「自分の顔が嫌いなので、頭をレンジにしてもらった。」第22話

 ――あれから二年が経過した。
 地球防衛軍が再編成され多国籍軍となり、現在景は主に日本において、対シナゴ討伐活動をしている。現在、バトルスーツを史上三人目に着用できた米国人のポール・スタンフォード大佐と共に、東京湾上空に出現した……特務級危機判別名称ヤマタ3rdを見据え得ている。この個体、2ndと同様、分裂する。

「あの時は、冷静に眼球の特性に彼女が気づいたのでしたね」

 ぽつりと景が呟くと、ポールが顔を向けた。

「彼女?」
「――いえ、こちらの話です」
「確か、前回は、俗称・レンジ頭と呼ばれる世界最強が討伐したんだったっけ?」

 ポールの声に、景は頷く。
 今もなお、人類はシナゴと戦い続けている。病魔こそ克服したが、シナゴの飛来は止まらない。ただ、このように大規模なモノは、まさしく二年ぶりである。

「レンジ頭さんって、本当に実在するの?」

 ポールが問いかけた。
 現在では、過去の映像には情報統制が敷かれている。それは民間人に戻りつつある彼女への配慮である。だが、ポールは機密データを全て渉猟できるわけではないので、性別さえ知らない様子だ。

「ええ、存在します」
「おい」

 そこへ、日本人二人目、世界で四人目の、バトルスーツ適合者である糸川が声をかけた。彼は元々凄腕のハッカーだったのだが、そのせいで獄中に居たのであるが、検査は等しく行われ、そこで見いだされた人物である。

「日本基地からの連絡だ。正式にヤマタ3rdと認定されたから――レンジ頭を招集したらしい」

 それを聞いて、ポールが目を見開いた。やはりな、と、景は考える。

「レンジ頭さんって、景より強いんだよね?」

 ポールの言葉に、景は不服そうな顔で腕を組んだ。当時はレンジ頭が100とすると12と高崎博士に言われていた景の実力であるが、現在は15程度には伸びている。それと比較した場合、ポールは3、糸川は2である。二人から見ると世界が違う。二人の知る世界は、MAXのレベルが10といえる。しかし、世界は広い。

「ええ。格が違います」
「……」
「……」

 断言した景を見て、ポールと糸川が顔を見合わせた。

「全員に退避命令を。我々は、足手まといになります――し、バトルスーツを着用していても、世界最強のレンジ頭の人物の威圧感には、おそらく耐えるので精一杯でしょうから」

 それを聞いて、二人が唖然としていたが、構わず景は退避指示を徹底した。

 ――五分後。
 東京湾上空に、黒い鴉が現れたのかと、多くが誤認した。しかし目をよくこらせば、それは人の形をしており、ただし頭部だけは、レンジであった。傘のような武器を片手にしていたレンジ頭は、それを開こうとしたが取りやめ、左手に持ち替える。そして右手の指を、白手袋をしたままでバチンと器用にならした。瞬間、シナゴが破裂した。

「……っく、また強くなっている」

 思わず震えながら、距離を取って観察していた景は呟いた。
 そう――レンジ頭こと梨野の想像力の高まりは、今もなお、とどまるところを知らない。日増しにその力は、強くなっていく。

 先ほどまで、景もまた3rdとはやりあっていたが、手も足も出なかった。
 それを、一撃で。

 そう考えていると、景の正面に梨野が移動してきた。景の後方左右には、ポールと糸川がいる。

「さすがですね」
「久しぶりだったから緊張したけど、見た目だけで、眼球の数が少なかったから良かったよ」

 飄々とした声音が響く。ボイスチェンジャーを用いているので、普段とは違う、年齢不詳の機械音声だった。

「えっと、景。紹介してもらえるかな?」

 ポールがその時声をかけた。視線を向けて、景が頷く。

「ああ、ええ。ええと――妻の春花です」
「「!?」」
「はじめまして、春花と申します。いつも景がお世話になっております」

 ポールと糸川が愕然とした顔をした。
 女性だったのか、だとか、結婚してるのか、だとか、二人は言いたいことを色々飲み込んだ。飲み込んだ理由は、近づくと想像力を倍増して放っているバトルスーツからの威圧感が非常に激しく、呼吸が凍り付きそうになっていたことも理由だ。梨野に自覚は無いが、彼女に近づくことすら困難な人間が、実は多い。

「春花さん。すぐに病院に行って検査して貰って下さいね?」
「う、うん。だけど、景くん……景くんこそ、肋骨にひびは入ってない?」
「こんなものは九龍が独自開発した再生包帯ですぐに治癒します。貴女とは別です。バトルスーツはそれだけ危険なのですから」
「心配のしすぎだよ」
「心配もします。貴女は私の大切な人なのですから」
「ひ、人前だから!」
「では二人きりの時に存分に続けます」
「……今夜は、丁度肉じゃがを作り終わったところだったんだよ」
「楽しみにしています。ニンジンは少なめに取り分けて下さいますよね?」
「遙くんに笑われるよ、また……」

 そんなやりとりをして、レンジ頭の彼女は去って行った。

「ほ、本当に夫婦なんだね」

 ポールの言葉に、大きく景が頷く。

「ええ」
「……レンジ相手によく勃ったな……」

 糸川が素朴な感想を述べた。景は、小さく笑う。

「人は見た目ではありませんから。私は彼女と出会って、それを初めて知りました」

 そんな一幕があった。

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