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僕がアメフトにハマった理由②

こんにちは。
それでは以前の続きを書いていこうと思いますがその前に、
タイトルで「アメフトにハマった理由」と書いてますが少しここから脱線します。最後に纏めますのでご容赦ください。
あともう一つ、ここから書く文章は僕自身の予想が多くなります。実際僕が指揮をとってたわけじゃないので。そこのとこよろしくお願いいたします。

まず情報として磯和先生が監督就任前と就任後の戦績を記します。
☆就任前
・新人戦
vs箕面27-0○、vs高槻7-14●
・春大会
 vs高槻0-7●

☆就任後
・練習試合
 vs清風61-20〇、vs近大附属41-0〇、vs立宇治21-17〇
・秋大会
 vs箕面自由23-0〇vs清風40-0〇、vs関倉20-0〇、vs大阪学芸35-7〇
・全国大会
 vs崇徳31-13〇、vs大産大附14-7〇、vs関学7-34●
なんと就任してから引退するまでは無敗。この勝つ楽しさを教えてもらったのもハマった理由の一つですね。

 前振りが長くなりすみませんここから本題書きます。         まず1つ目に磯和先生が行われたことは「意識の統一」だと思います。大事にしていることはチームが始動してから引退するまでずっと口うるさく言っておられました。当たり前のことですが何度も口うるさく言われることは誰しもが大事だと思い意識するものだと思います。ずっと言い続けるってことも中々難しいことですがそれができると統一により近づき一体感が生まれてくるんだとと思います。
その中で僕の頭に残っている「うるさく言われた事」を書きたいと思います。

① 「ミスしたら勝てへんからミスすんな。でも一番のミスはミスにビビッてミスらんように縮こまってプレーすることや」
 これは間違いなく1年間で1番うるさく言われました。もうこれは言葉の通り思いっきりやれと。ただ練習などでミスした時は、怒られたりすることはほとんどなかったですが、その代わり「何でミスが起きたか考えてプレーせえよ」と何度も言われました。この考えてプレーすることが当時何に繋がったかというとまだアメフトを始めて2年ちょっとしか経ってなく経験の少なかった僕に対して「何をしなければならないか・何をしてはいけないのか・これはして良いのか悪いのか」が明確化され凄くプレーにも直結した記憶があります。
僕みたいな背も小さくて足も速くなく、身体能力も高くない選手が現在までフットボールを続けられているのは間違いなくこの「考えながらプレーする」ことが癖付いたからだと思います。

② 「自由にお前らのやりやすい方法でやれ」
 これは何かというと、僕は当時ほぼFBみたいなインサイドのWRだったのですが例えばブロックで何パターンかやり方があるとき(前々で1対1で取るのか、No2とNo3でOLBをダブルしてうち1人がSFにのびるのか等々)にどれをすればいいか質問すると大体先生の答えは「このプレーは相手にこうされるのが嫌やからその点だけ抑えてくれたらあとは自由に自分らのやりやすい方法でええで」と返ってきました。一見放任主義にも見えるかもしれませんがこれも①で書いた「考えること」に繋がります。それプラス「責任」が生まれたと思います。特に僕はNo3に入る選手とどうブロックアサイメントを組んだらいいかコミュニケーションを取っていましたが自由を与えられた分失敗すると自分らの責任なのでまたどう改善すればいいか考えるといういいサイクルが出来ていたと思います。ちなみにこのNo2とNo3のブロッキングの事に限定して当時高校生の僕らが出した答えはまずブロッキングアサイメントを何パターンか準備しておいてD#のアジャストを見てサインを出すという結論でした。(ありきたりな答えですが、、、)


以上が第1部「意識の統一」でした。(上手く纏まってないけど)
第2部は「改革的なコンバート」について書きたいと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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