「自分の顔が嫌いなので、頭をレンジにしてもらった。」第14話

 しかし――恋愛、か。
 難しいなと思いながら、私は現在、後部座席に乗っている。
 火曜日の本日、午後上映の映画を見るために、私は遠藤さんに送迎して貰っている。目的は最近大ヒット上映中というアクション映画なのだが、他にも大ヒットしているホラーや恋愛映画もある。今、恋愛に思い悩んでいる私は、恋愛映画を見て勉強などをするべきなのかもしれないが、難しい。

「梨野さん」
「はい!」
「護衛の観点から、映画館にもご一緒させて頂きます。ただ、邪魔をしないよう配慮し、席は離れた位置としますのでご安心下さい」

 運転しながら遠藤さんが言った。
 遠藤さんも大変だなぁと考える。仕事とはいえ、見たくも無い映画に付き合わせるのは可哀想だ。

「私は別に隣でも気にしません。ところで、遠藤さんは、どんな映画が好きですか?」
「ではなるべく護衛に適切な距離を……好きな映画ですか。そうですね、最後に見たのはドラマの劇場版の医療ものでした」
「医療ものですか」
「ええ」
「今だとお勧めはありますか?」
「最近上映中の作品だと、アクション映画の――」
「あ! それ私が見ようかと思ってた奴です。もうご覧になりましたか?」
「俺は仕事で映画館には行けないので、有料配信サイト待ちです」
「なるほど。じゃあ一緒にそれを見ませんか?」
「……お気遣いなく」
「元々私も見たかったので」

 こうして当初の予定通り、私はアクション映画を見ることに決めた。平日の映画館はそこそこ空いていた。二人で席に座り、その日の午後はじっくり映画を見た。これがまたいい話だった。やはり映画を見ると感想を語りたくなる。

「面白かったですね」

 私はパンフレットを購入しようか考えながら、遠藤さんに話しかけた。

「ええ。本当に面白かったです」

 普段仏頂面の遠藤さんであるが、少し表情が和らいで見える。そう気づいた直後、私は映画に出てきたキャラクターのキーホルダーが販売されている事に気づいた。

「あ、可愛い」

 まじまじと見ていると、不意に遠藤さんがお財布を取り出した。そしてキーホルダーを購入してくれた。

「よろしければどうぞ」
「えっ、いいんですか? なんだか申し訳ありません!」
「いえ、こちらこそご一緒させて頂いたお礼なので」

 遠藤さんはそう言うと、二つ購入した内の片方をポケットにしまっていた。遠藤さんは意外と可愛いものが好きなのだろうか。遠藤さんのようなタイプは、一見怖いが、いい旦那さんになりそうだと思う。個人情報を一切知らないが、遠藤さんに愛される人は、幸せそうだなと漠然と思った。

「まだ時間がありますが、他にどこかへ行かれますか?」
「んー、そうだなぁ、少し買い物をしたいです」
「お供します」

 こうして私達は、その後、服を買いにいった。遠藤さんは荷物持ちをしてくれつつ、私が「果たしてコレは、私の歳でも、着てもおかしくはないだろうか?」と尋ねる度に、大きく頷いてくれた。実際にはおかしかったとしても、遠藤さんは言わないかもしれないが、確認せずにはいられなかった。

 そのようにして買い物を終えて、私は夕方、基地に送り届けてもらった。

「今日は楽しかったです、遠藤さん、ありがとうございました!」
「いいえ、仕事ですので」

 そう言って、遠藤さんは車を置きに行った。解散となったので、私は紙袋を抱えながら、部屋へと戻った。キーホルダーは、本日購入したポーチにつける事に決める。

 ――さて、翌水曜日。
 本日は、対シナゴ専用新兵器の演習が行われると決まっていた。
 バトルスーツを着用した状態でのみ効果を発するという新兵器で、真波司令が取り寄せた例の品である。演習場で私は、レンジ頭に触れ、己の黒いスーツを確認してから、新しい武器を見た。これがまた、雨傘にそっくりな見た目をしている。傘を開くと、想像力がその分拡散し、開ききった瞬間に増幅されたイメージの力でシナゴが破裂するという、私の特性に適した傘型の武器である。開発には高崎博士も関わったと聞いているが、主導したのは米国らしい。

