伝子上の母親が私だから、私にこだわってるんだよね?」
「それは二人目の母親も貴女がいいという意味では、こだわりがあります。頭部は大切です」
「……奇跡的に遙くんは、君に似ただけで、次はカボチャかもしれないよ……?」
「他のお相手よりは確率が上がります」
「……う、うん」
「それに、それは母親が、という意味であって、私達が夫婦のような存在という証明なだけで、私は別にその部分で梨野さんを愛したわけではないです」
景くんの口から飛び出た、『愛』という言葉に、ちょっと驚いてしまい、私は目を丸くする。
「ま、まさか……」
「なんです?」
「私のしなびた体が良かったとか……?」
「――確かにあの一夜は鮮烈で生涯忘れないと思います。カボチャはおろかなにせ頭はレンジでしたが……貴女の反応は可愛かったですし」
「可愛いとかやめて」
思わず赤面して顔を逸らそうとしたが、片手を頬に添えられて、正面をむき直させられた。
「それに別にしなびていたとは思いませんが、それが理由ではありません」
「う、うん」
「貴女の強さに惹かれました」
「あー、一応世界一だからね」
「必ず私は、貴女の隣に並び立ちます。そして貴女にも隣にいて欲しい」
「最強だろうね、対シナゴ!」
「物理の話だけではありません。臆せず敵に立ち向かう勇気に感銘を受けたのです」
「そういうもの? 念じれば倒せるじゃない?」
「普通はそうはいきません。ですが私は、これからはそうなると誓いました」
景くんの顔は真剣である。その端正な顔が、どんどん近づいてくる。
そして気づくと、唇に触れるだけのキスをされていた。
不意打ちだったものだから、ドキリとした。息を飲むと、再度口づけをされる。
「ッ」
私の閉じていたした唇の上を、舌で景くんがなぞる。思わず私が唇を開けると、そこに彼の舌が忍び込んできた。焦って逃れようとした私の舌を、舌で絡め取った景くんは、引きずり出して甘く噛む。
この日、私達はお昼を食べる事は無く、夕方までベッドにいた。
幸い誰も来なかったが、私は休暇のはずが、全身を使って運動する羽目になった。
ただ……嫉妬心をこうもぶつけられると、正直照れくさくなる。景くんは独占欲が丸出しで、とても素直である。それは高崎博士だって似たようなものかもしれないが、比較するものでもないかもしれないが、景くんの方がわかりやすくて欲望に忠実なので、理解しやすい。
「この後から明日にかけては日本支社に顔を出さないとならないので、ご一緒できないのが残念です」
夕方、景くんはそう言うと帰って行った。
私は明日は映画なので、頷きつつ見送った。
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