「自分の顔が嫌いなので、頭をレンジにしてもらった。」第11話

 本日は小雨が降っている。
 こういう日は、どことなく出かけるのが億劫になる。
 梅雨入りしたのは先日のことで、まだ明けたという報道は聞かない。

 テレビのニュースを眺めることに決め、電源を入れると、本日もシナゴの討伐情報が映し出された。曇天の中、東京湾上空に現れたシナゴに向かい、対シナゴ対抗弾を戦闘機や地上からの専用兵器が放っている光景が映し出されている。私よりも明らかに、兵器の方が強そうなのだが、あれらで対処できないときは私の出番だというので、バトルスーツの方が今のところ評価は高いらしい。なお、戦闘従事者は地球防衛軍所属の汎用バトルスーツ着用者である。シナゴがこのまま弱いものばかり出現するように変化すれば、私の出番は、きっといつの日にか無くなるだろう。

 早く世界がもっと落ち着けばいいなと思いながら、私はスマホを取り出した。
 そしてカレンダーを見る。本日は木曜日だ。
 テレビの向こうで人々は戦っているが、本日は私は今のところ暇である。

 コンコンとノックの音がしたのはその時のことだった。
 慌ててバトルスーツを着用し、レンジの側部に触れてから、私は返事をした。

「はい」

 すると扉が開き、景くんが顔を出した。

「おはようございます、梨野さん」
「おはよう」
「今日はお休みですよね? 約束通り、デートに行きましょう」

 誰もを魅了するような笑みを浮かべた景くんは、優しい目をして私を見ている。

「あ、うん」

 頷きつつ、チラリと窓の外を見た。あまり出歩きたい気分では無いというのは変わらない。それに、先日の高崎博士の激怒っぷりなどを考えても、基地の許可をきちんと取ってから行動した方がいいだろう。そのためには、ええと――行き先を聞いておかなければ。

「どこに行くの?」
「ホテルへ」
「直接的だね!」

 思わず私は吹き出してしまった。目的がはっきりしている。

「? 他に行きたいところがあるのですか?」
「んー……そうだなぁ」

 そう言われても、部屋でダラダラしていたいというのが本音だ。ただ、せっかくならば美味しいものを食べたい。今の気分だと……と、考えたら、バターの風味が恋しくなった。

「美味しいパンが食べたい」
「では、パンを食べに行きましょう」
「場所はここでいいんだよね。宅配とかできないかな」
「届けさせます。ただ、私は別にこの部屋でも構いませんが、ちょっと壁が薄そうですね」
「ヤる気満々すぎて凄いね?」

 私が思わず引きつった顔で笑った時だった。
 ウォォォォォーンと特殊な警報音が鳴り響いた。これは、バトルスーツを着用していないと倒せないシナゴが出現した際に、この基地で鳴り響くアラートだ。ハッとしてテレビを見ると、巨大なナシゴが映り、映像にノイズが入った。

「ごめん、お休みじゃなくなったみたいだから、私は行ってくるね」
「――せっかくですし、私もついて行きます。一度、私よりも強いというその実力、この目で直接拝見したかったので」

 私は許可が下りるならばいいだろうと考えながら頷いて、慌てて部屋を出る。
 その後を景くんもついてくる。
 なお景くんのバトルスーツは、古き良き男性のチャイナ服というイメージだ。正式名称などの知識は私に無いが、長袖で、右腕と左腕をそれぞれ袖の中に入れられる作りらしい。

 私が司令部に向かうと、真波司令と高崎博士、遠藤さんや多くの職員の姿があった。
 その場で私は出撃命令を受ける。
 景くんも、地球防衛軍の所属でもあるため、見学に支障は無いし、二人で向かう方が安全上いいのではないかという話になったので、一緒に行くことに決まった。

「行ってきます」
「――どうやって?」

 私が瞬間転移しようとすると、景くんが首を傾げた。

「え? 逆にどうやっていくつもりなの?」
「私はいつも、討伐時は最寄りまで軍用ヘリで移動していましたが?」
「想像力で瞬間転移した方が早いよね」
「……な、なるほど。挑戦してみます」

 頷いた私は、待つのが惜しかったので、指示された座標を目指して転移を始めた。ほぼ瞬間的に移動し、宙に浮遊して、巨大なシナゴを見据える。眼球がぎょろぎょろと動いている。既に他の人々は撤退済みであるようだった。

「確かに迅速に移動は可能ですが、シナゴ討伐の前に、これほど想像力を駆使して疲労するのは得策とは言えないのでは?」

 五分ほど遅れて景くんが到着した。

「疲労? 疲れる?」
「……疲れないのですか?」
「うん?」

 私が首を傾げると、景くんが複雑そうな顔をした。

「それはそうと、倒すよ」
「ええ、武器は何を使うのです?」
「私扱い下手だから、使わないんだよね」
「――えっ?」
「行きます!」

 と、私は本物の目を閉じて、いつもの通り、シナゴの体が破裂する光景を思い浮かべた。そして瞼を開けると、その通りになった。破裂音が響き渡り、ぼたぼたと残滓が東京湾へと落下していく。

「ふぅ……これで一安心だね」

 ほっとして私は呟いた。力――想像力を駆使すると、全力疾走をしたように体が熱くなって、汗をかく。今回もその感覚がした。いつもよりも大型であるから、その分気合が入ったせいだ。もっと小型ならば、汗すらかかずに終わることも多いのだが、そういったものは既に、私は討伐する必要が無い。

「……」
「景くん?」
「……さすがですね」

 景くんが、私の前で初めてと言えるくらい真剣な目をした。口元だけ無理に笑っているが、冷や汗をかいているのが見て取れる。彼の指先を見ると、僅かに震えていた。

「ここまでとは……それにこの威圧感。万が一私がバトルスーツを着用していなければ、この場で意識を保っていられた自信がありません」
「え?」
「戦慄しました。さすがに世界一だ。私の伴侶たるだけはありますね……」
「う、うん? さ、帰ろう」
「……ええ。帰りも瞬間転移ですか?」
「そうだよ。あ、もし見学疲れとかなら、帰りはタクシーを拾ってもいいんじゃない?」
「私は何もしておりませんので……ただ、梨野さんこそ、このように膨大な力を解放して、今度こそ疲労は……?」
「この程度、たいしたことは無いよ」

 経験の差かなと私は思った。シナゴはほとんど日本にしか出ないし、私が世界で最初に討伐を始めたわけで、こればっかりは私の方が大先輩である。人生という意味では、年齢は私の方が上だが、経験はなんともいえないのが悲しいが。私が笑ってみせると、視線を揺らしてから、景くんが小さく頷いた。

 こうして私達は帰還した。

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