 模擬訓練用のシナゴ型物体を目視し、早速私は使ってみた。
 するといつもより全力疾走した感覚が少ない状態だというのに、思いのほか派手に目標物が破裂したため、私は少し焦ってしまった。

「梨野さん、疲労とかはどう?」
「全然疲れません!」

 高崎博士の問いかけに答えると、データを取りながら、博士も頷いた。
 丸一日データ収集のために傘を開いたり閉じたり降ったり、尖端を床についてみたりしながら、訓練もかねて私は武器の操作をした。それが終えた夕方四時頃、いい汗をかいたなと、さすがに思い始めた時、演習が終わった。

「梨野さん、よかったらこの後飲みに行かないか?」

 すると真波司令に声をかけられた。

「行きたいです!」

 疲れていたので、こういう日は、なんとなくだが豪快に飲んだら気分が良さそうな気がした。普段アルコールを飲まないので、イメージであるが。

「高崎くんはどうする?」
「僕はデータの整理があるので遠慮します。くれぐれも梨野には手を出さないで下さい」
「はは、怖いなぁ。安心してくれ、俺は紳士だぞ? 終電までには帰すから」

 と、こうして私は真波司令と二人で飲みに行くことになった。
 送迎は遠藤さんがしてくれた。
 向かったのは帯田市にある、割烹・オタフクだった。おかめの絵が黒板みたいなボードに描かれていて、私に顔の形が似ている気がした。扉を開ける前に司令が立ち止まる。遠藤さんは車の運転があるから車内で待つと話していた。

「おすすめは、なすの揚げ浸しなんだ。俺が着任して、最初に気に入った店だ」
「そうなんですか。じゃあそれと……」
「飲み物は? 俺は芋」
「焼酎です?」
「おう」
「私は弱いわけでは無いんですが、あんまり飲んだことが無くて……」
「サワーかカクテルにでもしたらどうだ? でも、レンジ頭でどうやって飲むのか聞いてもいいか?」
「あ」
「入る前に普段着に戻した方がいいんじゃないか? 多分、レンジ頭は目立つぞ」
「は、はい……」

 慌てて私は、普段着に戻した。本日はTシャツと黒いデニムだったので、まぁなんとか人前に出られる私服だった。頓着してジャージにしなくて良かったと心から思った。

 こうして入店し、私達は奥のテーブル席に座った。
 司令はボトルをキープしていたようで、店員さんには慣れた様子で酒の肴と私の飲み物を頼んでくれた。それが届き、乾杯をした時のことである。

「ところで梨野さん」
「はい?」
「最近男遊びが派手らしいな」
「っ、は、はぁ!?」

 私は飲みかけていた檸檬サワーを無理に飲み込んでから、思いっきり声を上げた。そしてそのまま咽せた。

「な、な、な!? 誤解です! それに私みたいなオバサンなんぞ――」
「ん? 俺は梨野さんみたいな女性は、可愛いと思うが。それで? 本命は?」
「えっ、ほ、本命……?」
「決まっていないと言うんなら、俺も候補に入れろ。な? 高崎にはああ言ったが、別に俺は、今夜紳士の上辺をかなぐり捨てても問題は無いんだ」
「からかわないで下さい! セクハラで訴えていいですかね?」
「悪い悪い、冗談だ。訴えられたら困る。忘れてくれ」

 クスクスと笑った司令を、私は想わず目を据わらせて眺めた。
 ただ、『本命』という言葉が、胸にチクッとトゲのように残ってしまう。
 私は自分の気持ちを、そういう意味で確かめようと思ったことは、考えてみるとなかった。私は、誰が好きなのだろうか? 自然と思い浮かばないのだから、誰のことも好きでは無いのだろうと思いかけて……ふと、瞬きをしたら、脳裏に景くんの顔が浮かんだ。理由は、景くんが、男性と二人きりにならないで欲しいと話していたからだ。この飲みの席も、それにカウントされるのだろうか。景くんは、ショックを受けるだろうか……? そう考えると、悪いことをしている気分になる。

 なおこの日食べたナスは絶品であり、私達は二時間ほど飲んでから、遠藤さんは車で基地へと戻った。手を出される事は無かった。

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