「自分の顔が嫌いなので、頭をレンジにしてもらった。」第10話

 遠藤は退勤後、基地の最寄りの街である帯田市の創作居酒屋・彩りにいた。仕事からそのまま来たので、黒いスーツ姿である。陸上自衛隊から地球防衛軍へと派遣されて、既に数年――彼は迎えに行ったその日、いいや、検査結果が出た日から、ずっと梨野春花を担当している。

 護衛や雑用、そういった事柄が任務だ。
 だが昨日は、龍景が接触を図るというのを、止められなかった。事態に気づいた時には、待機していた車の周囲は九龍の息がかかった人々に埋め尽くされていて、連絡を入れると基地の上層部からも国際問題にならないように見守ろうと言われ、何もできなかった。

「いいや、これは言い訳だな……」

 遠藤は深々と溜息をつきながら、届いた生ビールのジョッキを傾ける。
 梨野の護衛をするようになって約二年。
 片時も梨野の事を考えなかった暇はない。護衛だけが理由だったのはそれこそごく初期のみで、彼はすぐに梨野に惚れた。自分より五歳以上年上で、控えめな女性だと遠藤の目には映っている。

 実際の梨野は引きこもり故に無口で臆病であるだけなのだが、遠藤から見ると、とても奥ゆかしい人物に思えていた。よくいえば、実際そうだろう。

「もし俺だったならば、いきなり世界を守れと言われても決してできない」

 ぽつりと遠藤は呟く。それを受け入れた彼女が、普段はごく普通の一般人であると知っていたから、その芯の強さや優しさにも遠藤は惹かれた。単純に梨野は押しに弱く断れないだけだったのだが、そうは映らなかった。

「自分の肩に世界の平和が掛かっているなんて、重いだろうにな」

 誰にも聞こえない声で、遠藤は呟く。
 賑々しい店内では、聞いている者もいない。
 お通しのたこわさに手をつけた遠藤は、俯いた。

 正直、遠くから見守れたらそれでいいと思っていた。彼女を護衛できるだけで満足だと思っていた。だが、景と梨野がホテルに行ったという情報を耳にし、「だから先に基地へと戻るように」と指示を受けた時には、鳩尾が痛んだ。キリキリと胸が締め付けられた気がした。自分の気持ちにはとっくに自覚があったが、改めて梨野を好きだと考えてしまった。今頃ホテルで何をしているのだろうかと考えると、唇をきつく噛んでいたほどである。

 だが、所詮は一方的な片想いだ。
 梨野の行動に、自分が口を出す権利はない。
 ただそれでも、胸の中の恋心を一夜にして忘れるなど不可能である。

「いらっしゃいませー」

 その時店の扉が開いて、視線を遠藤が向けると、高崎博士がやってきたところだった。高崎は遠藤の姿を見つけると、カウンターの隣の席に陣取る。実はこの店、基地の職員寮にほど近いため、基地職員の常連が多い。特に遠藤と高崎は、ほぼ毎晩ここで夕食を撮るので、常連同士であり――恋敵同士でもある。お互いそれを知っていた。そして今回、第三者のライバルが出現した形である。二人から見ると、景に梨野が掻っ攫われた心地だ。

「遠藤くん、どうも」
「……こんばんは」

 一人でブツブツと呟くことはあれど、遠藤は誰に対しても基本的には寡黙である。
 一方の高崎は、無表情で淡々としていることが多いが、口数が少ないわけでは無い。

「生を」

 高崎が酒を頼んだので、遠藤も一杯目を飲み干し、二杯目を頼んだ。
 そして二人の前にそれぞれ酒が届いたところで、高崎が言った。

「僕、梨野さんに告白したよ」
「っ」
「即答で振られるかとも覚悟していたんだけど、そうはならなかった」
「……彼女の返事は、なんて?」
「OKをもらえたわけではないよ」
「……そうか」

 少しだけ遠藤はほっとした。高崎が振られたからと言って自分が付き合えるわけではないし、景もいると分かっていたし、そもそも自分は告白する勇気が無いので、スタートラインにすら立っていない自覚があったが、まだ少なくとも梨野は誰とも付き合っていないのだろうと判断する。

「遠藤くんはどうするの?」
「……お守りするのみだ」
「へぇ」
「護衛というのは、そういうものだからな」
「護衛能力を、景氏の関連で全く発揮できてなかったようだけれどね?」
「……黙れ」
「事実を述べただけだけれど?」
「……俺だって……っ」

 言い訳しそうになったが、ビールをぐいと飲み込み、遠藤は言葉を流し込んだ。
 苦々しい気分になった。

「僕はできる限り頑張ってみるよ」
「……そうか」
「遠藤くんもさ、悔いが無いようにね」
「……」

 遠藤は眉間に皺を寄せて目を伏せる。告白して、その後気まずくなるのも恐ろしい。顔を見ている機会さえ無くなったらと思うと切なさがこみ上げてくる。遠くから見ているだけで、本当に十分だと、そう思っていた――はずだった。

 だが、正直、梨野の隣にいたい。これからもずっと、隣にいたい。
 この歳になって、こんな風に恋愛で思い悩むなどとは、遠藤は考えてもいなかった。
過去には彼女がいた事もある。結婚を考えた事もある。だが、シナゴの襲来により、仕事が多忙を極めて別れたのを最後に、ずっと恋人はいない。そして梨野と出会ってからは、彼女一筋だ。

「……俺と高崎博士では、考え方がきっと違うんだ」
「君は遠くから見ていればいいという持論を今夜も展開するの?」
「悪いか?」
「僕としては恋敵は少ない方がいいから大歓迎だよ」

 そのようにして、彩りの夜は流れていった。二人はその後、それぞれつまみを頼み、閉店まで梨野について話していたのだった。

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