「自分の顔が嫌いなので、頭をレンジにしてもらった。」第16話

「ねぇねぇ景くん」

 翌日、私はテーマパークの入場ゲート前で立ち止まった。
 そして隣に立っている景くんの袖を引っ張った。

「なんですか?」
「本日貸し切り休園って書いてあるよ?」
「? ええ。私が貸し切りましたので」
「あ、はい……」

 予想外の事態だった。景くんは、ちょいちょいセレブリティのようだとは思っていたし、九龍財閥の人だとは聞いた事はあったのだが、さすがにこの巨大なテーマパークを貸し切りにするとは予想外すぎた。庶民の私とは、スケールが違う。今でこそ私も月収こそ二億円であるが、それは口座にどんどん貯まっていくだけだ。

「何に乗りますか?」
「うーん……並ばないで何でも乗れるんだよね?」
「ええ」
「……景くんって、絶叫マシンとかはどう?」
「どう、とは?」
「怖いとか、乗れないとかある?」
「いいえ? 私は苦手なものは世界に数少ないです。ジェットコースターであれば、宇宙飛行士としての訓練にも臨んだことがあるので、全く恐怖は感じません」
「関係あるの? 重力とか高度とかそういう?」

 私は半眼で聞いた。景くんの謎が深まった。それから腕を組み、ふと尋ねた。

「ちなみに、苦手なものはなんなの?」
「俗に言うゲテモノ料理ですね」
「あ、ごめん、多分それは私も無理だわ」

 そんなやりとりをしながら、私達はどちらともなく、このテーマパークの名物である絶叫マシンを目指した。世界で一番早いらしい。並ぶことなく乗ったが、私達以外に叫ぶ人が居ないのかと思うと、ちょっと恥ずかしい。ゆっくりと高度が上がっていく。

「ぎゃああああああああ!」

 横から悲鳴がした。私は両手を手放し状態でそちらを見る。
 ……苦手な者は少ないと豪語していたが、景くんが絶叫している。顔面蒼白だ。本当に大丈夫なのか? そう思う内、一瞬でジェットコースターは終了した。地に降り立つと、景くんが両手で顔を覆った。しかし出口のところに記念撮影された画像が映し出されたのだが、そこだけキメ顔で笑顔を浮かべている景くんが映し出されていて、私はゲラゲラと笑ってしまった。

「私のまずい顔を見たのは、人生で梨野さんただお一人です」
「うん、写真は大丈夫だしね」

 景くんも子供らしい部分もあるんだなぁと思っていると、チラリとこちらを景くんが見た。

「貴女の前でならば、完璧でいなくても許される気がします」
「そ? 私は別に、景くんに完璧さは求めてないよ?」
「ええ……貴女は私より凄いというのもありますが……なんというか自然体でいてくださるので、そばにいると……落ち着きます」
「母親的な?」
「それはありません。私の母は貴女と確かに年齢が近いですが、私は貴女と母を重ねた事は一度もありません」
「景くんのご両親はどんな人?」
「控えめに言ってカボチャですね」
「あ、そうなんだ……?」
「ただ非常に良識ある家族です。私は両親を誇りに思っています。祖父母や曾祖父母のことも、皆」
「そうなんだね」
「梨野さんのご家族は、亡くなられたと調べております」
「うん。だから、そういうの羨ましいなぁって思うよ。大切にしな、ね?」
「勿論大切にはしますが、私は世界で一番、貴女を大切にします。ああ、難しいな。遙と貴女は同じくらい大切です。ただ、私の中では既に、梨野さんも含めて家族です。私が梨野さんの家族となります、それに遙も。そうだ、今度来るときは、遙も連れてきましょうね?」
「そうだね」

 私は微笑しながら、流れで頷き――ハッとした。純粋に景くんの言葉が嬉しくて頷いたのだが……遙くんという名のまだ見ぬ我が子は、確かに血縁者と言えるが……子連れで来る? 私が母親として? これは、あっさり頷いていい問題ではない気がした。

 景くんとの関係は別として、私だって存在を知ったからには、なにかできることがあるならば遙くんにはしてあげたい。けれど、名乗り出る事を含め、何をした方が良くて、何をしない方がいいのかが分からない。

「次は何に乗りますか?」
「あっ……えっと、次は……あ、あそこ!」

 私は手を引かれたので、慌てて思考を振り払い、たまたま近くにあったホーンテッドハウスを指さした。非常に怖いと有名なお化け屋敷を一瞥し、景くんが小首を傾げた。

「ナシゴ以上に怖いものなどあるのでしょうか?」
「ど、どうかなぁ、い、行こう!」

 私が歩き出すと、景くんが頷いた。
 さてこのお化け屋敷――死ぬほど怖かった。私はお化けが苦手だと人生で感じたことは一度も無いのだが、最新技術でプロジェクションマッピングなどを駆使し、お化けが出てくるそのアトラクションが怖すぎて、思わず景くんの腕を抱きしめた。すると景くんは私の肩を抱き寄せてくれた。早足で出た頃には、私は涙目になっていた。

「梨野さんが女性なのだなと改めて思いました」
「ご、ごめん……」

 震えながら私は、出てもなお景くんの腕を抱きしめていた。
 するとくすりと笑ってから、景くんが私の頭をポンポンと撫でるように二度叩いた。

「私が守りますから、大丈夫です」
「うん。多分今夜は一人じゃトイレにも行けないから宜しくね!」
「お風呂も一緒に入りますか?」
「それは恥ずかしいから嫌だよ」

 そんなやりとりをし、続いて私達は、少し休憩するべく、ゆったりと動くメリーゴーラウンドに乗った。昼食は場内で、これもまた私達二人のためだけに用意されていた牛の串焼きを食べ、午後は宇宙映画やSF小説をテーマにしたアトラクションを楽しんだ。そうしているとすぐに日が暮れて、閉園時間となった。

「楽しかったね」

 ホテルに帰還し、私はベッドにダイブした。
 すると景くんが喉で笑う。

「ええ」

 そちらを見て、今日一日で、景くんの色々な事を改めて知ったような気持ちになった。
 本当に……景くんと家族になれたら、どんな毎日になるんだろう?
 ぼんやりとそう考えた直後、遊び疲れていたのか、私は寝落ちした。

「んン……」

 次に目を開けると、朝方だった。私は、自分が抱きしめられている事に気がつく。
 ハッとすると、私を抱きしめるようにして、景くんが寝ていた。
 時計を見ると、午前四時半。
 ドキリとしながら、私は腕の中にいる。起こすのも悪いなと思いながら、私はそのまま硬直した。景くんの厚い胸板の感覚と体温に、どんどん緊張してしまう。

「……」

 悪い子……いいや、男性ではない。
 ただ、年の差はありすぎるし、私達の関係というのは、世界においてのバトルスーツを着用できた最初の人間と二番目の人間という部分や、人工授精に関してのみで、本来であれば住む世界も何もかもが違う。きっと景くんだって、もっと大人になって世界を知ったならば、私との関係は後悔するだろう。

「ん、梨野さん……?」

 すると景くんが掠れた声で私の名前を呼んだ。

「あ、ご、ごめん、起こした……?」
「いえ……ただ、もう少しこうさせて下さい」

 真正面から眠そうな目で、景くんが私を見ている。腕枕されているような形で、私はその瞳を見つめ返す。すると景くんが、私の額にキスをしてから、また瞼を閉じた。寝息が聞こえてくる。それをしばし見守っていると、少しして、慌てたように景くんが目を開けた。そしてまじまじと私を見た。

「……っ」
「おはよう、やっぱり起こしちゃったね」
「い、いいえ、それはよいのですが……その……カボチャにも表情があるのですね」
「ん? それは色とか? 緑とかオレンジ色みたいな?」
「……どうやら違うようです。驚きました、貴女がカボチャに見えなくなってきました」
「? じゃあ何に見えるの?」
「梨野さんに見えます」
「? それはカボチャって事では?」
「違います」
「今はレンジ頭じゃないけどね?」

 私が不思議に思っていると、より強く抱きしめられた。何故なのか、景くんの頬が僅かに朱く見えた。

「大切、とは、こういうことを言うのかもしれません」
「ん?」
「――今日は、地下施設の視察があります」
「あ、そうだったね。もう日も昇ったし、お風呂も怖くないし、入ってくるよ」
「もうちょっとだけ、抱きしめさせて下さい」
「うん、起こしちゃったしね」

 私は苦笑しながら頷いた。
 そんなこんなでダラダラと私達は朝を迎えた。

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